第7話 鑑定屋でのゴタゴタ

 ダンジョンを出た俺たちは、『鑑定屋』と呼ばれる場所に来ていた。


 この鑑定屋では、ダンジョン攻略で手に入れたアイテムの価値を鑑定し、買い取りもできる。そうした物品は必要な場所に出回ったり、あるいは店内で販売したりもする。


 ただし俺たち冒険者は、基本的には鑑定屋に金を落とさない。欲しい物があればダンジョンに潜って手に入れるからだ。それに基本割高なのもあり、鑑定屋で買い物をするのは情弱の証拠とすら言われている。


 店を物色する少女をよそに、俺は買い取りカウンターの列に並んでいた。あの錆びた剣と櫛は、それぞれ鞄の中にある、鍵付きのケースに入れている。これは新米冒険者がやりがちなのだが、収穫をそのまま持っているとスリに遭うからだ。


 冒険者の中には、そういった技術を持っている奴もいる。そうして奪われたものを取り返すのは不可能だ。なぜならダンジョン攻略で手に入れた物品には、所有権が発生しないからだ。つまり売る前に奪われたとしても、泣き寝入りするしかない。これはほぼ全員の冒険者が過去に経験してきたものである。


 ただし基本ソロであった俺は、最初から気を付けていたから被害に遭ったことはない。それに、俺に近づく者の気などたかが知れている。特に女のスリは一番分かりやすい。


 しばらくして自分の番が回って来る。買い取り担当の人間は、いかにも胡散臭い男だった。入れ墨はなく服装もちゃんと店の制服を着ていたが、顔つきはいかにもヤクザって感じの男だ。


「……はい、今日は買い取りですか」


 ぶっきらぼうな声は、こちらを向いていない。


「ああ。これとこれだ」


 俺は最初に、ダンジョン内で拾ったいくつかの小物を出す。それらを担当の男は確認もせず、後ろの鑑定室行きのコンベアへ放る。もう一方はぞんざいに扱われたくないので、あえて袋から錆びた剣と櫛を取り出す。男はそれを一瞥してから、舌打をする。


「あのですね、うちはごみ処理場じゃないんです」


 実際、端から見ればゴミ同然だろう。錆びた剣に櫛。普段、鑑定屋が目にするような物品ではない。


「せめて鑑定してから言ったらどうなんだ。鑑定料ならちゃんと払う」

「分かりました。でも通常料金の二倍、払ってくださいね」


 この男がゆすってくるのは、これが初めてじゃない。あれこれ下らない理由を付けて料金をぼったくろうとしてくるのだ。冒険者が持って来たものに対して、重箱の隅をつつくような指摘を繰り返し、鑑定料を割高にしては買い取り額を少なくする。悪徳業者もいいところだ。


 だが俺たちは、ここで鑑定をしないと戦利品を収入に出来ない。


 鑑定屋自体はほかの土地にもあるが、遠出するにも金がかかる。それも、ダンジョン攻略一回分はゆうに取られてしまう程の金が必要になるからだ。ダンジョンが出来てからこちら、公共交通機関の料金が高騰してしまっているからだ。


 ならぼったくられても、近場で済ませる方が黒字を維持できる方を選ぶしかない。


 ひとまず俺は、鑑定屋に金を払う。男は金を受け取ると、戦利品をコンベアに置いて、俺に横にそれるよう顎を向けると次の冒険者を迎え入れた。


 奥では無数の機械があり、これらが物品の鑑定を行ってくれる。市場の適正価格も知らせてくれる機会があるのだが、それは埃をかぶっていた。


 場合によっては適正価格のせいで、鑑定屋が赤字になるからだ。それなら誤魔化して安く見積もる方が利益になる。俺たちはその犠牲者だ。それでも他の地方へ行くくらいなら、受け入れたほうがこちらの利益にもつながる。悪魔的なシステムだ、と常々思う。


 ふと、奥の男たちが落ち着かない様子になっていた。担当の店員が俺の持っていた剣と櫛をもって、仲間達と話していた。声は聞こえないが、全員の表情から世間話をしている訳ではなさそうだ。


