第17話 高難易度ダンジョン 上層
高難易度ダンジョンといえど、上層は本当に大して難易度は高くない。野良という、その場での数合わせでパーティーを組んだ冒険者でも、Aランクが二、三いれば苦労はしない。連携が取れているなら、Bはもちろん、Cランクの冒険者でも進めるほどだ。
奥へ進むたび敵の数は増えていった。だが強さが変わっている訳ではないので、うまく立ち回れば問題なく進める。俺たちは岩崖の高台に陣取り、のろのろのぼって来る敵を迎え撃つ。この戦法であれば練度も糞もない。どんな敵であろうと容易く狩ることができる。戦利品漁りが楽しみだ。
敵が五人程度になったところで降りて、適当に片付けておく。安全を確認してから、敵の落とした戦利品の物色タイムが始まる。
高難易度といわれるだけあって、得られる戦利品もかなり値打ちのある物が多い。相場計算で数えてみたところ、既に高校生アルバイトが月に貰える額を優に超えている。上層でこれなんだから、もちろん中層、下層はより高価な品物や素材、物資が落ちているだろう。
「あ、見てください! これって……」
同じく戦利品を漁っていた兼木が、拾い上げた物をスマホのカメラに収める。振り返ってみると、彼女は小さなオイル缶を手にしていた。
「いいもん見つけたな」
「すごい! 私冒険者になって、初めて手に入れましたよ!」
近づいて配信画面を見てみると、視聴者たちはめいいっぱい祝福してくれているようだった。
『すげぇぇぇぇ』
『さすが高難易度ダンジョン』
『上層でオイル缶とか相場ぶっ壊れるだろ』
ダンジョンの攻略が進んだ今でも、資源の枯渇や経済の破綻は続いている。こんな時代だからこそ、宝石だとか金塊などの役に立たないものよりも、オイルや石油、あるいは代替として使える油などは非常に高価だ。
兼木が手に入れたオイル缶は、本人の手よりもちょっと大きい程度だ。だが相場価格は十万を超える。ダンジョン攻略初期の初期には、この百倍はあったくらいだ。それぐらい、現代は資源に困っている。
「クシナに持たせておこう。俺はもちろん、兼木は戦闘要員だからな。戦闘中に無くしたら困る」
「そうですね。はい、クシナちゃん」
兼木は振り返り、クシナへ手渡す。
「かしこまりました。命に代えても死守します」
「そ、そこまではしなくていいよ……?」
クシナは本気なようだ。丁重にオイル缶を受け取ると、しっかりとリュックの貴重品スペースに入れて、指差しで確認する。
あらかた戦利品を探し終えて、俺たちは再び奥へ進む。これまでと違い、敵の気配はなくなっていた。中層が近いのだろう。
ひとまず足をとめて、そこで休憩しておく。俺たちは鞄を降ろして、岩肌に腰を下ろした。
「結構進みましたねー」
兼木はそう呟いて、水筒の水をひと口飲む。
「そろそろ中層に入るだろう」
「なんだかんだ言ってきちゃってますよね、私達」
元々は上層で終わるつもりだったのだが、結局は中層まで行くことになりそうだ。理由はもちろん、斉賀達だ。
向こうの配信を見てみると、どうやら現在進行形で大炎上らしい。試しに配信を開いてみると、早速かましている様子だった。
「『んだとテメェら下級冒険者の癖に! コメントするしか能のねぇゴキブリ共が!』」
どうやらうまく進んでいないようで、視聴者に八つ当たりをしているらしい。
『こいつマジで視聴者大事にしなさすぎだろ』
『てか元々悪いのそっちなのに、八つ当たりするとかガキ過ぎ』
「『ハァ? てめぇだろガキ! どうせ小学生か中学生くらいだろテメェ!』」
『はいはい残念。こっちはもう二十後半のれっきとした社会人です』
『自分は同じ高校生ですけど、同じ人種とは思われたくない』
「『へー、じゃあ死ねば?』」
『まだやってんの? いい加減飽きたんだけど』
『おもんな。配信業引退したら?』
「『うるせぇよ。テメェは人生から引退しろカス!』」
『今北。何か盛り上がってますね』
『とりあえずチャンネル登録解除しておきますね』
「『ああはいはいそうですかそうですか勝手にしろボケ!』」
そういや他の面々はどうなったのかと、カメラに映る視界から探してみる。三人くらいは居たが、全員深手を負っているらしい。一人は座り込んで壁にもたれかかり、一人は寝転がっていた。もう一人は他二人と比べるとマシなようだが、誰かに連絡している最中だった。通りで誰も止めようとしない訳だ。
「『おいテメェ! いいかげんママに泣きつくのやめろよ!』」
