高難易度ダンジョン編
第10話 同居人のいる朝
目を覚ますと、掛け布団とは思えない重さに気がつく。霞みがかった視界がはっきりしてくると、そこには見覚えのある少女がこちらをじっと見つめていた。
「おはようございます、由倫様」
そこで思い出した。先日攻略したダンジョンで、俺はこのクシナを拾ったんだっけか。
「いつからここに?」
「昨晩からですが」
覚えてる限り、クシナは俺のベッドで寝ていたはずなんだが。ワンルームの一室を圧迫するように置かれたベッドは、綺麗に整えられていた。代わって俺はソファで寝ていたためか、若干腰が痛む。
「何で俺と一緒に入ってんだ」
「申し訳ありません。ご迷惑でしたか」
クシナは申し訳なさそうに起き上がり、身を離す。
「そういう訳じゃ……」
「ではよろしいのですか」
表情は大して変わっていないはずが、何故かクシナの顔が明るくなっている気が下。今日が休日なら、まあいいかともうひと眠りこきたいところだ。しかし今日はそうもいかない。
「悪いが今日は学校なんだ。そろそろ起きないと」
ソファから起き上がりつつ、時計を見る。いつも通りの時間に起きられたようだ。
「ガッコウ、とは?」
俺は耳を疑った。今日び学校を知らない奴がいるなんて。
「クシナは学校に行った事がないのか」
「申し訳ありません。聞いたことのない言葉です」
どれほどの箱入り娘でも、学校くらいは知ってるだろうに。それも知らないとか、
クシナは一体今まで何をしていたというのか。
「簡単に言うと、勉強を教わったりするところだな」
「学問を教わる場、なのですね」
「そうだな、学問だな」学問で通じるなら、そう言っておいた方がいいだろう。「クシナはそういう所にはいかなかったのか」
「申し訳ありません。覚えていないのです」
「そうか……」
クシナの記憶を取り戻す方法があればいいが、まだ時間はかかりそうだ。その前に俺は学校へ行かないと。
起き上がって先日買っておいた菓子パンを平らげ、身支度を済ませる。クシナも菓子パンをもそもそと口に入れていた。
「そうそう、家に居る時突然大きな音が鳴るかもしれないが、別に何もしなくていいぞ」
制服に袖を通しながら、クシナへ教えておく。
「大きな音とは?」
クシナは口に入っていたパンを飲み込んでから、尋ね返す。
「後で鳴らしてみるから、それで分かる」袖を通し終えて、今度はネクタイを結ぶ。「もしかすると誰かが呼びかけてくる可能性もあるが、応答しなくていい。静かにしておいてくれ」
「どうしてですか」
クシナは無垢な子供のようなまなざしを向けてくる。
「簡単に言えば、盗人か同程度の連中が尋ねてくるって事さ」
「確かに、それは開けてはなりませんね」
その辺はちゃんと常識があるらしい。盗人と表現して正解だった。
「だから、もし音が鳴っても、声をかけられても返事をしないようにな」
「分かりました。肝に銘じておきます」
「なら俺は学校に行ってくる」
ネクタイを結び終えて、鞄を持つ。玄関まで歩くと、クシナも後をついて来た。
「お見送りします」
「そうか、ありがとう」
「いえ、これくらいは当然です」
昔は母親にこういう事をされたが、そん時のむずかゆさは感じなかった。それはクシナが俺と同じくらいだから、というのもあるだろう。ドアを開けて、俺はクシナに「大きな音」の正体を聞かせようとチャイムを鳴らす。すると家のなかにいた彼女が、大きく肩を震わせた。
「この音が鳴っても、静かにしているように」
「わ、分かりました」
普段と違い、動揺が隠せない様子のクシナ。このまま一人にさせても心配だな、と俺はクシナの頭をなでてやる。
「大丈夫だ。盗人もそんな簡単には入れない」
「……はい」
安心してくれたのか、クシナは震えを止めると俺の手に身をゆだねた。手を離すと、どこか口惜しそうにしながらも見送るように頭を下げる。
「いってらっしゃいませ、由倫様」
「ああ、行ってくる」
ドアを閉めて、鍵をかける。普段は無口で行う動作だが、今日はなんとなく気分がいい。それは同じ年頃の異性に見送ってもらったからだろうか。
だがあることに気がつくと、一気に気分が沈む。クシナといる間はそうであっても、学校へ行けばまた普段通りの生活が待っているからだ。
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