第15話 高難易度ダンジョン ブリーフィング
翌日、学校を終えて俺たちは高難易度ダンジョンのある場所へと向かった。そこは電車を使って、三駅ほどの場所にある。さながら田舎の駅で降りたのは、俺たち三人だけだった。
三人が鞄一杯に荷物を持つ姿は、端から見たら登山にでも行くと思われるだろう。まあ似たようなもんだが。
電車を降りて、バスで二十分ほど。山中にある古ぼけたバス停で降りて、崖のような急こう配を降りていく。道には無数の足跡があった。斉賀達だけではなく、かつてダンジョンに挑もうとした冒険者のものがそのまま刻まれているのだろう。空は林で隠れており、雨水も浸りにくい場所だから、今日まで残っているようだ。
さらに山を下りていく、先人たちが拓いたキャンプ場に出くわす。辺りは野球場並の広さだ。その中心に、これ見よがしに建てられたテントや焚火を見つける。それを斉賀達が囲っていた。どうやら昨日の時点で現地入りしていたようだ。
「斉賀くんたち、学校で見かけないと思ったら……」
兼木がリュックを降ろして腰かける。通りで今朝、学校で何も言って来なかったわけだ。そもそも学校に来ていないのだから。
「向こうも本気って事だろう」
足音に気がついたのか、斉賀達がこちらを振り返る。腕時計で時間を確認すると、まだ約束の時間まで三十分くらいはある。配信の時間も決まっているので、必然的に手持無沙汰だ。
なんて思っていると、斉賀達がこちらへやって来る。
「ほぉ。ちゃんと来たみてぇだな」
「約束したからな」
けっ、と斉賀は唾を吐く。それから兼木を一瞥して、すぐにクシナへ目を向ける。
「へっ。わざわざ新しい女連れてきてくれるたァ気が利くじゃねぇか」斉賀はクシナへ近寄り、顔を近づける。「コンニチハ。お名前は何て言うのかな~?」
クシナは斉賀に対して微動だにせず、口を閉ざしたままじっとその場に立つ。
「あれれ~? もしかしてお話しできないのかな~?」
やはり何も答えないクシナ。すると斉賀は、クシナの態度が気に入らないのか片手でクシナの顎を抑える。
「おいテメェ、何とか家やコラァ」
「お断りします」
クシナは羽虫を払うかのように、斉賀の腕をどける。それが意外だったのか、一瞬動揺する斉賀。
「て、テメェ……」
「由倫様から塵芥との会話を許可されていませんので」
冗談のはずだろうが、斉賀は真面目に受け取りこちらを見る。
「無論、許可しない」
俺も冗談に応えておいた。すると斉賀は怒りのあまり、顔を赤くしているのが分かった。
「かしこまりしました」
「……テメェら覚えとけよ。後でたっぷりと嬲ってやらぁ」
斉賀は悪あがきとして、足元の小石を蹴り上げる。丁度俺の方へ向かってきたので、パスの要領で奴の方へ返してやった。一応怪我をさせると面倒なので、ぎりぎりかすめる程度にしておく。
「取れよ。暇だしサッカーでもやろうぜ」
「……クソがぁ!」
よほど気に入らなかったのだろう。今度は乱雑に足元を蹴る。小石はおれの方まで届かす、奴の足もと付近で踊るだけだった。
斉賀が帰っていくと、仲間達から叱咤激励を受けていた。
「松谷丹くん、挑発して大丈夫?」
兼木がスマホを持ちながら尋ねて来た。
「心理戦さ。頭に来れば来るほど、ミスもしやすくなるからな」
「す、すごいね……」
関心という割には若干引いた表情になる兼木。
「えっと、そろそろ装備の確認しとかないと。由倫くんは配信の準備しなくていいの?」
「そうだったな。俺もそろそろ始めておくか」
兼木とのコラボを行う際、いろいろと作業をしないといけない。
事前に通知はしているので、俺も配信を始めればすぐに人が来るだろう。この突然増えたチャンネル登録者数が嘘でなければ。
早速自分の配信チャンネルページを開き、配信の手続きを済ませる。俺はあまり編集は得意ではないので、その辺りは既に兼木がいろいろやってくれていた。後は配信を開始すれば、予定通りの画面になる。 すると一分も経たずに、数百という視聴者がやってきた。視聴者数は瞬きをする間にも増えていき、配信開始前で既に三千を超えていた。コメント欄もだいぶ潤ってきている。
