第13話 Vtuber『玉響琴音』

「松谷丹、やっぱりここにいやがったな」

「何の用だ」


 俺は立ちあがると、兼木を庇うように前に出る。


「次の休み、俺と勝負しろ」

「個人的な決闘はご法度だって知らないのか」

「黙ってオレの話を聞けコラ。勝負は簡単だ。オレ達とテメェで『高難易度ダンジョン』の攻略を配信で流す。最終的に視聴者が多い方が勝ちだ」


 兄のサイガーがそうであったように、斉賀も冒険者登録を行っている。確かランクは、兄と同じBだったような。


「高難易度って……本気なの斉賀くん!?」

「テメェはすっこんでろ兼木」


 言われて兼木は、口をつぐむ。奴の提示したルールは、登録者数で差があるこちらが有利に思える。


「いいのか? そのルールだと俺の方が有利だぞ」

「そこでだ。テメェの視聴者が一人減ったら、それは百人減ったと数える。んでオレの配信の視聴者が一人増えたら、同じく百増えたって数えるってルールだ」


 つまるところ、俺は視聴者がマイナスになる可能性があり、斉賀は一人でも残っていたら視聴者が千人になるって話か。配信サイトでは、配信時に何人視聴者が増えて、何人視聴者が減ったかを知ることができる。そこから、奴の言われた通り計算すれば最終的な数字を出せるというわけか。


「ちょっと待って斉賀くん! そんなルール明かに――」

「うるせぇぞ兼木!」庇おうとした兼木に、斉賀は怒声を浴びせる。「そもそもテメェのチャンネル登録者数とオレのチャンネル登録者数に差がありすぎんだよ。第一、昨日のがマグレじゃねぇってんなら、このルールでも勝てる自信あんだろォ?」


 得意げになって嘲笑する斉賀。後ろの取り巻き達も、調子に乗ってはっぱをかけてくる。


「Aランク冒険者なんだろ!?」

「どーせマグレなんでしょーけど」

「所詮陰キャが、運良かっただけだろォ!」


 すると斉賀も、一層調子に乗って顔を近づけてくる。そして俺をめいいっぱい見下す。


「断ってもいいぜ? そん時ぁ、テメェのチャンネルは消して、冒険者登録も抹消しろよ?」

「そんなっ……。いくらなんでも理不尽だよ!」

「うっせぇってんだよ兼木ィ!」

「お願いだからやめて! その代わり、私が何でもいう事聞くから!」

「……おい、聞いたか?」兼木の台詞を、待ってましたと言わんばかりに喜び仲間と向き合う斉賀。「んじゃそうだな……兼木、お前オレのセフレ――いや、”奴隷”になれや」


 斉賀の言葉を聞いて、兼木の顔が一気に青ざめていく。に対して斉賀とその仲間達は、歓喜の声を上げていた。彼らの中には女子もいたのだが、そいつらもハッパをかけている。


 黙って聞いてりゃ勝手な事ばっかり言いやがって。この兄弟はなんでこうも俺をイラつかせて来るんだ。


「つーわけで松谷丹、テメェにもう用はねぇ。でも今後一切、テメェのくせぇ面配信すんじゃねーぞ」

「……よく言うぜ」いくら俺でも、もう黙っているつもりはない。「一番臭うのはお前の息だよ」

「あ? んだとテメェ」

「安い挑発だが乗ってやる。いつ攻略を始めるか教えろよ」

「松谷丹くん……」


 兼木の手が肩に触れたが、すぐに手はひっこめられた。


「次の金曜、十九時だ。もし一秒でも遅れやがったら、そん時はテメェの負けだからな」

「攻略階層は?」

「んなもん潜れるトコまでよ。ちなみにだが、ボスを倒しても勝利条件には入んねぇからな」


 つまりボスを倒したところで、視聴者がいなければ負けるって事か。


「もう一つ聞きたいんだが、攻略は他のメンバーも連れていいのか」

「陰キャの癖に友達いんのか? まぁどうしてもってんなら、二人までなら許してやるよ――ただし!」斉賀は矢継ぎ早に言葉をつなげる。「ランクD以下の冒険者だけだからな。偽装もなしだ! もしやったら、問答無用でテメェの負けだ」

