第18話 高難易度ダンジョン インターバル

 その後上層のボスらしき敵と遭遇したが、大した敵ではなかった。番の死者アンデッドを大勢引き連れていただけで、そいつらさえ対処できれば後は何も心配いらなかった。


 戦利品を手に入れて、一旦そこで配信を見てみる。やはり情報が知れ渡って来たのか、視聴者は一万を超えていた。


『もう上層ボス倒したのかよ』

『え? 今のボス?』


 視聴者がそう思うのも無理はない。戦った俺ですら余りの呆気なさに拍子抜けしたところだ。


「みたいですね。俺も倒した後で気がついたんですけど」


 視聴者に向けて投げかける。


『キーファンさんですら気がつかなかっんだ』

『見てる側なんかもっと分かんなかったよ』

「まあひとまず上層突破って事で、一旦この辺りで休憩します」

『たった三人で高難度ダンジョン上層突破ってすげー』

『おつ』

『おつ』

『ちょっとコンビニ行ってくるか』

『中層は攻略するの?』


 その辺に腰かけようとした時、視聴者からのコメントが寄せられた。


「一旦……ちょっと確認したいことがあるので、それ次第ですかね」

『あいよ』

『上層突破でも既に偉業ですし、ご無理をなさらず』

『全然参考にならなかったけど、キーファンさんがすごいって分かったんで十分です』


 コメントでもこれ以上の侵攻を奨励するものは少ない。だが斉賀との取り決めがある以上、向こうの配信次第ではさらに進む必要が出てくる。


 斉賀の配信ページを開くと、やはり奴は諦めていなかった。息切れの音声を垂れ流しながら、着々と進んでいる。付近に敵は居なさそうだ。だが仲間もいない。恐らくは全滅したのだろう。


 問題の配信者数だが、こちらはすでに二桁くらいにまで下がっている。コメント欄でも荒らしか奴のアンチが垂れ流されている状況だ。斉賀もいちいち答えていられないようだ。


 奴が通っている道には、なんとなく見覚えがある。ダンジョン内では同じ風景が続くとはいえ、一度通った道が分からなくなる程ではない。


 まあ別にいい。斉賀がこの先も進もうとするのなら、俺もより深く潜らないといけないしな。


 ふと兼木がやって来るのが見えたので、俺は一旦マイクを消す。


「今ちょっといいですか?」

「マイク切ってあるから、普通に話して大丈夫だ」

「良かった。斉賀くんの事で聞きたいことあったから」

「あいつならまだ配信してるよ。既に仲間は全滅したみたいだし、視聴者ももう二桁しかいない」

「……何でやめないのかな」


 兼木は心配とも苛立ちともとれる声色で呟く。


「引くに引けないんだろう。人前で恥をかいたし、喧嘩売った手前、意地でもやり通さないと気がすまないのかもな」

「友達が死んでるのに、自分の事しか考えてないんだね。斉賀くんは」

「兄貴もなかなかいい性格してたし、そういう血筋なんだろ」


 あの面子でランクBなのは斉賀だけだ。他はCが一人で、他はDとGばかりだ。それが余計に、斉賀の自尊心を悪い意味で高めたのだろう。自分は優秀であり、他の奴はただの駒だと。


 どんな時でも言えるが、人一人の力などたかが知れている。俺もこの高難易度ダンジョンの攻略は、クシナと兼木がいなければ躓いていただろう。クシナの強化魔法か何かみたいなのがあるからこそ、ポーションがなくても肉体パフォーマンスを高く保てる。


 兼木もいいとこ無しと思われがちだが、実際は違う。的確な援護射撃によって、俺が認識できない場所からの敵を仕留めてくれているからだ。それがなければ、既に五回は被弾していただろう。


 基本ソロで攻略する俺も、仲間がいる事によるメリットに頷かざるを得ない。残念ながら、斉賀達はその有難みをもてあましていたようだが。


 ひと心地ついたところで、兼木がよし、と背伸びをする。


「このまま中層に進むのかな」


 斉賀の配信を見続けていたが、尚もギブアップを宣言していない。それに休んでいたうちに、視聴者は数百ほど抜けてしまっている。斉賀の提示したルールで計算してみると、数万になる。斉賀の方は数十だが、ルールに照らし合わせれば数千になる。


 まだまだ余裕と言える数だが、逆転不可能な数でもない。ならこれ以上視聴者を飽きさせないためにも、侵攻を続けるしかない。


「そういうルールだしな」

「……由倫くんなら、こういう時どうする?」


 兼木の質問は、至極単純なものだ。対する俺の答えも、至極当然のものとなる。


「そもそも少人数で高難度ダンジョンに挑むなんて、無謀な真似はしないな」


 現在進行形でやってしまっているが、本当にそのつもりだ。


「なら、今からでも斉賀くんに言ったほうが……」

「言ったって無駄だろ。斉賀は俺の言うことを聞くくらいなら、自殺する方を選ぶに違いない」


 兼木は黙りこくった。斉賀は馬鹿なヤツだと思う。下らないプライドで仲間を死なせたあげく、未だに諦めないとは。諦めるなとはよく言うが、無謀に挑んで結果が出るのはごく少数だ。


