第5話 謎の美少女
俺の聞き間違いでない限り、喋っているのは目の前の怪物だ。いや、正確には脳に直接響かせていると言っていいだろう。
奴の深紅の眼差しが、じっとこちらを見据える。
「……別に起こした覚えはないんだが」
『久方振りの馳走、美味であった』
この怪物、なかなかの洒落を聞かせるなぁ。
「だから、献上した覚えはないって。それにもう一人いたけど、アイツは食べないのか?」
『我が食うはうら若き娘。年老いた婆に用はない』
「なるほど、ロリコン趣味って訳か」
『語らいはこれまで。して、若者。この我と戦うか』
どうやらこの怪物は、ごちそうの後の余興も欲しいようだ。
「嫌だと言ったら?」
『それもよかろう。背を向けた折、潰すまで』
という事は、逃げるのは不可能らしい。どっちにしろ、こいつと戦うしかなさそうだ。
「なら、俺が取る道は一つだな」
俺は刀を構えた。まだポーションの効果は残っている。
『その言葉を待っていた』
怪物は一旦頭を下げると、咆哮を上げる。あちこちで小岩が崩れ落ちる音が聞こえたが、この広間が崩れるわけではなさそうだ。
さっきの地震といい、ここのダンジョンはしっかりとした造りになっているんだろう。ならあの時地面が崩れないでほしかったが。
とはいえ唯一気がかりだったことがこれで消えた。サイガー達四人もいなくなり、思う存分好き放題をやれる。なら俺も、そろそろ全力を出すべきだろう。鞄から一つ、ポーションを取り出す。こいつを使うのは、これで二回目。最初に使った時は、このダンジョンの表ボスを倒した時。
さしずめこいつは裏ボスみたいなもんだろう。なら油断はできない。赤く光るポーションを飲むと、体中に熱く焼けるような感覚がほとばしる。その痛みに耐えた先で待っていたのは、無我の境地。頭だけでなく、体中から雑念が消える。あらゆる感覚が肉体へ直結し、完全に脳の支配下へ入る。
『いざ尋常に』
礼儀正しい怪物だ。そう思い、俺も礼を尽くす。
「……勝負ッ!」
神経を研ぎ澄ませ、ゾーンへ入る。世界がスローになっていく中、ただ一人俺だけが等速の世界を保ったまま。
いくら裏ボスとて、目に見えぬ速さを捕らえることはできない。八つの頭が気をため込んでいる間にも、既に俺は一つ目の頭を斬り終えた。
痛みに狼狽える間すらも与えず、斬り落とした頭を踏んで二つ目。三つ目、四つ目。ゆっくりと怪物の目がこちらに向かっていくのが分かった。そして気をこちらに向ける。
だがもう遅い。そこに俺はいないからだ。八つ目の首を斬り落とし、振り返る。怪物の頭がゆっくりと垂れさがっていく。そこをつなぐように、血の剣筋が宙に浮かんでいた。
深呼吸をして、世界が再び等速になる。怪物は雄たけびを上げる間もなく、八つの頭を地面に落とす。辺りをのたうち回ったのち、光に包まれて行く。
そこで肉体に再び自然の重さがもどる。ポーションの効果が全て切れた証拠だ。俺は光の様子を伺いながら、刀に付着した血を肘の内側で拭う。残心として、ゆっくりと刀を鞘へ入れた。
やがて光が消えていき。部屋が暗くなる。鞄からペンライトを取り出して、辺りを照らした。さて、裏ボスを倒した報酬は……。
ふとなぜか、怪物がいたはずの場所に少女が寝転がっていた。長く白い髪で、やや幼めの目鼻顔立ち。息をのむほどの美少女だった。
「……おい、大丈夫か」
試しに声をかけながら近づいてみる。少女は何の反応もなかった。近づいて分かったが、少女は服を着ていなかった。
これはいわゆる、怪物が人化しただけなのだろうか。だがあの怪物が少女だとは思えない。勿論、怪物の中の人という線も薄いだろう。確証はないが。
「なあ、生きてるか?」
ひとまず起こそうと上体を起こさせて、ゆすってみる。何度かゆすったのち、少女は小さく息を吸うと目を開く。宝石のように輝く赤い眼が、こちらを捕らえた。
