第5話 借りてきた猫
来た道そのままを戻り、志津が住むアパートに戻ってきた。ほろ苦い思いだけが募る時間だった。
荷物を置いて、ソファに腰を落ち着ける。自由奔放だった月路が所在なさげに立ちすくんでいるので、志津は隣に座るようにぽんとソファを叩いて促した。
「そんな今更、借りてきた猫みたいになられても。」
苦笑する志津に誘われて、月路はおずおずと隣に腰掛ける。
「…。」
時を刻む秒針の音が響いていた。麗らかな窓の外で、廃品回収車の存在を告げるアナウンスが流れている。五月の気温は高く、部屋の空気を温めた。
「ちょっと、窓を開けますね。」
そう言って立ち上がり、志津は窓のサッシをカラカラと音を立てながら開ける。その瞬間にレースのカーテンが風を孕み、大きく広がった。志津の長い髪の毛もふわりと舞い上がる。
「これから、どうしたいですか。」
志津は乱れた髪を整えながら月路の隣に再度、座った。
「天国ってあるかわからないんですけど、成仏、したいですか?」
月路の視線を一身に受けながら、志津は問う。
「天国…、成仏したら行けると思う?」
「心穏やかな世界に逝ってほしいと願う人は、山吹さんのファンの数ほどいると思います。」
「あの人も望んでくれるかな。」
あの人。二人の共通認識の人物は、自殺現場で泣き崩れていた女性のことだろう。
「きっとね。」
「…そうか。志津ちゃんは、やっぱり優しいね。」
月路は瞳を伏せて、口元に微笑を浮かべる。
「うん。ちゃんと、成仏したい。」
そう言って、月路はしっかりと自分の思いを口にしたのだった。
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