第11話 弟の逆恨み

 部屋を出て、同じアパートの住人と出くわす。その脇を挨拶もせずに通り抜ける。最初の頃は挨拶をしていたものの、誰も返事を寄越さなかったためもうやめた。


 自転車に乗り学校へと向かうが、その間も何もなし。いつもと変わらない町並み。近代都市のはずがほとんど人通りを見かけない町。その真ん中を通り抜けて、学校へ。


 談笑し合う生徒達をわき目に、さっさと自転車を駐輪場へ放り込む。誰からも気にされる事はない。それが普段の日常。この後自分のクラスへ向かってもそれは変わらない。


 はずだったのに、今日に限ってはやけに妙だった。生徒達は俺が来たと知ると、二度見なりしてじっとこちらを見続ける。その度にひそひそと話す声が聞こえたが、内容は分からない。


 心当たり自体はあるが、おかしい。だって昨日の話なんだぞ。そんなすぐわかる訳がない。昨日の時点でも話題にすらなってなかったはずだ。


 疑心暗鬼になりながら駐輪場へ自転車を放り、下駄箱へ。そこでもやはり通り様に生徒がこちらを見てくる。顔に落書きなどの類がない事は、家を出る前にちゃんと確かめてある。


 教室へ入ると、クラスメイト達は俺が来たと知るとすぐにそれまでの会話をやめてしまった。じっとこちらを見て、同じようにひそひそ話をする。だが小さい空間だからこそ、今度は話の内容が聞こえた。


「ねぇホントに松谷丹君がキーファンなの?」

「いやだってあの顔間違いなく松谷丹じゃねぇか」

「うそ、信じらんない」

「ウチの学校にAランクの冒険者がいたとか」


 案の定、昨日の件が知れ渡っていたようだ。という事は、この学校にサイガー達の配信を見ていた奴がいるんだろうな。無論その人物に心当たりがありすぎるが。


 噂話をする彼らを尻目に、自分の席に座る。誰かしらが直接訪ねてくるかと思ったが、誰も来ない。そりゃそうだろうな。ずっと居ない者扱いしてきた人物に、今更群がるなんて恥ずかしい真似できないもんな。


 まあでも、そんなに話題にするなら俺の配信を見てくれてもいいんじゃないのか。こっちだって死活問題なんだし。それに、こんだけ話題になっても配信を見てくれた人は――と、何となくスマホで自分のチャンネルのページを開いた時だった。


 登録者数を見て、俺はつい辺りを見回した。視線に気がついたクラスメイトも、落ち着かない様子だ。一旦頭を冷静にして、もう一度、自分のチャンネル登録者数を数えてみる。



 [キーファン(ダンジョン配信者):チャンネル登録者数30万]



 あまりの出来事に、自然と顔が正面を向く。嘘だろ。昨日まで十人程度しかいなかったチャンネル登録者数が、たった一晩でこんな増えるってアリかよ。しかもアーカイブも同程度か倍以上の再生回数になっており、ぱっと確認するとコメントもびっしり書かれていた。


『サイガーから乗り換えました。向こうの配信でも見ましたが、すごいですね』

『陰キャ君とか馬鹿にしてごめんなさい。キーファンさんめっちゃ強いっす』

『すごく見入っちゃうのですが、できればもうすこし顔を見せてほしいです。キーファンさん、よく見るとすごくかっこいいのに』

『自分ネットに詳しい方だと自負してたけど、キーファンさんの事知らなかったのであと三十年ROMってます。応援しているので頑張ってください』

『皆にキーファンさんのすごさが伝わって、古参ファンとしては嬉しいです』


 何か、見てると恥ずかしくなってくるな。それに古参を自称しているファンも現れてるし。


 そこで気がついたが、クラスメイトが向けるまなざしは軽蔑ではなく、むしろ尊敬に近いものだった。彼らの話の内容も、ほぼ全て賞賛ばかり。なのに直接言って来ないのは、これまで扱いをないがしろにしてきたから、敷居が高いっていうやつだろう。