 間を置いて、見回りをしていたクシナがもどって来る。


「由倫様。見回りが終わりました」

「様子はどうだ」

「周囲に敵は居りませんが、この先に敵の集団を見つけました」

「そいつらは、足が八つあったり蠅のような羽を持っていたか」

「彼奴等をご存じなのですか」

「ああ」俺は立ち上がり、兼木に声をかける。「そろそろ出発するが、その前に二人に教えておかないといけない事がある」

「どうしたの?」


 向かい側で準備を進めていた兼木が、手を止める。


「この先には”魔物モンスター”どもが潜んでる。二人とも、俺が渡した”科学式魔法”はあるな?」


 そう尋ねると、二人とも服のポケットから紙きれを数枚取り出す。


 ダンジョン攻略を優位に進めるため、様々な企業が科学を用いた疑似的な魔法を作り出すことに成功した。俺たち冒険者が”科学式魔法”と呼んでいるものだ。どういった効果はさまざまで、単純に炎を吐き出すやつ、対象を凍らせるやつ、電撃を放ち、麻痺させる魔法もある。


 これらは低ランクの冒険者でも、難易度の高いダンジョンを攻略できるよう、さらには多くの冒険者を輩出できるようにと作られたものだ。


 しかしこの科学式魔法には、値段というデメリットがある。最も効果の薄いものでも、一万円前後するからだ。俺が知る限りで最も高いもので、五千万のものもある。だからといって値段によって強さが変わる訳ではない。その五千万の科学式魔法は、一直線にレーザーのようなものを射出するだけのものだ。威力も高い訳ではないものの、貫通効果のおかげで使える場面は多いらしい。そこに五千万の価値を見出すかは人それぞれだろう。


 価格が高い一番の理由は、純粋に製造コストのせいだ。冒険者の支援を謳いながら、どんな科学式魔法も莫大な資源を使わないといけない。火では石油や火薬が必要になり、氷はフロンガスを生成しないといけなくて、電気は電子レンジ並みの電力が必要になる。それらを踏まえた結果、価格が高くなってしまったという。


 そのうえで、科学式魔法は使いきりのものしかない。そんなものに頼っていれば、赤字では済まされないだろう。このためほとんどの冒険者は、科学式魔法を使わない。使うとしたら、道楽で冒険者をやっている金持ち冒険者くらいだろう。そういったスタイルで配信をしている者もいる。


「……私、科学式魔法使ったことないけど、大丈夫なのかな」


 兼木が懸念するように、二つ目は信頼性だ。発明されてまだ片手程の年月しか経っておらず、多くの冒険者が不信感を抱いている。Aランク冒険者でも、使うのは一割程度だろう。


「少なくとも、俺が使えたと思うやつを厳選してあるからな。効果も保証する」


 俺が選んだのは配置した場所に火炎放射を放つ魔法『フレイムスロアー』、電気の鎖で周囲を囲む魔法『エレクトロチェイン』、水柱を出す魔法『アクアピラー』の三種類だ。これらは全て、俺が冒険してきたダンジョンで最も効果的だったものから全て選んでいる。他の候補は電気の光線をランダムに放つ魔法と、氷の投げ槍を作る魔法だ。しかしこの二つは、兼木とクシナには使いこなせないだろう。


「松谷丹くんが選んだのなら信じるけど……」

「兼木は使ったことないのか?」

「うん。高いし、大抵の事は自分のライフルで全部済ませるから」


 兼木のように弾丸などを用いる際、弾薬などの費用も馬鹿にならないだろう。幸い兼木のライフルは、そこまで高い弾薬を使ってはいなさそうだ。これが対物ライフルのように口径が大きくなっていくと、一発で新車一つ買えるほどにもなってくる。


 そういった財布事情も含めて、冒険者は基本的に近接戦闘を好む。俺のように刃物を使う場合、砥石は安価で手に入るしな。


「なら慣れておけ。値段はともかく、キャッチコピーには信頼を置いていい」

「……誰でも簡単に、ダンジョン攻略が出来るってあれだよね?」

「そうだ」


 兼木は頷くと、科学式魔法の素をポケットへ仕舞い込む。


「そろそろ配信を再開するか」

「うん、よろしくね」


 俺はスマホを持って、再びマイクを入れる。コメント欄では今か今かと、配信の再会を待ち望む声が多かった。この時すでに、視聴者は十万を突破しつつあった。やはり少人数で高難度ダンジョンに挑み、上層を突破するというだけでも相当なニュースだからだろう。

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