第9話 神剣『アメノムラクモ』

 女が言っていた職人の居場所には、心当たりがある。俺たちは一旦須佐神社に訪れて、神主から話を聞いた。


 彼は俺たちが持っていた神宝に驚き、本物の『アメノムラクモ』である可能性が高いと念を押してくれた。櫛の方も、スサノオとクシナダヒメゆかりの品物だという。


 これらが本物かどうかを知るには、山奥に住む人物に会うのが一番だとか。


 職人の住処までの道のりは、ダンジョンに負けないくらい険しい山道だった。岩を踏み台に、小枝をかき分けて進む。こんな獣すら寄り付かない場所に、人がいるというのか。


 少女の方を振り返ってみると、やはりけろっとした表情でついてきていた。


「どうかなさいましたか」


 四度目の質問。同じ返事はもうやめておこう。


「さっきから思ってたんだが、よくついて来れるな」

「何故ですか?」


 どうしてそんな事を聞くのか、という意味合いだろう。


「そもそもだが、なぜあんなところにいたんだ? それも覚えてないのか」

「はい」


 即答するもんだから、あそこにいる前の記憶は完全に無いんだろう。あの怪物の生まれ変わり、みたいなもんでもなさそうだし。


 質問もらちが明かないので、足を進める。


 小一時間ほど休みなく進み続けて、ようやく家屋が見えて来た。まるで掘っ立て小屋のような場所だったが、煙が立っているのを見るに人は住んでいるのだろう。木陰から出て、辺りを伺う。


「御免ください。どなたかいらっしゃいますか?」


 声を張って尋ねてみると、奥の方から年老いた男の声が聞こえて来た。やがて声の主が、奥のかまどから出てくる。


「これはこれは。若いもんがこの年寄りに用かい」

「神宝について詳しいと聞いたんですが」

「そんで、こんな山奥までおいでなすったってんで?」


 老人は怪訝そうに見つめてくる。


「ええ。ひとまず物をご覧に」


 俺はバッグから錆びた剣と木製の櫛を取り出す。すると老人はその場で目を丸くした。


「……お前さんら、一体どこでそれを」


 同じ事を鑑定局の女に聞かれたっけか。そう思い出しながら、話を続ける。


「出雲のダンジョンです。俺は冒険者で――」

「出雲か! どれ、見せてくれ!」


 老人は半ば奪うような形で、神宝を受け取った。しばらくの間、老人は剣を舐めまわすように見て、それから櫛を見回す。


 鑑定は数分どころではなく、数十分とかかった。その間俺たちは縁側で腰を下ろして、老人を待っていた。そうしてようやく満足した老人は、感慨深い様子でうなずく。


「ああ、確かにこの剣は『アメノムラクモ』、そしてこの櫛は、須佐之男命スサノオノミコトの勝利を願い、クシナダヒメが姿を変えたという櫛そのもの。まさかこの年で実際に手にするとは」