「お前、昨日サイン貰うって言ってただろ」

「いや、そうだけどさ。今さらどの面下げてって感じじゃん」

「ちきしょー。握手してほしいけど、何て声かけりゃいいんだ」

「お前この前まで松谷丹の事散々馬鹿にしてたじゃん」

「しょーがねーだろ。あの松谷丹がAランク冒険者だったなんて知らなかったんだから」


 こっちもこっちで聞いているのがこっぱずかしい。いっそ自分から声かけてもと思ったが、なんだかなぁって感じだ。


 クラス中が俺含めて浮かれていると、突然勢いよくドアが開く。そこには見知った顔が現れた。


「松谷丹! テメェこのクズ野郎が!」


 そう叫んだのは、先頭にいた斉賀だった。校則違反も甚だしい金髪に、耳と口に植え付けられたピアス。服装もブレザーとズボン以外は私服で、どっからどう見ても不良だった。


 何よりこの斉賀、昨日共にダンジョン攻略したサイガーの弟でもある。


「よくもアニキを見殺しにしやがったな! ぶっ殺してやる!」


 斉賀はずかずかと教室に入って来ると、真っ先に俺の胸倉をつかんでくる。とろい動きではあるが、あえてされるがままにしておく。


 クラスメイト達は心配そうにしていたが、斉賀の取り巻き達はハッパをかけてくる。彼らも斉賀のように、校則違反な見た目をしていた。男女ともに茶なり金髪なりに染め、一部はピアスを忘れず。服装も校則違反。類は友を呼ぶとはまさにこの事だろう。


「兄貴の配信ちゃんと見たのか? 俺はちゃんと、生き残れるよう指示を出すつもりだった」

「うるせぇ! アニキが死んだのはテメェのせいだろ!」

「なら、俺の指示に従うべきだったな」

「この陰キャ野郎がァ……!」


 斉賀は強く拳を握る。これ以上好き勝手されるのも癪に障るし、そろそろこっちが仕掛けてやろうか。


「……やめて、斉賀くん!」


 そう思った時だった。クラスメイトの一人”兼木たまき”が立ち上がり、声を張り上げる。


 兼木はクラス内でも中心人物であり、学級委員長的なポジションにある。誰にでも優しく接し、他がやりたがらないような事も率先して行う。


 何より校内でも一番の美少女と名高い。化粧っ気がないながらアイドルすら霞むような美貌。果実のようにたわわな胸。完璧と言えるほど細い腰に対して、豊満な尻と太もも。多くの男子生徒が、彼女のとりこになるのは難しくはない。


「何だよたまき、テメェまさかこの陰キャの味方すんじゃねーだろうなァ?」


 かくいう斉賀も、兼木に何度もアプローチをかけている。どうなっているのかは知らんが。


「斉賀くんもお兄さんの配信見たでしょ? 松谷丹くんはお兄さんたちを助けようとしたんだよ? でもそれを拒んだのは、お兄さんなんだよ」

「んだとテメェ」斉賀は俺の胸倉から手を離すと、今度は女子生徒の方へと向かう。彼女は胸の前でぎゅっとこぶしを握り締め、怯えつつもけっして足を後ろへ置かなかった。「人が優しくしてりゃいい気になりやがって、調子乗ってんじゃねぇぞコラァ!」


 斉賀が右腕を上げようとした。それを俺は見逃さず、背後に忍び寄る。拳が握られると、女子生徒は目をつぶり、拳を受けようとした。


 そうはさせないと、俺は斉賀の右腕を掴む。振り下ろされる寸でのところだった。


「松谷丹、テメェ!」

「そうやって粋がってりゃ、強くなれるとでも?」

「野郎ォ!」


 斉賀は手を振りほどこうとする。だが俺は、そう簡単に離す気はなかった。奴が両腕を使って必死に振りほどこうとする姿は、周りから見れば滑稽に見えただろう。


「離せオラァ!」

「仰せの通りに」


 言われた通り、俺は若干強く押すように手を放してやる。すると斉賀は黒板まで吹っ飛び、壁に打ち付けられる。さらに落ちかかっていた黒板消しが彼の頭に降り注ぎ、雪でも積もったかのように白くなっていた。


 クラスメイトが失笑し、斉賀の仲間達は呆れた様子で「何やってんだよ」と声をかける。


「……くそがぁ」斉賀は立ち上がり、制服についたチョーク粉を振り払おうとする。「覚えてろよクソ陰キャが。ぜってーぶっ殺してやる!」


 子供向けアニメにありがちな捨て台詞を履いて、教室を去っていく。仲間達も逃げ帰るように、彼の後をった。


 しばらく間を置いてから、クラス中で拍手が沸き上がる。


「すげー、さすがAランク冒険者」

「あの斉賀を赤ん坊みたいに扱ったぞ」

「っぱあの配信は本当だったんだな」

「……やば、キュンって来ちゃった」


 あまり褒めるのに慣れてないせいか、本当にむず痒い。それに、こういう場面はあまり見られたくないんだが。


 ふとそこへ、兼木たまきが駆け寄って来る。


「……ごめん、松谷丹くん。私のせいで」

「別に大したことじゃない。そっちにも怪我がなくてよかった」

「うん。心配してくれてありがとね」

「気にしなくていい」


 そこでチャイムが鳴る。クラスメイトも流石にと授業を始めるための準備に取り掛かった。俺もそこで兼木と別れて、自分の席に着く。

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