『もう三千も待ってるとかすげぇ』
『今日ってあのたま姫とコラボするんだっけ?』
たま姫というのは、兼木のキャラの愛称らしい。
『向こうももう準備してるって』
『今日はどのダンジョン攻略するか聞いてる?』
『分かんない』
『昨日のとこじゃないのは確実だけど』
どのダンジョンを攻略するかに関しては、まだ告知していない。理由は斉賀から口止めされたからである。事前告知で高難易度ダンジョン攻略するよと知れば、今の数十倍は視聴者がやって来ると思われたからだ。といってもどうせ配信中に誰かが知らせるんだから、意味ないと思うけどな。
しばらく腰を落ち着けて、配信開始まであと十分といった所だった。斉賀達の方が騒がしくなる。彼らは立ち上がり、それぞれの武具を取り出していた。
「あれ、もう向こう配信開始するの?」
「の割には静かだがな」
もし配信を開始してたら、もうすこし騒がしくなっているはず。しかし奴らは、業務連絡ぐらいの話しかしていない様子だった。
やがて向こうの準備が整え終わると、斉賀が再びやって来る。俺は発ちあがり、奴を出迎えた。
「オレ達はそろそろ攻略を始める。テメェらは後で入れ」
「何故?」
「言ったろ、勝負してるって思われたくねェからだ」
「よほど自信がないんだな」
「うるせぇぞ。それと入ってすぐ分かれ道になってっから、テメェらは”右”を進め」
「どの道を進むかは俺が決める」
「黙って言う通りにしろ。オレ達は左の道を進む。もし途中で追いついてみろ、テメェらの負けだかんな」
よっぽど自信がないらしい。ここまで徹底して俺たちに不利を押し付けて来るとは。
「分かった。いいだろう」
だが受けた手前、今更断るつもりもない。斉賀も納得したようで、仲間達の元へ戻っていくと早速ダンジョンへ潜っていく。これから難度の高いダンジョンを攻略するだけあってか、あんなんでもかなり集中している様子だった。
俺たちはその場でしばらく待つ。やがて配信開始一分前になった。
「そろそろ始まるよ」
「ああ」
俺は適当に声出しの練習をする。兼木もボイトレから始めて、呂律の確認の為かいくつか早口言葉を繰り出す。クシナは……いつも通りぼうっとしていた。
「よし、始めるぞ……3……2……1……」カウントダウンを終えて、画面を切り替える。そこには俺が目にしている光景が映し出された。「……えー、皆さん聞こえてますか」
『聞こえてるよー』
『はじまた』
『待ってました!』
音声、画像共に問題ないらしい。コメント欄では期待の声が寄せられて行く。
「恐らくこの配信を見ている方の殆どが初めての方だと思うので、挨拶を。初めまして、Aランク冒険者のキーファンと申します」
言った後で、固すぎたかと反省した。コメント欄でも、俺が緊張してるのかと心配そうな声も上がっている。そりゃそうだ。今までは一人二人見てればいい方だったこのチャンネルに、今じゃあ何万という視聴者を前にしているんだ。そもそも俺は、人前に立つタイプではない。
「今回は事前に告知した通り、コラボでのダンジョン攻略を行いたいと思います。早速ですが、本日のメインゲストをご紹介します」
そう告げて、画面を弄り回す。すると下からひょこっと、兼木のキャラクターである『玉響琴音』の姿が映し出された。
ここまでは台本通り。後は兼木がいろいろ喋ってくれるそうなので、任せておけばいいそうだ。
「お友達のみんな、こんにちわー! 玉響琴音でぇっす! 今日は最近話題のAランク冒険者、キーファンさんとダンジョン攻略、いっちゃうぜぇ~?」
Vtuber『玉響琴音』の基本的な設定はこうらしい。現役高校生で、いいとこのお嬢様。育ちは良いが、FPSなり銃を使ったゲームが大好き。初期の頃はお嬢様口調っぽく話していたようだが、いつのまにか砕けた口調になっていたという。視聴者もそれを受け入れているようだ。
