第4話 邂逅、ヤマタノオロチ?

 八頭の怪物が唸ると、反響であちこちが震える。よく見ると、光は怪物がもたらしていたようだった。それはまさに、力の奔流といった感じだ。


 状況を冷静に判断してみよう。サイガー達は怪我で戦力を数割程落としている。相手の様子から鑑みて、四人を守りながら戦う余裕もない。


 ならば俺が先頭に立ち、気を引いている間に状況を立て直させる方がいいだろう。


「全員、よく来け」俺はサイガー達の方へふり向く。「一旦立て直すために、アンタらは下がっててくれ。俺が奴らを引き付けるから、その間に治療を――」

「――んだテメェ、何勝手に仕切ってんだオラぁ」


 が、サイガーが何故かキレてくる。


「何言ってんだ。全員死にたいのか」

「そう言って、どーせ一人で見せ場も宝も独り占めする気だろ」

「馬鹿言ってる場合か。今のアンタらじゃああいつに――」

「うるせぇってんだよ!」


 サイガーは得物であるメリケンサック型の武具を取り出して、怪物へ駆けだしていく。


「いっけーサイガー! ぶちかましてやれ!」

「決めちゃってー!」

「ホラ、みんな見てるから!」


 エヴォン、ミアがハッパをかけ、サーシャがサイガーのスマホを取りカメラを向ける。


「うおおぉぉらァァァァ! 死ねや怪物がァァァァ!!」


 勢いよく拳を振るうサイガー。だが怪物の尾が降りそそぐと、彼はなすすべもなく下敷きになった。


 尻尾が地面から離れると、その下でタコのようにぐちゃぐちゃになったサイガーがいた。彼はしばらく呼吸をしていたが、その内震えが完全に止まった。


 その様子を見ていた三人は、呼吸すら悪れるほど絶句していた。怪物の方は余裕綽々と言った様子で、こちらを睨みつづける。


「ぼーっとしてる場合じゃない! 早く逃げろ!」


 せめて残った三人だけでも。そう思ったものの。誰も言うことを聞いてくれない。


「……このクソ野郎がァァァァ!」


 サイガーの死に、激昂したエヴォンが釘バットのような得物を構えて駆け出す。バットにはこれまでに啜った死者や怪物の血が付着していたが、八頭の怪物の血は吸えないだろう。明らかに無謀だ。


 怪物は待ってましたと言わんばかりに、八つの頭に気を込める。


「まずい! 避けろ!」


 必死に叫んだにも拘らず、エヴォンは突撃を辞めない。


「殺してやるァァァァァァァァァァ!」


 怒りに支配された彼に、もう言葉は届かなかった。やがて八つの頭に込められた気が、細い線となってエヴォンに降り注ぐ。


 それは水だった。しぶきにはダメージはないものの、水流そのものには力があた。しかも高圧の水流であれば、物体を切断する事だってできる。そうしてエヴォンの身体は一旦形を保ったままその場に佇んでいたが、やがて肉体が縦九つに裂けた。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫ぶミア。パニックで取り乱したのか、あるいは逃げ道を探そうとしたのかその場を無尽蔵に駆け始める。


「くそっ!」


 このまま傍観しているだけではまずい。そう思った俺は、刀を脇に構えて駆け出す。怪物はミアへ集中しており、こちらには気づいていない。不意を突ける。


 そう思ったが、頭が一つこちらを向き、再び気をためる。俺は足をとめて、回避の準備に入った。


 水流が放たれると同時に、神経を研ぎ澄ませる。自分の意識だけがスローになった世界で、少しずつ細い水流が向かってくるのが分かった。俺は重く感じる体を傾けて、横方向へ地面を蹴り上げる。水流の向きは変わってこない。避けられると確信した瞬間、深く呼吸をする。


 世界が等速になると、水流はさきほどまでいた場所を貫いていた。着地と同時に構えなおして、ミアを探す。


「いやああああ! 放してえええええええええええ!」


 だが遅かった。既にミアは八頭の怪物に捕まり、捕食される状態にあった。頭が一つ彼女の身体を食らったが、それをよく思わなかった残り七つの頭も割って入ろうとする。すると頭同士で餌の奪い合いが始まった。お手玉のように宙へ浮かんでは食われるミアは、少しずつ肉体が欠けていった。最終的にうち一頭が、肉塊と見紛うものを平らげる。


 あまりにも凄惨な光景に、俺もただその光景を傍観するしかできなかった。だが俺以上に、サーシャが一番恐怖を感じたらしい。


 それを感ぐったのか、怪物がサーシャへすべての頭を向ける。


「……ねぇ待って。あたしは全然美味しくないし……」


 自分でも何を言っているのか分からないのだろう。涙を浮かべながら笑いつつ、尻をついたまま後ずさるサーシャ。


「お願いだから助けて……ホント、なんでもするから……ねぇってば」


 それは俺ではなく怪物へ向けられたものだったが、言われなくても助けてやる。そう思い刀を構えなおして攻め寄ったものの、怪物はこちらを一瞥もせず尻尾を振るってくる。横薙ぎの攻撃を飛んで回避し、サーシャに気を取られている間にせめて頭を一つだけ。そう思ったものの、怪物が頭をあげる方が早かった。


 ならばとサーシャを庇う位置へと向かい、刀を向けて怪物とにらみ合う。


「早く逃げろ!」


 確かにここまでの旅でいろいろあった。ムカついた時だって何度もある。だからとて犠牲者をこれ以上増やすわけにはいかない。


 そう思っていたのは俺だけで、サーシャは違ったようだ。突然背後から、血のような液体を振り撒かれる。冒険者のあいだでは有名な、怪物寄せの血だ。


「ほら、この陰キャの方が美味しいって絶対! あんたもちゃんと食われなよ!」


 捨て台詞を履いて、サーシャはすぐさま立ち上がると逃げ出す。ここまで俺は、あの四人の身を案じてきたというのに。全て無駄に終わった。最後には裏切られてこのざま。今更ながら、請け負うべき仕事じゃなかったな。


 と思っても、もう遅い。怪物はまたしても八つの頭に気をためて、すぐさま放出する準備を整えていたからだ。俺は深く息を吸い、神経を研ぎ澄ませ――ようとした瞬間だった。


 何故か八つの頭は俺ではなく、サーシャの方へ向けられる。彼女はそんな事に気を留めるどころか、逃げられそうな場所を探し続けていた。


「どこ!? どこに道あんの!! ねぇ!!」


 裏切られた以上、声をかけてやる義理もない。それに、このチャンスを上手く使えば状況を覆せる。


 怪物が気を放出し、水流はサーシャ目掛けて放たれる。だが今度は途中で交わり、一つの大きな水流となった。それは彼女の身体を壁へ強く押しつづける。余りの勢いで、千切れた手足頭が広間を舞う。


 今なら、と俺は刀を構えて、怪物へ切り込む。無事一撃入れると、切り口から白い液体が出てくる。浅かった。すんでのところで、怪物が一歩引いたからだ。


 怪物は頭を一つ、頭上から振り落とそうとする。咄嗟に意識を集中させ、回避した。互いに距離が離れると、ふと俺はサーシャがどうなったかを見る為振り剝く。


 だがそこに彼女の姿はなく、代わりに通路のようなくぼみが出来ていた。


『若者よ』


 ふと、頭の中に声が響く。誰かとあたりをみまわしたものの、目の前でこちらをじっと見続ける怪物しかいない。


『我を目覚めさせた事、感謝するぞ』

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