第14話 高難易度ダンジョン攻略 準備編
高難易度ダンジョン攻略が前日に迫った晩、俺は兼木と共に、自宅で会議を行う事になった。
必要なものは全て今日までに買い揃えており、ポーション類の調合も終えている。後は配信面における細かい打ち合わせなどをしておく。主にしゃべる内容だとか、配信の内容自体など。
俺と『玉響琴音』のコラボ配信については、すでに告知済みだ。前評判を見る限り、概ね高評価を得ている。ただし、中には俺が懸念したように、名声にあやかってるだけではといった意見もあった。が、その辺は無視していい。
この配信の目的は、あくまで勝負。どうあろうと斉賀よりも視聴者を多く獲得しなければならないので、兼木がどうしようがあまり関係ないからだ。
「……じゃあこういう流れでいいね?」
兼木は用意された台本を整える。台本って言っても決まった内容を喋るのではなく、大まかな流れを確認するためのものだ。それに、これらは全て序盤で全部済んでしまう程度しかない。残りは全て、ダンジョン攻略にかかっている。
「ああ、理解した」
「事務所からもオッケーは出てるから、私のほうはこれで全部大丈夫。後は……」
兼木はおもむろに、この家に居るもう一人の少女へ顔を向ける。
「わたしは、由倫様のご意向に従います」
勝負の話をしてすぐ、クシナも手伝うと言ってきたのだ。彼女はそもそも冒険者ではいというのに。それでも意見を変えなかったので、一応はと冒険者の登録申請を行った結果、先日許可の通知が届いてしまった。つまりクシナも、晴れて冒険者となれたわけだ。
「けど私はともかく、クシナちゃんは……」
当たり前だが、クシナは現在最低ランクのGにある。普通なら、高難易度ダンジョンはもちろん、その辺のダンジョンすら鼻先程度しか侵入できない階級だ。
「わたしは大丈夫です。お二人の足手まといにはなりません」
自信満々に胸を張るクシナ。一方では自信なく猫背になる兼木。つい胸元に目がいくと、片方はどう張っても板なのに対して、もう片方は隠せないくらいの果実を実らせている。
「……ねぇ、冒険者省から呼び止めとかないのかな」
過去の事例では、高難易度ダンジョン攻略への参加は最低でもCランク以上が推奨される。ただしあくまで推奨であり、必要ではない。その気になれば、Gランクでも参加はできるってわけだ。
「兼木。冒険者ってのは危険を冒す者って書くだろ。俺たちは危ない橋を渡ってナンボだ」
「勿論分かってるし、私も人の事言えないと思うけど」
「ランク付け自体はあくまで力量の目安であって、ドレスコードじゃない。冒険者省も低ランク冒険者が高難易度ダンジョンに挑むのを止めないのも、理由がある」
「理由って?」
「第二次世界恐慌だ」
かつて世界で、二度目の経済恐慌が訪れた。世界中であらゆる資源が枯渇し、経済は破綻。ドルもユーロも、円も、全ての紙幣が尻拭く紙にすらならなくなった時代だ。
「そんな時代にダンジョンが発見されたのも、その中に数多くの資源が眠ってたのも奇跡だった。つまり人類全員が、第三の奇跡を願っている。だからランクによる制限がないんだ」
「そうなんだ……全然知らなかった。第二次世界恐慌の事は学校で習ってたけど」
「まあ後半の辺りは、俺の経験による憶測だがな」
「でもすごく納得がいくよ。私も少し前に難易度高めのダンジョンに行ったとき、誰からも止められなかったから」
「だろ? 俺だって基本ソロで潜ってたが、止める奴は一人もいなかった」
俺も、ランクが低いからとやめとけなんて誰かに言った記憶はない。そもそも冒険者となった以上、ある程度の危険は覚悟しているからだ。
「今思い出したんだけど、ランクGの時って何してたっけ」
「いきなりどうした」
「私、冒険者登録した後なんか研修とか受けたんだっけって」
「研修なんてないだろ。何ならランクGが研修みたいなもんだぞ」
「そうなの?」
「その時点で適性がない場合はすぐに辞めちまうか、やられるだけだからな。Fランクに昇格してからが本番だ」
冒険者登録ができるのは、十六あるいは高校一年になってからだ。ほとんどの場合、十代の内にCランクまで上がれるのは全体の十パーセント。Bに至っては一パーセントにも満たない。当然Aは、ほぼゼロだ。このように、世界全体での冒険者は、およそG、F、Dが大半を占めている。
「じゃあクシナちゃんはぶっつけ本番って事なんだね……」
一層心配になったのか、不安そうにクシナを見つめる兼木。
「わたしは由倫様を信じています」
「まあ、二人とも守ると言った手前、反故にはしないさ」
クシナにも兼木と同様、俺が守るって言ってしまったからな。無論言われなくてもそうするつもりだが。
「ところで、斉賀くんは何て言ってたの? 許可が出たって体で話が進んでるけど」
「片方はDランク、もう片方はなりたてのGランクって言ったら二つ返事で承諾したよ」