彼女の人気を示すように、コメント欄がびっしりと埋められて行く。兼木もコメント欄を見ているが、調子を変えず言葉を続ける。
「さてさて、皆さんはご存知の通りでしょうがご紹介を。このキーファンさんは、なんと……! 出雲ダンジョンをたった一人で攻略しただけでなく、裏ボスもたった一人で倒した最強の冒険者なんです!」
なんて紹介されると、やはり気恥ずかしい。ちなみにこの台詞も台本にある。
「というわけで今日はゲストとして、キーファンさんにダンジョン攻略の必勝法を教わっちゃいたいと思います! 今日はよろしくお願いしますね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「さて自己紹介も終わったところですが、今日はもう一人、強力な助っ人をご紹介します!」
兼木がカメラをクシナの方へ向けるように、手で合図をする。俺はスマホをクシナへ向けた。
「……初めまして。由り――キーファン様の傍付きをしております、クシナです」
あわやリアルネームが知られるところだったが、打ち合わせ通り挨拶を済ませられたクシナ。この辺も事前に練習しておいてよかった。
「クシナさんはまだGランクのなりたてなんですが、ものすごい力を持っているとか! みなさん、クシナさんの活躍にも期待してくださいね!」
「琴音さん、そろそろ時間なので、攻略を開始した意図もいます」
「あ、そうですね! では準備も整っているので、参りましょう!」
『きたぁぁぁぁぁ』
『待ってました!』
『キーファン無双期待してます!』
『たま姫足引っ張らないように』
コメントも盛り上がりを見せているようで、今か今かと待ち望んでいる様子だ。
「では早速ですが、今日攻略するダンジョンを紹介します」俺はスマホをダンジョンの方へ向ける。「こちら、高難易度指定されているダンジョンでして、今日はここの攻略を行います」
『は?』
『マジ?』
『え、たった三人で高難易度ダンジョン挑む気?』
『新手の自殺かな』
『いくらキーファンさんでも高難易度ダンジョンを三人は無理では?』
『絶対やめた方がいいって』
やはりというべきか、視聴者からは否定的な意見が多い。
「ま、まあ高難易度って言っても、私達が進むのはあくまで上層の序盤だけ、ですよねキーファンさん?」
声を震わせながら尋ねる兼木。
「予定ではそのつもりです」
といってもこの反応が来る事も、この会話もほぼ台本通り。
「一応今回のコラボの目的は、どのダンジョンでも使えるコツを教えてもらうって形なので。それをAランク冒険者であるキーファンさんに実践してもらうというのが目的です!」
「高難易度ダンジョンで通用する攻略法であれば、どのダンジョンでも活きる攻略法ですからね」
「それに、うまく行けば皆さんも上のランクに行けるかもしれないですからね!」
「それを今回、玉響琴音さんと一緒に学んで行ってもらえれば幸いです」
「では早速、最終確認が済み次第突入します! みなさん少々お待ちください!」
「ではいったん準備のため、少々お待ちください……」
少し間を置いて、マイクをオフにしておく。この状態ではこちらの声は聞こえないはずだ。
「……やっぱりきつい意見が出たね」
向こうもコメントを見たのだろう。あまり賛同する視聴者がいなかったというのは、容易に想像できる。
「誰から見たって無謀な挑戦だからな」
「一応、配信の目的については皆信じてはくれてるみたいだけど」
兼木がスマホを覗いてくる。コメント欄では一層心配の声が上がっていた。
『まあ確かに高難易度で通用するコツなら知りたいね』
『問題はこれが上位で通用するかだな』
『↑その上位をやるんだよなぁ』
『マジで大丈夫? 上層でもAランクは三人いないときついって聞くけど』
視聴者の中にも冒険者か、あるいはファンがいるのだろう。通常であれば、彼等の言う通り無謀な挑戦だ。
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