 やがて一人が、買い取りカウンターの男に耳打ちをする。すると男が八と顔を上げた。


「何、神宝――!?」つい声を荒らげた男は、俺の方へ顔を向ける。「――の、レプリカか……」


 男の言葉に、鑑定担当店員が困惑した様子でいた。男に耳打ちされると、何度も首を振って納得すると奥へ消えた。


「えっと、先ほどの方」


 男はそれまでカウンターにいた冒険者を押しのけるように、俺を呼ぶ。


「何か」

「先ほどのアイテムの鑑定結果が出ましたので、お知らせをと」


 この状況は極めて異質だった。通常の場合、鑑定が住むと別のカウンターでやり取りをするのだが。


「神宝、と聞こえたが」


 神宝、伝承などに存在する物品の事を指す。今回の攻略を伝承に当てはめるなら、須佐之男命とヤマタノオロチの伝説辺りがいいだろう。


 そう考えると、あの件は伝説の神剣”アメノムラクモ”という事なのだろうか。


 正式名称は”天叢雲剣アメノムラクモノツルギ”。日本神話に出てくる三種の神器の一つだ。


「ええ。そのレプリカです」


 男の様子とは裏腹に、奥の店員たちは怪訝そうに俺を見てくる。


「レプリカ程度で騒ぐものか? 普通」


「申し訳ありません。我々も最初は本物だと思ったのですが……」

「で、いくらで買い取ってくれる?」

「あの櫛を含めて、こちらに……」


 男は記入用紙に額を書き入れていくと、その紙をこちらに向けて渡してくる。レプリカやらと櫛を合わせると、やっと五ケタにいったくらいの金額にしかならなかった。


 正直、これなら買い取ってもらうより自分で持ってた方がよさそうだ。レプリカと聞いて、他の冒険者も盗もうとしないだろうし。


「安いから、買い取りはしないでおく」

「え? あー、ちょっとお待ちを」


 するとなぜか、男は呼び止める。


「何か?」

「えっと、出来るならあの品物は買い取らせていただきたいのですが……」

「俺もそのつもりだったが、額が額だからな」

「しかしレプリカである以上、この額が適当かと」


 俺はため息をついた。


「……仮に、もし本物だとしたらいくらになる?」

「それは……まあこのくらいにはなるかと」


 男は桁を指で示す。億は優に超えるというものだった。


「それに、あの櫛もただの櫛じゃないんだろ?」

「いえ。あれは本当にただの櫛なんです」

「なあ聞け。俺はこの二つを手に入れる前に、ある怪物を倒した。頭が八つある、蛇の怪物をな」

「はあ、それが?」

「そいつを倒したら、あそこで壺をみている少女と出会った。その彼女が、なんらかの魔法であの二つの物を出した。ここまではいいな?」

「……何が言いたいんです?」

「うすうす感じてはいたんだが、日本神話に関連してると思わないか? 頭が八つの蛇をヤマタノオロチとして考えて、そいつを倒したら剣が出て来た。その剣こそが、三種の神器の一つ”アメノムラクモ”。そして最後に、櫛だな」

「はあ……」

「このヤマタノオロチの話には、主要人物として須佐之男命スサノオノミコトとクシナダヒメという人物が登場する。クシナダヒメは姿を櫛に変えて、それを髪に差した須佐之男命スサノオノミコトがヤマタノオロチを討伐するってな」

「それが、何か関係があると」

「もしアンタらがただの櫛って言ってるものが、実はクシナダヒメゆかりの櫛だったらどうする?」


 そう尋ねてみると、男は目を泳がせた。


「し、しかしあくまで神話の出来事であって、我々とはなんの関係も――」

「そうだな、なら買い取りは見送りにしてもいいよな? 所詮ゴミなんだからよ」

「いえ、それは流石に。既に買い取りの手続きは済ませてありますし……」

「俺はまだ向こうのカウンターでサインをした覚えはないんだが」


 俺は反対側にあるカウンターを指さす。


「その、手続きについてはすでにこちらで……」

「それはマズいんじゃないか? 後に並んでいる冒険者を見てみなよ」


 俺の背後では、列に並んでいた冒険者が神妙な顔をして買い取りカウンターの男を見つめていた。


「あいつまたやってんのか」

「この前もおれボラれたんだぜ?」

「これならいっそ、遠出してでも別の鑑定屋行くべきかな」

「ならいいとこ知ってるぜ。オレの甥がそこで働いてんだ」


 一人の冒険者がそう告げると、並んでいた他の冒険者がこぞって彼の周りに集まる。それから信頼できる話だと分かったところで、全員が鑑定屋を出て行った。


「ちょ、ちょっと待ってください! みなさん、うちは信頼を――」

「ピンハネしたり難癖付けて安く見積もる奴が、信頼なんて軽く口にするもんじゃないぜ」

「くっ……」男は唇をかみしめながら、俺を睨む。「このクソガキが……よくも舐めた真似を……」

「さあ、鑑定に出したもんを返してもらおうか」

「うるさいっ! すでに鑑定に出したのなら、所有権はこっちにある! 書類もあるんだぞ、書類も!」


 男は机の上に置かれた、印の押された書類を提示する。


「お前が勝手に押しただけだろ」

「黙れ! ハハハ、こいつがある限り、神宝はこっちのもんだ!」

「やっぱりか」どうやらあの少女が寄越したものは、レア中のレア。ゲームで例えるなら、URとかEXレアとか、そんなレベルの代物だ。「なら猶更、所有権を行使させてもらう」

「やれるもんならやってみろ! 冒険者風情が!」


 男は机に両手をつき、勢いよく立ち上がる。


 正直なところ、冒険者と鑑定屋のどちらが立場が上かというと、鑑定屋の方である。冒険者はいわば傭兵。なるにも特別なスキルは必要ないのもある。一応、冒険者ランクという物があるが、それが機能するのはあくまで冒険者たちの間でのみ。鑑定屋には関係ない。


 一方で鑑定屋は、れっきとした国家資格である。いわばエリートだ。この男も偏差値の高い高校、大学を経て、鑑定の資格を手に入れたのだろう。


 もしそんな相手に裁判でも起こされれば、負けるのはこっち。立場もそうだが、向こうの方が権力者の知り合いも多いだろうからな。あとはいつも通りの展開。


 なんて呆れていると、鑑定屋のドアが開かれる。


「なっ……! あなた方はっ……!」


 男の顔から血の気が引く。振り返ると、入り口に五人が立っていた。両翼を固める四人は、全員黒いスーツに黒いネクタイ、黒いサングラスと黒ずくめ。その先頭にいたのは、白いスーツの美女だった。

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