第6話 今日の配信は終了

 穴ぼこに入ってすぐ、サーシャの膨れ上がった水死体が目についた。四肢と頭がないそれは、まるで肉で出来た水筒のようだった。


 あの怪物の水は切断系の攻撃だと思っていたが、純粋に水を浴びせるだけも出来たってか。どっちにしろ、食らえばひとたまりもなかっただろう。


「どうかなさいましたか」


 後ろから少女が声をかけてくる。


「いや」


 今となっては、こいつらの事などどうでもいい。俺は止めていた足を再び進ませる。


 道は蛇のように曲がりくねっていた。岩肌が剥き出しになっていたり、急こう配が連続して続いたり。ただしもっと足場の悪い道を進んだ事もあるので、そこまで苦痛ではない。


 驚いたのは、少女が何食わぬ顔で俺についてきている事だった。一応ペースは落としているものの、彼女は垂直も同然の壁を、慣れた手つきでのぼって来る。


 崖をのぼり切って、俺は少女に手を貸そうとした。だがその側を涼しい顔で登り切ると、俺を見おろしてくる。


「どうかなさいましたか」

「いや」


 先ほどと同じ問答を済ませて、再び足を進める。


 それからも道を進み、ようやく出口が見えて来た。その頃になると、道の様子もだいぶ落ち着き普通に歩けるようになっていた。


 つい出るため息。今日のダンジョン攻略は散々だった。最悪なメンツから仕事を請け負ってしまったし、そいつらはあの頭が八つある怪物に殺された。秘中のポーションを使ってまで倒したはいいものの、報酬は虚無だけ。


 せめて……とスマホを手にしてみる。配信中と表示された画面の横には、『視聴者数:0』の表記とまっさらなコメント欄が残されただけ。いつもならこの辺で最低一人か二人は見て、『乙』だの『お疲れさまでした』だのという他愛もない挨拶ぐらいは残してくれるもんだが。


 あのサイガー共がどうやって千もの視聴者を獲得できたというのだろうか。女で釣っていたのか。それとも金でもばら撒いてんのか。今日びそういったやり方は珍しくはない。


 勿論、俺はそんな方法を取ったりしないが。


「どうかなさいましたか」


 少女から三度目の問答。


「いや」


 そして俺も三度目の回答。一応アーカイブで誰か見てくれるかもしれないので、挨拶くらいは済ませておこう。俺は口元へマイクを近づけた。


「もしわたしにできることがあれば、なんなりとおっしゃってください」

「お疲――え?」


 突然の声に、一旦マイクを離す。


「その……助けてもらったお礼もできていないので」


 少女は両手を握りながらもじもじと体を揺らす。


「別に、気にする事じゃないからいい」

「申し訳ありません。ですが、せめてお礼くらいはさせてほしいのです」


 少女は上目遣いになり、目をうるうると揺らす。参ったな。異性から言い寄られるのは初めてだ。


 ここは何か言わないと、彼女は諦めてくれない様子だった。


「って言われてもなぁ」


 だからと言って、彼女に無茶振りをするのも気が引ける。勿論、彼女は頷いて叶えてくれるだろうが。


「何でも構いません」


 そう答えるのは分かっていた。一応、どこまでいいのか試してみるか。


「……なら、抱かせろ」

「わかりました」


 これなら流石に断って――と思った矢先にこれだ。少女は俺があげた羽織を脱いで、再び麗しい裸体を向けてくる。


「待てって、俺が悪かった。冗談のつもりだったんだ」

「よろしいのですか」

「ああ。だから服を着てくれ」

「わかりました」少女は再び羽織を着こむ。「では、他に何をすればよいのでしょうか」


 俺はため息をついた。これからは浅はかな言動に気を付けるべきだな。


「正直、別になにもいらない。そういう目的で助けた訳じゃないし」


 ど答えたのだが、少女は話を聞いていないのかその場で棒立ちになっていた。


「どうした」


 体を揺さぶってみると、少女はこちらへ目を向ける。


「思い出したのですが、先ほど貴方様はあの部屋で何かを探していましたね」

「ああ。それがどうしたんだ」

「何故ですか?」

「何故って……あの怪物が何か落としてないか確認してただけだ」

「財宝の類ですか」

「ああ。そうだが……?」


 少女は一旦目を閉じる。しばらくして、そのまま見開いた。


「お待ちを」

「?」


 すると少女は胸元で手を組む。それからまるで呪詛か念仏のような小言をつぶやきながら、両手を放すと印のようなものを結び始める。様子を伺っていると、少女の前に光が二つ浮かび上がる。


 片方からはひどく錆びた剣が出て来た。見た目は古代ギリシャに使われていた、スパタと呼ばれる形の刀剣にも似ている。もう一つは古めかしい、木でできた櫛だった。花柄が入っている以外は、特に変わらない。


「どうぞ」


 印を結び終えた少女が、こちらへ手を差し伸べる。


「……これは?」


 とりあえず剣と櫛を受け取る。


「わかりません」

「は?」


 この子、よく分からない物を召喚した上、それを俺に差し出したってのか。


「どうしてかわからないのですが、この二つの品物が思い浮かんだので」

「そうか……」


 おぼろげながら浮かんだものを俺に寄越すとはな。


 剣の方は完全にさび付いていて、全く使い物にならない。恐る恐る刃に指を当てて軽く引いてみたが、錆の欠片が舞うだけだった。櫛もかなり昔のものらしく、手作り感が強い木製だった。その手のマニアや歴史家には高く売れるかもな。まあそういう奴であれば、とっくにこの手の物品は持ってそうだが。


「今の私にはこれくらいしか差し上げられそうにありません」

「いや、十分だ」


 どちらも歴史的価値があるのには変わらないだろう。


「お気に召されたようで何よりです」


 気に入ったかどうかは、この後に賭けてみよう。


「じゃあ、そろそろダンジョンを出るか」

「はい」

「あー待ってくれ。その前に……」


 歩こうとしたところで、配信を切り忘れているのを思い出す。俺はスマホを取り出して、画面を確認する。やはり視聴者は誰もいなかった。


「えっと、じゃあ今回の配信はこれで終わります。お疲れさまでした」


 アーカイブで見るだろう人の為にも、ねぎらいの言葉を残して配信終了を押す。

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