「……あなたは」
「俺は……ただの冒険者だ」
「ぼう……?」
難しい言葉ではなかったはずだが、少女は何を言っていたのか分からないという風に首をかしげる。
「まあとにかく、ここを出よう。起きられるか?」
少女はこくりと頷くと、体を震わせながらも立ち上がる。さすがに全裸ではまずいだろうからと、鞄に詰め込んでいた長手の羽織を渡す。
「これは」
「裸だとまずいからな。とりあえずそれを着ててくれ」
「わかりました」
少女は羽織を受け取ると、広げてそのまま載せるように羽織る。もちろん大事な部分は隠せずにいたままで。
「……ちょっといいか」
「なんでしょうか」
「俺が着せてやるから」
「わかりました」
少女の抑揚のない声に、俺もだんだんやる気がなくなっていく。まあ長い事このダンジョンにいたようだし、世間を知らないのも無理はないかもな。
とりあえず羽織をちゃんときせてやると、少女は次はどうするのかといったふうに俺を見つめる。
「それじゃあ、ダンジョンを出るぞ」
「はい」
「あー、でもちょっと待ってくれ」
「どうぞ」
他に戦利品がないかを探そうと、俺は少女へ声をかけてみた。だが二つ返事でそう言われたもんだから、つい気が抜けてしまう。
まあ仕方がない、と納得させて、俺は辺りを探す。表ボスを倒した時は結構な戦利品があったというのに、どうやら裏ボスは何もくれないようだ。美少女以外で。
ふと、地面を照らす光に気がついた。宝石か、と近づいてみたが、そこにあったのはサイガーのスマホだった。すっかり忘れていたが、サイガー達も配信をしていたんだな。
何の気なしに画面を見てみると、やはりまだ配信は続いていたらしい。そこには例の美少女に関するコメントなどが刻まれていた。その辺もしっかり写っていたのか。
するとつい自分が戦っていた時がどうなってたのかが気になり、ロールバックしてみてみる。
『は?』
『え、もう倒したの?』
『なんか知んないけど突然怪物が死んだ』
『あいつ何したん?』
どうやら誰も俺の姿を捕らえていなかったらしい。まあ損位早く動いている自覚はあったけどな。
コメントはさらに続いていた。
『やべぇ、マジであの怪物倒しやがった』
『見間違い?』
『あの陰キャやべーだろ』
『サイガー達を殺した怪物が一瞬で死ぬとか』
『やべー』
……まあ賞賛コメントはそこまでにして、つい彼らが死んだときの反応も気になってしまった。まあファンなら皆追悼くらいはしてんだろ。そう思いロールバックする。
『サイガー死んだ』
『だっさ』
『あんだけイキっといて死ぬとかありえねー』
『今年一番笑わせてもらった』
『今日仕事で嫌な事あったけど、サイガーさんが死ぬとこで嬉しくなった。ありがとう』
『なんてこった! サイガーが殺されちゃった!』
『↑この人でなしー!』
つい失笑してしまう。せめて俺の言う通りにすればよかった物を。他三人が死ぬとこのコメントも見ておいたが、同じ感じだった。特にミアの時は……コメントが画面に流れるとしたら、大洪水を起こしたくらいにはコメントが書かれていた。勿論その内容は、高校生の俺には刺激が強すぎるものだったが。
せめてもの情けとして、配信を停止。それから動画サイトへ死亡の旨を――届ける間もなく、アカウントがBANされた。まあ、スマホを遺族に届けてやるくらいはするか。
これ以上戦利品もなさそうなので、再び少女の元へ戻る。
「んじゃあ、そろそろ戻るか」
「わかりました」
その間も、少女はわざわざ待っていてくれたらしい。律儀だな、と感心しつつ。怪物が開けてくれた穴へ向かう。
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