「つまりその二つは――」

「間違いない。神宝だ」


 俺は少女を見た。彼女はどうしてこんなものを顕現させられたのだろうか。で、当の本人はというと、無垢な子供みたいに、羽搏いていた長を目で追っていた。


「それで、あなたが剣を研いでくれると聞いたんですが」

……か」妙にためる老人。「人によってはそう思うかもしれん。だが実際は、姿と形容した方がよいだろう」

「つまり?」

「我々は先祖代々、ある秘術を授かっている。生憎、門外不出ゆえ仔細は話せん。だが、お前さんが望むなら、この剣をお前さんの為に形を整えてやろう」

「ならぜひ頼む。で、お代は」


 尋ねると、老人は櫛を口惜しそうに見つめる。


「その櫛、では駄目か」

「何故櫛を?」

「……要点だけを話すと、儂はすでに力も衰えている。ゆえに、うまく術を使えないかもしれない。しかし神宝の力を宿す櫛を媒体とすれば、確実に剣を整えられるだろう」


 俺は少女を見た。彼女も話を聞いていたようで、こちらをじっと見つめている。


「だそうだが」

「わたしは、あなた様が望むならそれで構いません」


 なら、道は一つ。神剣とやらにも興味あるしな。


「分かった。頼む」


 俺は剣と櫛を老人へ差し出した。彼は頷くと、立ち上がる。


「しばし待っておれ。すぐに終わる」

「今日中に出来るのか」

「ああ。だが、術を行っている間、絶対に見てはならんぞ」


 と言われると見たくなるのが人間の性。でも今回はやめておこう。恐らく神宝の姿を現すという術は、門外不出なのだろう。とはいえ神秘的な響きゆえに、やはり興味がわいてくる。


 老人は家のなかに消えると、そのまま気配すらなくなった。俺たちはその間、縁側で自然の景色の中白昼夢を楽しむ。その間ダンジョン配信関連のコミュニティを閲覧して、先のダンジョン攻略の影響を確認してみる。


 パーティーが一つ壊滅したというのに、関連スレッドにはその話題すら上がっていない。いや、正確には上がっていたが、既にほかの話題で埋め尽くされていたとい言うべきだろう。配信者自体は星の数ほどいるし、その中にはサイガー達が底辺に見えるほど人気を博している配信者も多い。


 最終的にログを辿り、スレッドタイトルの濁流の中からそれらしきスレを見つける。元よりサイガー達の配信スタイルからか、こういったスレは立ちにくい。基本的に内輪ノリみたいな感じだし、配信サイトのコメント欄で全て事足りるからだ。


 スレッドを確認した結果、やはり書き込みには一切サイガー達への弔いの言葉がない。あの男が視聴者から嫌われていたわけではなさそうなのだが、元より配信スタイルから視聴者との溝も生まれやすい。俗に言う”信者”すら何も言えなくなった状況で、彼らに不満を持っていた視聴者の方が優位に立った結果だろう。


 そして肝心なのは、俺の事についてだ。残念ながら、それらしい書き込みはなかった。そもそもこのスレッド自体、書き込み数が十行かない程度しかなく、内容も必要最低限にとどめられている。最後に書き込まれたのが丁度俺があの怪物とやり合う前だ。こじつけるなら、最後に書き込まれた『こいつら完全に終わったな』だけである。その中に自分も含まれるならと思えば、決して関係ないとは言えないだろうが。


 他にもいくつか確認しようとしたが、いきなり背後に足音が聞えて来た。ついあわてて立ち上がると、老人が一振りの刀を持っていた。


「出来たぞ」


 確認は後でにするか。俺はスマホを仕舞い、老人の持っていた刀を拝見する。


「これは、刀?」

「お前さん、刀を使うみたいだからな。もしかして、別の武具が良かったか?」

「いや、むしろ有難い」

「それは良かった」


 俺は老人から刀を受け取り、試しに鞘から抜いてみた。


 その刀は、目を奪われるほどの美しさだった。刀身は光を宿しているかのように輝き、描かれた刃紋も形が均一に揃っていた。俺が拵えていた刀もかなりの業物だが、この刀を見ればただの鉄くずに思えるほどだ。


「一つ教えておこう。その刀は生きている」

「生きているって?」

「そのままの意味でもあるし、比喩でもある。どうとらえるかは、お前さん次第だ」


 手にしていると、老人が言っている事が分かる気がする。ふと見ると刃紋の形がさっきと違うような気もするし、刀自体が振るわれることを願っているような、そんな意志すらかすかに感じる。


