第16話 高難易度ダンジョン 攻略開始

 一方で気になったのが、斉賀達の方だ。向こうもすでに配信を始めているだろう。俺はあらかじめ用意していた、もう一方のスマホで確認してみる。


 斉賀達のほうはというと、やはりBランクで高難易度に挑むというのが興味を引いたのだろう。チャンネル登録者数の二倍は視聴者を獲得していた。俺たち合わせた数ぐらいはいる。


「斉賀達の方は順調らしい」

「どんな感じなの?」


 俺は兼木の方へスマホを向ける。


「げっ、私たちの二倍は稼いでるっ!?」

「意外にも頑張ってるよな」

「そんな事言ってる場合じゃないって!」兼木はリュックの中から、アタッシェケースを取り出す。馴れた手つきで鍵を開けると、中にはパーツごとに分かれた銃が入っていた。「急がないと」


 兼木はするすると銃を組み立てていく。彼女が使う武器は、高威力のマグナムスナイパーライフルだ。キャラ設定どおり、兼木は銃のゲームが得意だという。銃の扱い方も、ゲームの見よう見まねで覚えたそうだ。


 組み立て終わると、彼女の両手にはしっかりとした狙撃銃が提げられていた。


「松谷丹くんは終わった?」

「そっちほど手順は要らないからな」


 こっちは刀を使うので、リュックから取り出して準備は終わりだ。ちなみに出したのはアメノムラクモではなく、以前から使っている方だ。ハウツーを教えると意気込んで、いきなり誰も真似できない事をしてはいらん手間が生まれるだろうし。


「クシナちゃんは?」


 兼木は次に、クシナの方を向く。


「わたしはいつでも大丈夫です」

「だそうだ。ならそろそろ配信を再開するか」

「そうだね」


 クシナ、兼木共にうなずいたところで、俺はカウントをしてから配信を再開した。


「皆さんお待たせしました。準備が整ったので、早速攻略を開始します」

「いよいよですか……よろしくお願いします!」


 ふんす、と兼木は気合を入れるように荒い鼻息を立てる。


「じゃあ俺が先導するから、二人はしっかりと付いて来るように」

「おねがいしまーす!」

「よろしくお願いします。由り――キーファン様」


 クシナの挨拶は台本になかったが、一応オッケーは出しておくか。


 早速ダンジョンへ足を踏み入れる。高難易度とて、入っていきなり敵が現れるわけではない。


 斉賀達はあらかじめ偵察を済ませていたのだろう。でなければ分かれ道について知っているはずがないからだ。その為に、わざわざ昨日から張り込んでいたのだろう。


 ダンジョンに入って少し進んだ先に、件の分かれ道が現れた。どちらがどうなのかを示す記号みたいなのはない。


「えっと、どっちに進むんですか」


 兼木はひそひそ声で尋ねてくる。既にダンジョンにいる以上、敵に気取られないように立ち回る。これもダンジョン攻略の上では重要だ。勿論兼木はルートを知っているが、道を知ってると思われたくないから敢えて訪ねたのだろう。


 ルートについては、斉賀達は左に行っているから、俺たちは右だったはずだ。


「右だ」

「右のルートから行くんですか」

「さあ、行くぞ」


 分かれ道を右に進んで、すぐに道がぬかるんでいるのに気がつく。足元をペンライトで照らすと、泥に混じって乾ききった血が見えた。


「敵がいるかもしれない。構えろ」


 恐らくは過去に攻略を試みた冒険者の血だろう。俺は鞘から刀を抜く。


「は、はいっ!」


 兼木もライフルを構えた。


「念のため術を仕掛けておきます」


 クシナはそう告げて、印を結ぶ。すると体中から、気力があふれてくるのが分かった。


「わぁ、すごい!」


 兼木は一旦構えを解いて、自分の身体を見回す。


「こういう事も出来るんだな、クシナ」

「ありがとうございます。ですがこれも、何故出来るのかは分かりません」


 クシナは赤面を浮かべつつ、首をかしげる。


「いいさ。重要なのは、役に立つ支援だって事だからな」

「有難きお言葉です」

「じゃあも貰った事だし、先へ進もう」


 兼木とクシナが返事をして、俺は慎重に足を進める。


 そこから少し進んだ場所で、開けた場所に出くわす。辺りには棺のような箱がいくつもあり、何個かは開いていた。


「……死者アンデッドか」

「この辺をうろついてるって事ですか?」


 兼木はスコープで辺りを警戒する。


「可能性は高い。問題は数だな」

「どれくらいいそうですか」

は固いだろう」

「じ、!?」


 兼木が驚くのも無理はない。ほとんどのダンジョンでは、一度に遭遇する敵の数は多くても五。それ以上と出くわすことはない。だが高難易度に分類されるダンジョンでは、一度の会敵で二桁を相手にすることは珍しくない。最大で千の敵と出くわしたこともあるそうだ。


