第8話 謎の女
「貴方ね。不当に高い鑑定料を受け取り、会社の利益を横領している不届き者は」
女は白いハイヒールをカツカツと鳴らしながら、こちらへ近づいて来る。黒くつややかなロングストレートの髪型に、凛とした顔立ち。その度に、男は後ずさりした。
「な、なんの話でしょうか」
「とぼけても無駄」女が黒い鞄から、青いファイルを取り出す。するとまるで見てくれと言わんばかりに、机に放った。「証拠は全て揃っているのよ」
「いやまさか……わたしは何も……」
「なら……」
女はファイルを開くと、それを男へ突きつけた。ファイルの中には、釣り合わない売り上げと行方不明になった利益の証拠があった。
「これでも言い逃れをするつもり?」
「ち、違う……わたしは……」
「往生際が悪いわね」
すると女は振り返り、四人の男たちを顎で使う。彼らは頷くとすぐに鑑定屋の男を囲んだ。
「ま、待ってください! わたしは本当に……!」
「続きは本部で聴かせてもらうわ」
女の言葉で、四人の男は鑑定屋をがっしりと捉えた。そのまま彼らは店を出て行く。
それを見届けて、俺は女と目が合う。
「……一応、礼は言っておく」
挨拶もなしってのは気まずいだろうから、そう声をかけて置いた。
「ありがと。でも貴方のためにやったわけではないの」
「鑑定局のメンツってわけか」
女は返事こそ寄越さなかったものの、あながち間違いではないというふうに微笑む。それから奥で縮こまっていた職員たちの方へ向かった。
「何かあったのですか」
背後から少女が声をかけてくる。
「少しな」
「そうですか」
少女は興味なさげに、奥で話し合っている女と職員たちへ顔を向けた。別室となっているその部屋では、どういう話が起きているのかは知らない。しかし窓越しから見える職員たちの表情が、少しずつ和らいでいく。
やがて女が踵を返すころには、職員たちは万遍の笑みを浮かべて彼女に頭を下げていた。
「何の話をしてたんだ」
通りざまに呼び止めてみる。関係ない、と一蹴される事は承知済みだ。
「事情徴収をしてただけよ。聞けば彼らは、脅されて無理やり加担させられていたそうね」
意外にも問いに答えてくれた。
「これから、ここはどうなるんだ?」
別に鑑定屋はここだけじゃないし、他のエリアまで足を運ぶこともやぶさかではない。そもそもここを利用してたのは、さっき攻略してたダンジョンから一番近かっただけって理由だし。
「別の鑑定士を派遣するわ」
「出来れば不正をしないような奴がいいんだがな」
「それは大丈夫。候補なら既に見つけてあるから」
「そうか」
すると女は、包装品を俺に渡してくる。
「これは貴方のでしょう?」
よく見ると、俺が少女に貰った錆びた剣と櫛だった。
「悪いな」
「一つ気になったんだけど」宝を受け取ろうとしたが、女は手を離さなかった。「これは一体どこで手に入れたの?」
「出雲ダンジョンだ」
「出雲……?」女は顎に指を当てて考え込む。鑑定局の人間なら、ダンジョンの名前ぐらいは知っていると思うんだが。「確か出雲ダンジョンは、半年前に踏破されたはず」
「ああ」
「なら、何故今更になってこれほどの宝が見つかったのかしら」
「あそこには、いわゆる裏の主がいてな」
「まさか貴方、そいつを倒したというの?」
「そうだ」
「……貴方、名前は」
女は険しい表情を向けてくる。
「松谷丹由倫。
そう名乗ると、女は目を丸くして驚いた。
「貴方が、出雲ダンジョンを一人で踏破したという……」女は納得がいくと、少しずつ笑みを浮かべた。「松谷丹由倫。貴方の事は覚えておくわ」
何がおもしろかったのかは知らないが、満足した様子で女は立ち去ろうとする。しかし入り口前で、踵を返した。
「その剣を研いでくれる職人が、神社の近くにいるわ。行ってみたら?」
そう言い残して、今度こそ去っていった。俺は梱包されていた剣を取り出してみる。
「あの人が仰った職人。会ってみるといいかもしれません」
少女がぽつりとつぶやく。言われずとも、そのつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます