第6話 方法を探る。


「…と言っても、どうすればいいんですかね。」

月路を成仏させる方向性で話がまとまったものの、その方法がわからない。

「うーん。お経を聞く、とか?」

当の本人でさえも、把握していないようだ。

「お経ね…。唱えたこと無いんだよな。」

志津は呟きながら、スマートホンでお経に関する記事を求めて検索フォームにかけてみる。

「あ、動画がありますよ。」

閲覧数も稼いでいて、そんなにニッチなものでもないらしいことに驚く。

志津は早速、動画投稿サイトに寄せられたお経の動画を流す。とある寺の住職による流暢な、聞いたことのあるオーソドックスなお経だった。

「どうです?」

「特に、変化は無いなあ。って言うか動画で成仏したら、それはそれで微妙。」

月路は手のひらを握ったり開いたりを繰り返し、自分の体を確認している。

「生声じゃないとダメとか?えーと…、」

今度は志津自身が検索したわかりやすくふりがなを振られた般若心境を、辿々しく口にしてみた。だが、それでも月路に変化は何も起こらない。

「じゃあ、塩でも撒く?」

「なるほど。ちょっと待ってください。」

月路の提案に志津はキッチンに向かい、塩の入った袋を手に取って戻ってきた。

とりあえずひとつまみ、塩を月路の手のひらに乗せる。そして互いに、その手のひらを凝視した。

変化は無いように思える。

「?」

二人は揃って、首を捻った。

「砂糖じゃないよね。」

「はい。」

月路の問いに、志津は一応指先に残った物体を舐める。ちゃんと塩っぱい。

「お札を用意してみますか。さっきお経を調べた時に、似たサイトでダウンロード出来そうだったんで。」

もう一度、スマートホンを取り出す志津に月路が言う。

「お札って成仏って言うより、封じ込められそうじゃない?」

「そうかあ…。もういっそ、成仏方法そのものを検索した方が早そうですね。」

志津は切り替えて、検索がヒットするかわからない成仏方法についてスマートホンに打ち込んだ。

「えーと、あ。意外と皆、調べてます。」

心霊系のサイトには先ほど試したお経、塩、の方法の他に、太陽光を浴びる、聖水を撒く、お香を焚くetc.

「まあ…。何となく、予想は付いてた方法だね。」

月路はどれもピンとこないようだった。

「どれも成仏って言うより、祓っちゃってますしねえ。」

「ダメかー。」

ため息交じりにテーブルに突っ伏す月路を励ますように、志津は尚も検索を続ける。

「待ってください。まだ、続きがあります。何々…、性的接触をする。」

「せーてき?」

「はい。性的です。」

首を傾げる月路に、頷きながら志津は決定打を打つ。

「…。」

「…。」

二人で顔を見合わせる。

「…試してみます?」

「え、志津ちゃんって性に奔放なタイプ?」

志津の提案に、月路は驚きに目を張った。

「いや、セックスだけが全てじゃないと思うので。例えば親しそうに手を握る、とか。」

「なるほどねー。確かに、女の子と手を握って成仏できるなら、今までで一番良さそう。」

「成仏目的以外に、他意はありませんから。」

そう言って釘を刺しつつ、志津と月路は正座になって居住まいを正す。実際に向かい合うと、妙に緊張した。

「手、良い?」

月路が手のひらを差し出す。

「…はい。」

志津はその手を握った。

幽霊という存在には体温がないのだろうか。ひんやりとした肌だった。

「…。」

「指を絡めても良いかな。」

頷く志津の了承を得て、月路は一本ずつゆっくりと指を組み直す。時々、指の間の水かきにくっと爪を立て、志津の手のひらを味わうように触れあった。

徐々に月路の冷たい肌は志津の体温と交わって、温まっていく。触れあう指先は敏感になって、互いの指紋まで認識できるようだった。

「志津ちゃんの爪って綺麗だね。形が整っていて、健康的な桜色。」

「花屋勤務だから、肌は荒れますけど。」

志津は苦笑する。

「そう?ああ、でも確かにちょっと乾燥気味?」

月路は志津の手を慈しむように、もう一方の手で彼女の手の甲を撫でた。両手で自分の手を包み込まれて、志津は気恥ずかしい思いだった。

思えば有名人の月路はたくさんのファンに握手を求められてきただろう。何だか、自殺現場で号泣していた女性に申し訳ない気がした。

「ど…、どうですか。何か、変化はありますか?」」

ささやかな罪悪感を消すために、本来の目的を思い出して志津は問う。

「気持ちいーなーって思うけど、そのぐらいかな。」

残念、と月路は呟いた。そして、名残惜しそうに志津の手を離してくれた。

「地道に残した未練を消していくのが、成仏への近道でしょうか。」

月路の魂が現世にある以上、きっと理由があるはずだ。それが何かの未練なら晴らしてあげたいと、志津は思うようになっていた。

「未練…、未練か。あったかな。」

月路は首を傾げる。自分自身でも未練のトリガーがわからないようだった。

「…山吹さんを認識できるのは、今のところ私だけみたいなので手伝いますよ。乗りかかった船だし。」

仕方がないと志津が微笑んでみせると、月路は頭を下げるのだった。

「ありがとう。」

「つきましては、一緒に過ごす上で決まり事をしましょう。」

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