「配信はどっちのアカウントでやるの?」
「もちろん俺だ。兼木はゲストとして招くって体でもいいんだよな」
「じゃあルールも据え置き?」
「いや、そっちの登録者が一人でも減ったら、追加でマイナス一万って事になった」
「もっと不利になってる!! 何で受けちゃったの!?」
女性の配信者となると、中には男の存在をほのめかすだけで怒る視聴者も多い。斉賀もそれを見越して、わざと条件づけたんだろうな。
「その方が張り合いがあると思ってな」
勿論、ただやっただけでは面白みがない。こういう不利な状況からの逆転劇程、見る者を奮い立たせる展開はないだろうし。ああもちろん、俺が勝つという前提だ。
「松谷丹くんってば……」
兼木は机へ顔を伏せる。よくよく考えれば、向こうは配信で勝負していると公言していいのだろうか。どうせ斉賀の事だから、ルールはすぐ破るだろう。んで今勝負してるって言いふらして、カンパを集めたりしてな。もしそうなっても驚かない自信がある。
「心配いりません。由倫様の実力であれば、その程度造作もありません」
「それは分かってるけど……うーん」
「いざという時は、最速で下層まで駆け抜けてやるから心配しなくていい。それに、俺にはこいつがある」
俺は保管しておいた『アメノムラクモ』を取り出す。この高難易度ダンジョンは、こいつの晴れ舞台でもあるからな。
「それが、皆が噂してた……」
「あのヤマタノオロチっぽい裏ボスを倒して手に入れた神剣だ」
鞘から少しだけ、刀身を見せてみる。鏡のように部屋や俺の顔を写すのは変わらないが、やはり見る度に刃紋が違うような気がした。
「本当に神剣なの?」
「この手の神宝に詳しい人に見せたからな。それに、こいつはもともと別の形だったし、錆びていた」
俺の言葉を聞いたのかは知らないが、兼木はなぜか吸いこまれるように手を伸ばしてくる。すると刀がそれに反応するように、刀身が閃光を放つ。
「きゃっ!?」
まるで威嚇しているかのようだった。自分が認めた者以外には触れられたくないってか。
「おっと悪い。どうやらご機嫌斜めらしいな」
俺はひとまず刀を仕舞う。
「……なんか、まるで意志があるみたい」
兼木は触ろうとした手を抑えながら呟く。
「神宝に詳しいって爺さんも同じ事言ってたな。この刀は生きてるって」
「その刀って、松谷丹くん以外が触るとさっきみたいになるの?」
「かもな。ただ、クシナは平気らしい」
それを示すように、クシナに手渡す。彼女も俺の要求をくみ取るように受け取ると、鞘からほんの少し刀身を見せた。
「ホントだ。クシナちゃんも認められてるんだね」
「というより、この刀自体クシナが顕現させたもんだからな」
「そうなの?」
兼木は机から身を乗り出して、クシナへ尋ねる。
「はい。ですが由倫様にもお伝えした通り、何故この武具を出せたのかは分かりません」
「えっと、確か剣の外にも櫛を出したって言ってたよね」
俺は頷き、クシナに答えさせる。
「はい。それも何故かは分かりません」
「確か日本神話にあったよね、そんな話」
「ああ。というより、ほぼなぞってるが」
「どんな内容だっけ」
「簡単に言うと、
「するとクシナちゃんって、クシナダヒメなの?」
「いや、神話上だとその後クシナダヒメは、
「そうなんだ。松谷丹くん、詳しいんだね」
「昔は勉強と読書以外に好きな事をさせてもらえなかったからな」
「松谷丹くんの両親って、厳しかったの」
まあこういう話になった以上、聞かれるだろうとは思っていた。だがこの話はあまりしたくないし、それに明日は重要な日だ。できればコンディションを悪くしたくない。
「すまん。その話は今はしたくない」
「あ……ごめん」
「いや、別にいい。まあ今回の話が落ち着いたら、話してやるよ」
「うん、分かった」
ふと時計を見る。既に日付が変わろうとしている時間だ。明日は長い戦いになるかもしれないし、この辺で休んでおこう。
「そろそろいい時間だし。休むか」
「あー、そうだね」
兼木も時計を確認して、頷く。
「兼木はベッド使いなよ。今日シーツとか洗っておいたからその辺は気にしなくていい」
「え? あ、うん。分かった」心なしか、残念そうな表情になる兼木。「洗っちゃったんだ。残念」
今のは聞かなかったことにしておこう。それに、問題はもう一つある。俺はクシナに耳打ちをする。
「今日は添い寝無しだぞ」
「どうしてですか」
なんの悪びれもないように、クシナは驚いていた。
「兼木に気を遣わせたくないからだ」
「わたしは構いませんが……」
「とにかく、今日は駄目だ。頼む」
「……わかりました」
しぶしぶと言った様子で、クシナも残念そうな表情を浮かべる。
とりあえず寝る支度を済ませて、とっとと眠りにつく。明日は大事な一日だからな。
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