第11話 弔いの花束
志津が職場である花屋に着くと、まだまだ月路の死を悼むファンの人々で溢れていた。そしてその人々は、花屋が開店すると共に自殺現場に供える花束を買い求める客となった。
いつにも増して忙しく、志津は花束を作り続ける。
あっという間に店長が用意したという死者に手向ける菊の花は売り切れて、代わりに白いカーネーションなどが好まれた。
「すみません、花束をお願いしたいのですが…。」
その客は一人の女子高生だった。泣きはらしたのだろう、瞼は腫れて頬を赤い。学生服を着ているので、学校に通う前に立ち寄ったのだろうことがわかった。
「はい。どのようなご用命でしょうか?」
志津の落ち着いた声音に、女子高生は声を詰まらせてしまう。
「ご、めんなさ、い。」
「落ち着いてからで、大丈夫ですよ。」
しゃくり上げる女子高生は深呼吸をして、気を落ち着けた。
「あの、弔い用の花束が欲しくて。山吹、月路さん充てに。」
「承知しました。使いたい花に、希望はありますか?」
女子高生は困ったようにきょろきょろと周囲を見渡す。
「私、死んだ人に花を贈るって初めてで…、何がふさわしいですか?」
「そうですね、有名なのは菊やカサブランカ。カーネーションもいいと思います。」
志津は花を紹介しながら、ふと女子高生が見つめる先の花に気が付いた。
「その花はブルースターですね。」
鮮やかな青色の花びらが5枚連なって星のような、可憐な花だ。
「あ、やっぱり。私…、月路さんの『ブルースターズ・ワルツ』が好きで、覚えていました。」
女子高生は思い出を慈しむように、目色を柔らかくする。
「でしたら、その花にしましょうか。」
「いいんですか?」
女子高生が懸念するように、ブルースターは結婚式に使われるような花だ。だけど。
「TPOは大事ですが、故人の思い出に寄り添うことも同じくらいに大事ですよ。それに、月に寄り添う星なんておしゃれじゃないですか。」
志津の言葉を噛みしめ、反芻して女子高生は頷いた。
「そうですね…。じゃあ、ブルースターの花束をください。」
「かしこまりました。」
女子高生は、志津の手元で可愛らしく束ねられていくブルースターをじっと見つめていた。
「本当に…死んじゃったんですね。」
ぽつんと女子高生は呟く。
「自分の気持ちにけじめをつける意味でも、花を贈ろうと思ったんです。どうして…、どうして死んじゃったんだろう。」
彼女の瞳に浮かぶ涙が、美しい。
「せめて、この星のような花が月路さんに寄り添ってくれたらいいのに。」
出来上がった花束を受け取って、代金を支払い、女子高生は店を出ていった。
「…だってさ。」
小さく手を振って見送りつつ、志津が小声で言う。
「月路?いるんでしょ。」
そっと振り向くと、大きな観葉植物の後ろに隠れるようにして存在する月路を見つけた。
「バレてたかー。…いつから?」
月路は志津の横に立って、女子高生が去っていった方角を見つめた。志津は溜め息を吐く。
「最初からね。月路、尾行下手すぎ。」
「マジか。」
はは、と苦笑する月路は、ごめんね、と言う。
「女の子、泣かせちゃった。」
「万単位でね。」
月路のファンはそれこそ万単位でいるはずなのに、何故、私の元へと彼は残ったのだろう。
きっと、私なんかより憑くにふさわしい人物がいたはずだ。
「ブルースター、大好きな花だよ。あの女の子に、伝えられたらいいのに。ありがとうって。」
寂しそうに呟く月路を見て、志津はきゅっと唇を噛むと次の瞬間には駆け出していた。
「え?志津ちゃん、どこに、」
志津が駆けて行った先にはさっきの女子高生が月路の自殺現場で花を供えて、手を合わせていた。
「ねえ!」
「…え?」
目を閉じていた女子高生が、志津の呼びかけにふと顔を上げた。
「花屋のお姉さん?」
首を傾げている女子高生に、志津は告げる。
「ブルースター。月路さんが大好きな花なんだって。」
「!」
はっと息を飲んだのは、女子高生だけではない。月路も一緒だった。
「ありがとう、って言ってるよ。絶対!」
志津が女子高生の手を取って、熱弁をふるうかのように断言する。
「…、はい!」
志津の言葉に涙を零し、何度も何度も女子高生は頷いた。その二人の姿を、眩しそうなものを見るように月路は見つめていた。
頭を下げつつ、学校へと向かうという女子高生を見送る。
「月路。」
「…うん。何?」
前を向いたまま志津は月路の指をそっと握る。
「絶対、成仏するよ。私が、月路を見届けるから。」
今はまだ、私に憑かれる意味はないかもしれない。だけど、せめて理由になりたかった。
「うん。」
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