シロが来た話

黒月

第1話

 「夜中にそこでシロが寝ていたよ」

 朝、夫が寝室のベッドの足元を指差し妙なことを言い出した。もちろん、足元にはなにもいない。シロ、というのは夫の実家で飼っていた犬のことで、数ヶ月前に亡くなった。ちょっと白熊を思わせる外見で紀州犬ミックス。亡くなる前日まで元気に散歩をし、好きなおやつも食べ、そして、急に逝った。15歳の大往生だった。

 話を聞くと、夜中に夫が目を覚ました時、足元でシロが丸くなって寝ていたそうだ。生きている時と変わらない寝息をたてて。

 夫は特にシロを可愛がっていたので、それが夢であっても、シロのいない悲しみが和らぐといいと私は話を聞きながら思った。

 

 その日は休日だったのでそのまま二人とものんびりと過ごし、飼っている文鳥のピーの世話をした。白文鳥のピーは「てのり文鳥」の名に相応しく、鳥かごから出している間は人間の手のひらや頭に乗って室内何処でも付いてくる。

 私がピーを肩に乗せたまま寝室へ本を取りに行こうとしたその時、ピーは唐突に飛び、寝室から鳥かごのあるリビングまで逃げた。

こんな慌てたピーを見たのは初めてだったので、私も夫も慌てた。しかし、リビングに戻ると、いつもと変わりはなく、夫の手のひらに乗って指先をつついていた。

「さっき様子おかしくなかった?」

「やけにびっくりした様子だったな。いまは大丈夫そうだけど。」

夫がピーを乗せたまま、寝室に向かう。

「寝室がどうかしたか?」

キャルキャルと鋭い鳴き声を上げてまたリビングへ飛んでくる。


 今までは室内どこの部屋に連れていこうと大人しく人の体に止まっていたのだが、今日は様子がおかしい。念のため他の部屋にも連れていってみるが、それはいつもと変わらずだった。


「もしかして、寝室にまだシロがいるからじゃないか?」

夫が今朝の続きのようなことを言う。だが、生前のシロはピーが大好きだった。以前私達に用事があり、ピーを夫の母に預かって貰った事があった。その時、シロは初めて見た文鳥を気に入ったのか、やたらしっぽを振りながら上機嫌で鳥かごを見つめていた。ピーの方はというと、鳥かごの中でかなり緊張している様子だったが。


 動物は人間より敏感だという話を聞いたことがある。もしかしたら本当にシロは寝室に来ていたのだろうか。それから数日はピーは寝室をいやがっていたがそのうちに、いつも通りそこにも付いてくるようになった。


 私には姿を見せてくれないのが、不満といえば不満である。

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シロが来た話 黒月 @inuinu1113

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