「『うっせーよ! こうなったのも全部お前のせいだろうが!』」
「『んだテメェ!』」
すると斉賀は、仲間の一人に蹴りを浴びせた。しかも運が悪かったのか、当たったのは傷を負っている部分。仲間の傷口が開き、血が噴き出てくるのが分かった。
『やば。こいつケガしてる部分蹴ったぞ』
『人として有り得ない』
『こんな最低な奴だと思わなかった』
『チャンネル登録解除しますね』
『さすがあのサイガーの弟。クズは遺伝するんだなって分かった』
みるみる内に、視聴者だけでなくチャンネル登録者も消えていく斉賀。どうやら奴には、冒険者だけでなく配信業の世界は早すぎたようだ。
俺も一旦斉賀の配信を消して、自分の方へ戻る。兼木はひと心地ついたようで、楽しそうに視聴者と話していた。
「兼木様、とても楽しそうです」
横にいたクシナが、ふと投げかける。
「そうだな」
彼女が笑みを浮かべて、はつらつと質問に答えていく様は斉賀と大違いだ。
「……キーファンさん! 視聴者から質問が来てますよ!」
兼木がスマホから顔を離す。
「質問って?」
「えっと、そうですね」ふたたびスマホの画面を見直して、もう一度こちらを見る。「冒険者になろうとしたきっかけは何ですか?」
「大したことじゃない。親元を離れて一人暮らしをしたかったことと、手早く稼げる方法だったから冒険者になったって感じだ」
元々両親とは折り合いも悪く、お互い口を利くのも嫌だった。かと言って顔を合わせたまま無言というのも、非常に居心地が悪いものだった。
実家はかなり狭いマンションの一室で、住人の質も悪かった。夜ごとにどこぞの馬鹿が、薬物をキメて作ったような曲を大音量で流していたり。あるいは夫婦か恋人での罵り合いなんかもよく聞こえていた。その一部にはうちも混ざっている。
そういう訳で俺は、小学校低学年時点で一人暮らしを考えていた。最初は現実性のない計画であったが、多くの知識を得てより地に足を付けた計画となっていった。その結果が、現在の状況である。
「そうなんですね……あー分かりました」俺が昨日言ったことを思い出したんだろう。兼木はそれ以上追及してこなかった。「次の質問です。今までで一番難しいと感じたダンジョンはどこですか?」
「苦戦したという意味なら、冒険者になりたての頃攻略したところか。ソロで攻略しようとして、痛い目を見たな」
「へぇ、キーファンさん程の実力者が?」
「先に攻略してた奴の獲物を横取りしちまってな。自分より高ランクの癖にとろいのが悪いって言ったらキレられて。まあそいつは規約違反で冒険許可をはく奪されたようだけどな」
冒険者稼業をやってて、あの騒動程面倒なトラブルはなかった。冒険者既定の為、下手をすれば俺は廃業すら有り得たからな。ようやく生活が安定してきたという時におきたものだから、甚だ困り果てたものだ。
「……それ、痛い目を見ているのは相手方の方では?」
「おかげでそれ以降、自分が攻略しようとしたダンジョンに先遣隊がいるかを確認するようになった」
ただし今回は行っていない。斉賀の存在は把握しているし、数時間以内に他の冒険者が入った形跡もなかったからだ。そもそも高難易度指定されているダンジョンなのだから、攻略に際しては大人数でやってくるはず。そうなれば、キャンプに何らかの痕跡が残っていたはずだ。
「……まあ、キーファンさんにも辛い過去はあるんですね。では次の質問です!」一旦呆れた表情になりつつも、気を取り直すように兼木は表情を明るくする。「どうすればキーファンさんみたいな冒険者になれますか?」
「練習だ」
「……はい?」
「練習だ」
というか、それ以外言える事は何もない。冒険者としてうまく立ち回るコツなんて、そんなものはあるはずもないしな。一つのダンジョンに集中すれば、そのダンジョンは得意になるだろう。だが他のダンジョンでも通用する訳ではないし、第一そこでもやはり練習が重要になる。だからこそ何故駄目だったのか、何が足りなかったのかを理解し、補うのだ。自分に足りないものを練習で補うのは、至極当然ともいえる。それが出来ないなら、冒険者になっても死が待っているだけだ。
「わ、分かりました! つまりシモ・ヘイへ式で頑張ることが、高ランク冒険者への近道なんですね!」
俺としては、この場面でその名前を出せる兼木が怖いが。まあFPSとかやってたみたいだし、名前ぐらいはどこかで聞いたのかもしれない。
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