「正面です」


 クシナが語気を強めて、前方を指さす。ライトで照らしてみると、死に装束を纏ったミイラのような怪物たちがゆっくりと迫ってくる。


 いわゆる『死者アンデッド』と呼ばれる敵だ。生態系はゾンビに近く、基本的にヤワな攻撃では倒せない。しかも脳幹部も死んでいるため、頭を打ってはい終わりというわけにはいかない。その辺はぜひゾンビゲームものらしくあって欲しかったが、現実である以上仕方ない。


「うそ、何人いるの!?」


 ぱっと数えてみると、十二人は優にいる。


「丁度いい。少しウォームアップさせてくれ」

「え?」


 兼木が尋ねる前に、俺は刀を構える。過去にもっと多い数を相手取った事もある。正直この程度は肩慣らしになるかならないかくらいだ。


 死者の弱点は、動きが遅い事にある。だからといって悠長に攻撃をしていても、耐久力で押し切られる。それがよくある死者相手での犠牲だ。


 ならとろいうちにとっとと致命の一撃を与えてやればいい。俺は深呼吸をして、タイミングを計らう。


 奴らが手をこちらへ差し向けた瞬間だった。居合の要領で同時に三人を斬り伏せ、刀を翻して側面にいた死者アンデッドの袈裟を斬る。この時に他の死者アンデッドは俺の背後に回っただろう。奴らもゾンビと違い、知恵が回る。だが通さない。反動を利用して、周囲を斬り伏せる。理想では三人斬れればそれでよかったが、意外にも一人余分に倒せた。そのお陰で、残り四人を流れ作業的に叩き斬る事が出来た。


 どれくらいかかったか、時間を測ってみる。九秒。軽めの準備体操程度ではあったが、中々の好タイムだ。クシナの支援が効いているのだろう。


「……すごい」


 ところが兼木からすれば、よほどの光景だったのだろう。ぼうっと立ち尽くしていた。


「大丈夫か」

「……え?」

「ぼけっとしてたぞ」

「……、あ、ごめんなさい」兼木は首をぶるんぶるんと振る。「その、すごい光景だったので、つい見とれてしまいました」

「この程度で一々驚いてたら、先が思いやられるな」

「それって、まだ本気じゃないって事ですか?」

「言ったろ、肩慣らしだって」

「す、すごいです……キーファンさん」

「さぁ、そろそろ次行くぞ」


 俺は足を進めつつ、自分の配信を見てみる。コメント欄も盛り上がっているようだった。


『今のが準備運動とか』

『何をしてるかは大体見えたけど、それでも真似できそうにないって』

『これができれば苦労しないって』

『そりゃあソロで表ボスと裏ボス倒せるよ』

『ありがとうございます。全然参考になりませんでしたが』


 どうやら視聴者たちも驚いているようだった。ちなみに視聴者数はさらに増えており、順調な様子だ。ここからさらに進んでいくにつれて、難易度もあがっていく。


 何となく気になって、斉賀達の配信も見てみる。斉賀達は上層の中間あたりまで進んでいるようだ。だが既に、向こうでは不穏な空気が流れている。一人、姿が見えない様子だったからだ。


「『ふざけんなよテメェ! なんであんなとこでミスすんだよ!』」

「『しょうがねぇだろ! そもそもアイツが足引っ張ってたのが悪ぃだろ!』」

「『ねぇもうこんなとこでケンカしないでよ!』」

「『うるせぇ! テメェも対して役にたってねぇだろ!』」

「『はあ? 何それ!』」


 一方でコメント欄も、彼らがケンカをしているのを喜んでいる様子だった。


『いいぞもっとやれ』

『みんななかよくケンカしようね』

『はやく殴り合えよ』

『さっきの死にざまもう何度も見返してる』


 一方で視聴者の数はかなり増えていた。既に万を超えている。こりゃあ、俺が思っていたよりも厳しい戦いになりそうだな。

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