「別に構わない」

「テメェが負けた時の条件も忘れんなよ。松谷丹、テメェは配信チャンネルと冒険者登録の抹消だからな。ついでに兼木はオレの奴隷になる。分かってんだろォな兼木ィ」


 斉賀が顔を近づけると、怯えつつも兼木はそれを飲み込むように、一歩踏み出す。


「……いいよ。条件を呑む」

「おっしゃ、忘れんじゃねぇぞ」


 斉賀は口笛を吹きながら、仲間達と去っていく。どうやら向こうでは勝利を確信しているのか、既に兼木をどう調教してやるか、なんて下卑た話が出ていた。


 奴らが完全に消え去ったところで、俺は兼木の方を見る。


「本当にいいのか」

「その事について、松谷丹くんにお願いがあるの」兼木は恐れを振り払い、覚悟を決めた様子で俺を見る。「私にも、ダンジョン攻略を手伝わせてほしいの」


 普段なら、適当に返事をして受諾しただろう。しかし俺たちが攻略する高難易度ダンジョンは、そうはいかない。


 各地に存在するダンジョンには、それぞれ難易度がある。俺が昨日攻略していた出雲ダンジョンも高難易度に部類するが、それでも真っ当なBランク冒険者が一人いれば簡単に攻略できる程度だ。


 高難易度ダンジョンは、俺と同じAランク冒険者が最低でも十人はいると言われている。しかもそれが、上層段階での難易度だ。奴らはその気になれば、中層、下層と進んでいくだろう。


 これまでに高難易度と部類されたダンジョン攻略記録は三つ。一つが米国のウェークダンジョン。遠く離れた島で補給もままならない状態で、延べ二百人の犠牲を出しながら攻略が完了された。内Aランクが十数名。それ以外は全員Bランクという状態だ。


 二つ目はギリシャのアクロポリスダンジョン。こちらは犠牲者五十数名と少ない方ではあるが、代わりに二度と侵入が不可能となっている。ダンジョンボスを倒す際に、犠牲者を出さないやり方を行った代償だという。こちらはAランクの犠牲が二人で、他がBとCをおよそ半分ずつほどだ。


 最後に中国の虎牢関ダンジョン。こちらは死者数が数十万を超えており、現状で最も多く犠牲者を出したダンジョン攻略となっている。内約は簡単。誰彼構わず冒険者を突っ込ませるという、まさに人海戦術を使ったごり押しによるものだったからだ。当然ながら、こちらはAが数百以上、Bが数千以上、Cに至っては参加した全員の死亡が確認されている。


 このように高難易度ダンジョンの侵入自体が、無謀な行為となっている。上層の序盤なら、Aランク冒険者数名でも楽に攻略できる程ではあるが。だからといって、場合によっては上層で満足するはずがないだろう。斉賀達ならば、そそのかされれば中層まで潜り込むに違いない。


 何より、そんなところにDランクの兼木を混ぜるのは危険すぎる。


「やめておけ。兼木には無理だ」

「分かってる。けど私、このままじゃ引き下がれないよ」

「自分の身に危険が迫ってるからな。それは分かるが――」

「違うよ」何故か兼木は、首を横に振る。「私はどうなってもいい。けど、松谷丹くんの頑張りが全部なくなるのがいやだから。それだけは許せない」

「そんなの兼木には関係ないだろう? 何でそこまで固執するんだ」

「だって……私……!」兼木は肺いっぱいに空気を吸う。「松谷丹くんの事が好きだからっ!」


 突然の大声による告白に、俺は一瞬我を忘れた。


「……さっきも言ったが――」

「初めて見た時から一目惚れだったの! だから配信チャンネル開いたって言って、すぐチャンネル登録したんだから! 配信だって毎回必ず見てたもん! 確かに昨日の配信はリアルタイムで見てなかったけど、こっちの配信終わったらすぐアーカイブちゃんと見たから! こんな事、普通好きな人にしかしないよ!」


 めいいっぱい叫んだあとで、兼木は気恥ずかしくなったのか顔を一層赤くする。


 それでも、俺に対する想いは本当のようだった。自分にとってはあまり意味がない、副次的な理由でやっていた行動が評価されるとは。流石にここまで言われれば、彼女の熱意を認めざるを得ない。


