第12話 兼木たまき

 それからは大変な午前を過ごすことになった。斉賀の一件でクラスメイト達は、せわしなく俺に質問攻めをしてきたからだ。授業が一番安息できると思った日は、今日が初めてだろう。


 昼休みになって、俺は何とか目を盗んで人気のない校舎裏へやって来れた。学校ではここで幽霊が出るという噂があり、好んで来る生徒はいない。しかし風通しがよく、その上夏は涼しく冬は暖かいという、まさに絶好の安息スポットである。


 もしかすると幽霊ってのは、ここを占領しようとした誰かがでっち上げたのかもしれない。その証拠に、俺以外が来ると決まって呪いのアイテムとやらが見つかるのだとか。


 一人になれたのは良かったが、腹が減って来た。普段なら購買でパンでも買って腹を満たすところだが、今校内に戻ると面倒だ。また質問攻めが始まるだろうからな。

 仕方がない。学校が終わったらどっか飯屋にでも駆け込むか。そう考えていると、ふと足音が聞こえてくる。人数は一人。これでもし大勢だったならすぐに逃げるが、ひとまず正体を見ようとその場で待つ。


「……松谷丹くん、ここにいたんだね」


 やってきたのは兼木たまきだった。彼女は胸元に桃色の風呂敷を抱えている。


「何か用か」

「お昼一緒にどうかなって思って」


 兼木は示すように、風呂敷を掲げた。


「そうしたいが、昼飯がない」

「大丈夫。実は作りすぎちゃって、どうしようかって思ってたの」


 まだ返事をしていないにも拘らず、兼木は隣に座って風呂敷を広げた。その量は作りすぎというレベルではなく、もはやおせちと言っても過言ではない程だった。


「作りすぎって、どう見てもやりすぎだろ」

「あはは……。たまにやっちゃうんだ」

「たまにでおせちレベルの量を作る奴がいるか」

「あはは……」


 笑ってごまかそうとする兼木。よく見ると、その中も俺の好物ばかりな気がしなくもない。


 これはもう、明らかに意図してやっているんだろう。


「……で、用件は」

「え?」

「どう見たって明らかに媚びを売ってるようにしか見えないが。俺にあやかって、玉の輿でも狙ってんのか」


 言いすぎだとはわかっているが、あまりはっきりしないのも癪に障る。


 すると兼木の表情が陰り、そっと大きすぎる弁当箱を閉じた。


「……ごめんね。いきなり押し掛けて、迷惑だったよね」

「俺、そういうのあまり好きじゃないんだよ」


 こういうパターンはよくある。以前は全く興味を示さなかったにもかかわらず、人気になったら突然友達面してくるような奴とか。そいつらの目的は結局、当人ではなく名声だけ。いざ落ちぶれたらすぐにさよならするような、薄情な奴らだ。


「そうだよね。あんまり話したことないのに、いきなり仲よくしようみたいな事、おかしいよね」兼木の声は震えていた。次第に瞼から涙がこぼれていく。「私、思い上がってたみたい。憧れの人がいかにすごい人か、一番最初に知ってただけだもん。それなのいいざ人気になったからって古参ファン面して、一番の理解者だって思って。よくよく考えれば私、ストーカーみたいな事してるし」

「ファン? 何言ってんだ」

「……あのね、松谷丹くん」兼木は鼻をすすりながら、瞼に浮かんだ涙を指で拭う。「私、ずっと松谷丹くんにあこがれてたの。初めて会った時からずっと。チャンネル登録だって一人目だったし、どの配信も全部欠かさず見てたんだ」

「それ本当なのか」

「コメントだってしてたんだよ? 初めてコメントした時のこと覚えてる。変な質問だったけど、松谷丹くんはちゃんと答えてくれたし。それがずっと嬉しくてうれしくて……」


 と言われたところで、俺には全く記憶がない。俺にとって配信はおまけで、メインはダンジョン攻略そのものだったからだ。


 それに、欠かさず配信を見てくれているというのは嘘だろう。その証拠に、昨日の配信は視聴者数がゼロのままだったからだ。


「ならどうして、昨日の配信には来なかった」

「それは……その時、私もダンジョン攻略を配信してたから」

「もしかして、兼木も冒険者なのか?」


 兼木はしわくちゃな笑みを浮かべて、頷く。


「うん。ランクはまだDで、松谷丹くんとは全然遠いけど」


 冒険者ランク制度は、最低値がGで最高値が現状Aである。高校生なら、Dランクは少し優秀程度か。


「そうだったのか。この学校の冒険者は把握してたつもりだったが、まさか兼木もだったとはな」

「それは……私、配信とかは別名義でやってるから」

ADVNアドベンチャーネームが別なのは普通だろ」

「じゃなくて、その……なんて言えば……」


 歯切れの悪い兼木の言葉。ふとその時、数人の足跡がこっちに来るのが聞こえた。どうやら話に夢中だったせいか、接近を許してしまった。


「……斉賀くんっ!?」


 兼木も気がつき、振り返るとその人物に驚愕した。そいつは他でもない斉賀たちだった。

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