「親父さん、手伝ってくれて助かった」

「礼を言いたいのは儂の方だ。もし機会があれば、また来るといい」


 それから俺たちは帰路へと付いた。


 当然ながら、帰り道も同じような道をたどるしかない。あの老人はどうやって食料などを蓄えているのか。まあそんな事を気にしても仕方がないので、足を進めていく。


 やがてけもの道を見つけて、さらに進んでいくと神社が見えて来た。そこからは普段通りの道を進んでいく。


 神社の階段を、少女と並んで降りていた時だった。彼女の顔を見て、名前を知らない事を思い出す。


「そういやお前、名前も覚えてないんだっけか」


 少女は呼ばれて、すぐに顔をこちらに向ける。


「はい」

「なら、お前のことを”クシナ”と呼んでもいいか?」

「クシナ、ですか」

「そう。須佐之男命スサノオノミコトとヤマタノオロチの伝承にあやかって、クシナダヒメから拝借したんだが」


 それに、アメノムラクモとあの櫛を顕現させたんだし。名前付けとしては充分な理由だろう。


「分かりました。今後、わたしの事はクシナとおよびください」

「ああ。よろしくな、クシナ」

「こちらこそ、”様”」あれ、俺クシナに名前教えたっけか。そうぼうっとしていると、向こうから声をかけてくる。「先ほど、あの方にお名乗りになられた際です」


 あの方って言うと、鑑定所であったスーツ姿の女か。


「ああ。覚えてたんだな」

「はい」

「でも一々”様”はつけなくてもいいぞ」

「そういう訳にはいきません。由倫様はわたしを助けてくれた恩人なのですから」


 けどな、と思ったところで、俺は今日何度も繰り返された問答を思い出す。また同じことをやるのも面倒なので、とりあえずそうさせておくか。


「分かった。好きにするといい」

「ありがとうございます」


 ひとまずは納得してくれたようだ。さて、と思ったところで、もう一つ問題がある。


「それで、クシナの家についてなんだが」

「家、ですか」

「どこに住んでたかも覚えてないのか」

「はい」


 警察に迷子届っても、そもそもクシナの身分を証明できるものもなさそうだし。


「なら、しばらくはうちに泊まるといい」

「よろしいのですか」

「行くあてもないんだろ? なら、誰かしら親族か何かが出てくるまではうちにいればいい」


 幸い、俺は一人暮らしだ。冒険者稼業を始めてから、既に親元を離れて暮らすようになっている。少なくとも、食いつないで行けるくらいには儲かっているし。


「分かりました。ふつつか者ですがよろしくお願いします」


 クシナはその場で立ち止まり、ぺこりと頭を下げる。その挨拶は記憶にあるんだな、と心の中で突っ込んでおく。


 いろいろと大変な一日ではあったが、少なくとも収穫はあった。神剣アメノムラクモに、謎の少女クシナ。トータルで見れば、十分といえる戦果だろう。


 出雲ダンジョンも完全に制覇したと言えるし、次は別のダンジョンにでも潜ってみるか。そう思いながら、夕暮れの町をクシナと共に歩いていく。



『キーファンってヤツ、配信やってたみたい』

『どんなのだった』

『こいつ表ボスも倒してんじゃん』

『しかもソロかよ』

『てかADVアドベンチャーランク”A”だって』

『マジかよ こいつまだ高校生くらいだろ』

『今表ボス倒してる配信アーカイブで見たけど、マジで何してっかわかんねぇ』

『表ボスもほぼ瞬殺じゃねぇか』

『強すぎ』

『あの女の子誰だろ?』

『裏ボスっぽいのから出て来たけど』

『めっちゃかわいいな女の子』

『マジでこんな事あんの?』

『俺も冒険者になろうかな』

『やめとけ死ぬぞ』

『お前ら今更キーファンさんの事知るとか遅すぎwww』

『草生やすとかおじいちゃんかな?』

『チャンネル登録しようとしたけど、めっちゃ増えてね?』

『さっき十人程度しかいなかったのに、もう一万超えてるってやば』

『こいつクソ陰キャだよ。学校じゃあキモい雰囲気出してるだけのキモイ奴だし』

『↑今すぐキーファンさんに謝れ』

『信者キモ 死ねよ』

『お前がな』

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