「……悪かったな。そんな事も気に掛けず、言いすぎた」

「私こそ、ごめん。初めから声をかけてたら、きっと嫌な気分にさせなかったのに……」

「けど、やっぱりダンジョン攻略には参加させられない。大事なファンを失いたくないからな」

「お願い。私、松谷丹くんのいう事はちゃんと聞くから。絶対」


 どうやら意地でも認めないらしい。お互いこれ以上気張っても無意味だろう。ここで否定したところで、きっと無理やりついて来る。兼木の目がそう告げていた。


「分かった。なにがあっても兼木を守ってやる」

「私も、全力でサポートするね」


 同意を示すように、俺は手を向けて握手を待つ。兼木は頷くと、両手で俺の手をしっかりとつかむ。互いに手を放してから、一呼吸。


 予定が決まったところで、まずは打ち合わせをしないといけない。特に高難易度ダンジョンともなれば、準備も入念に済ませないと。そして勿論、初めてパーティーを組む相手の事も知る必要がある。


「期間に余裕があるうちに打ち合わせをしておこう。まずお互いのADVNアドベンチャーネームだが、俺のは知ってるな?」

「キーファンさん、だよね?」

「ああ。そっちは?」

「……あのね、その前に聞いてもいいかな」

「何だ」

「……Vtuberの『玉響琴音』って知ってる?」

「いや、知らない」


 何だ、Vtuberって。初めて聞いたぞ。


「……一応、私の活動名義なんだ」

「そうか」

「……これでも、チャンネル登録者数一万は行ってるんだけどな……」


 ぼそっと呟いたつもりだろうが、静かな場所なので良く聞こえた。


「その、玉響琴音だか……? が、チャンネル登録しているって様子はなかったぞ」


 昨日までは登録者数が十人しかいなかったため、俺でもしっかりと覚えている。だがその中に兼木の告げた名前はない。


「そうだよね。だって松谷丹くんのチャンネルに登録してるのはサブ垢だもんね」


 なるほど。なら知らないのも無理はない。もしその玉響琴音名義でチャンネルに登録していれば、すぐに分かるだろう。試しに自分の配信チャンネル登録者を一覧で見てみる。数が増えたせいで確認がしにくい。


「どんな名前で登録してるんだ?」

「えっと、寝間着玉子って名前」


 あー、そんな名前のユーザーが登録してたなぁ。確か寝間着姿の誰かが玉子焼きに巻かれているようなアイコンだったような。


「兼木、言っとくが自作自演は――」

「や、やってないよ! サブ垢でチャンネル登録してるのはいざという時の為で……」

「まあいい」別に追及したい訳ではない。困るのは自分だし。「でもいいのか。俺の配信に顔が映りこんだら、そっちのファンが騒ぐだろう?」

「だから一応、コラボ配信って事にしたいんだけど、いいかな?」

「……兼木、斉賀から言われたルールを分かってるよな」

「あー、そっか……」


 どうやら完全に抜けてたらしい。俺の視聴者が兼木の方に行かれたら、必然的にこっちが負ける可能性が高いんだが。


「後で斉賀に聞いておく」

「あ、待って! 出来れば、私が玉響琴音って事は内緒にしてほしくて」

「身バレが怖いからか?」

「うん。実は私、別のキャラクターっていう体で配信してるから。設定も結構凝っちゃってて」

「つまり、そのキャラクターになりきって配信してるって感じか」

「そうそう。だらかその……あんまり人に知られたくないから」

「分かった。とはいえその場合どうなるかは聞いておきたい」

「うん。お願い」


 まあどうせ悲報を届けることになりそうだが。

 そこで昼休み終了のチャイムが鳴り響く。すると俺は腹が空いている事に気がついた。


 兼木も同じようで、チャイムが鳴り終わると同時に腹を鳴らす。こっぱず化しそうに赤面した。


「……お昼ご飯、食べられなかったね」

「なあ、放課後その弁当食べてもいいか」


 一応罪滅ぼしも兼ねて、せっかく作ってくれたようだしごちそうになろうか。そう尋ねると、兼木は万遍の笑みを浮かべる。


「もちろん! 好きなだけ食べていいよ!」


 そう聞くと、余計に腹が空いて来る。せめて一口と思ったが、多分全部食べてしまうだろう。そんぐらいには腹が空いているからだ。

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