第13話 あなたの未練

ようやくアパートに着き、志津は鞄を床に置く。

「…ごめんね。月路。」

「え?何が…、」

志津の突然の謝罪に月路は首を傾げた。

「店長のこと。あんな人だとは思わなかった。」

「ああ、いやいや。ま、幽霊に対して普通の反応じゃない?」

違うの、と志津は首を横に振る。

「あなたの歌のこと。コピペしたような、とか。」

悔しがるようにぎゅっと拳を作る志津の肩に、月路はそっと触れた。

「本当、痛いところをつかれたよ。」

「月路…?」

月路の指は肩にかかる志津の髪の毛を優しく払い退ける。風に触れたのかのような感覚は、少しくすぐったかった。

「…自分でもわかっていた。多くの人が共感してくれたのは、ありきたりな歌詞だったからだって。」

「私は…、月路の歌が好きよ。その思いも否定するの。」

志津の髪の毛に触れていた指がぴくりと震える。

「ごめん、そんなつもりはないんだ。ただ…、ただ自分にしか作れない歌を作りたかっただけ。」

創作をする者なら一度はぶち当たる壁だろう。その壁は自らに厳しい者ほど分厚い。

「それは、あなたの未練にも成り得るもの?」

「未練…。そう、だね。未練かもしれない。」

月路は天命を受けたかのように、はっと息を飲んだ。

「わかった。」

気付いた自らの未練に戸惑いの表情すら浮かべる月路に対し、志津は頷く。

「作ろう、歌。最高傑作を!」

今後の方針を決めて志津は、えいえいおー、と作った拳を宙に掲げて力んだ。その様子を月路は目をぱちぱちと瞬かせながら見つめて、ふはと噴き出すのだった。

「志津ちゃんも手伝ってくれるの?」

「もちろん!頑張るぞー。」

いよいよ月路は腹を抱えて笑い出す。

「な、何で笑うの。」

「ごめ、ごめんね。志津ちゃん。」

ひとしきり笑い、月路は顔を上げた。

「超、心強いよ。ありがとう。」

月路の言葉を聞いて、志津は安心した。その笑顔こそ、志津の守りたいものだった。微笑み返した次の瞬間、志津の腹がきゅうと鳴った。

「!」

志津は鳴る腹を抱えて、赤面する。どうやら安心感から、空腹が顔をのぞかせたらしい。

「まずはー…、夜ごはんかな?腹が減っては戦はできない、って言うし。」

月路は志津の頭を撫でる。志津は恥ずかしさに俯き、はい、と呟くのだった。


夕食を囲みながら、志津は月路に問う。

「歌って、どうやって作るの?」

「んーとねえ。まずは曲を作ってから、歌詞をつける。終わり。」

今日の夕食はカレー。日中にかいた汗で出た塩分を補えるようで、舌に広がるスパイスの風味がじんわりと美味しい。

「端折りすぎだよ。」

志津は大雑把すぎる月路の説明に呆れながら、冷たいお茶を口に含む。

「そうかな。」

「そうだよ。もっとさ、ギターとかピアノとか駆使するんじゃないの?」

「あ、楽器のこと?俺、音符読めなくてさ。」

まさかの事実に、志津は目を見開いた。

「じゃあ、どうやって作曲してたの?」

「パソコンのソフト使って、ちょっちょちょいのちょいって。」

「ちょが多いよ…。」

月路は目の前のカレーの香りや温度を楽しみながら言う。

「俺は、歌詞が全てだと思ってるから。まあ、その歌詞が大変なんだけど。」

「ふーん…。あ、そういえば。」

志津は何かを思い出したかのように、スマートホンを取り出した。

「志津ちゃん、食事中だよ。」

「許して。」

志津は月路に断りを入れて席を立ち、通話を開始する。

「あ、阿津ー?あのさ、聞きたいことがあるんだけど…。」

電話をしている志津を横目に、月路は流れるテレビ番組の放送を眺めていた。クイズ番組で、今、流行りのお笑い芸人が珍回答を連発して笑いを誘っている。

「ごめん、ごめん。」

通話を終えた志津が食卓に戻ってきた。

「月路、作曲ソフトにこだわりなかったらさ、阿津が譲ってくれるって。あ、阿津って私の双子の姉なんだけど、」

「え?」

志津の言葉は、月路の驚きの声に遮られた。

「志津ちゃん、双子だったの…ってそれは置いといて、わざわざそのことで電話してくれたんだ?」

「うん、まあ。阿津、大学生の時にバンド組んでて、曲作ってたから。いくつかソフトを持ってて、使ってないやつで良いならいいよーって言ってた。」

食事を再開して、志津はカレーを口いっぱいに頬張る。その間、月路は言葉を発さなかった。

「月路?どしたの。」

口の中の物を飲み込んで、志津は首を傾げた。

「いや…、ありがとうって、思って。」

月路は口元を手で隠すようにして、答える。

「何だよー。感動しちゃった?」

志津が豪快に笑ってみせると月路は素直に、うん、と頷いた。

「ありがと。本当に。」

はにかむように月路は微笑む。その笑みに、志津の母性が激しくくすぐられる。だからだろうか、思わず手を伸ばして月路の頭を撫でていた。

「…何?志津ちゃん。」

月路は不思議そうな表情をするが、それでもされるがままに撫でられてくれた。

「明日にはソフトを持ってきて、パソコンにセッティングしてくれるって。」

「早。」

「阿津、行動力あるんだよ。」

何故か志津が胸を張って、自慢をする。その様子から、阿津のことが大好きだということが知れた。

「仲がいいんだね。」

「そりゃね。生まれる前から一緒だったから。」

ふーん、と頷く月路に志津は問う。

「月路は?兄弟はいないの?」

「あー…、いるような、いないような?」

曖昧な態度だった。

「どっちよ。」

「弟がいるにはいる…んだけど、嫌われているみたいで。」

月路は当時を思い出したのか、苦笑する。

「本当に優秀な奴で、いい年をしてふらふらしてる俺の存在は恥ずかしかったんじゃないかな。」

「月路って自由人って感じだもんね。」

なるほどと志津は頷いた。

「否定して!?」

志津の言葉に、月路は絶叫するのだった。

その後、いじける月路に謝っても中々許してもらえず、夜は更けていった。

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