十一章 相棒②

 その後は医師の診察を受けたり、急ぎの検査が立て続けに行われたりと、にわかに慌ただしくなった。それがようやくひと段落した夕刻。


 二人きりになったところで、ルカが切り出した。

  

「悠仁さんが持っているについて、少し調べてみたんですけど……」

「ああ、何かわかったか?」


 テオドールが口にしていたことも含めて気になっていたため、疲れてはいたが話に乗る。


「どうも、Projectプロジェクト Re Protocolプロトコル〟というものの産物みたいなんです。この企画は、私が作り出されるずっと前、今から三十年以上前に立ち上がったものらしいんですけど……結局本格始動することはなく、テスト段階で中止になっています」


 鮮やかな夕日が窓から差し込み、病室の全てがその色に染まっていく。


「ざっくりした概要としてはこうです。人間はその潜在能力の十%以下しか使えていない。ならば機械技術による拡張とはまた別の方向性から、そこを解放する働きかけが何かできないものか」


 どこかで聞いたような話だな、と思いながら悠仁は先をうながした。


「つまり、現時点使えていない領域まで含めた、あなた方の〝真の能力解放のための手続きプロトコル〟を、人工知能AIの視点から探らせてみてはどうか、という計画です。要するに、人工知能AIによる人間の再解釈ですね。そしてその発現の起動スイッチに当たるものを便宜上、〝再手続のための鍵リ・プロトコル・キー〟と呼んでいたみたいなんです」


 ルカは悠仁の胸の辺りを見上げて続ける。


「とはいえ、その企画が持ち上がった時点では、あくまでも概念上の話に過ぎません。実際に発現して、曲がりなりにも成功した実例は、今のところ悠仁さん以外に確認できていないです」

「へぇ……そりゃ知らないうちに、随分といいもんもらってたんだな」


 悠仁が呟くと、ルカは声を荒げた。


「なに言ってるんです! 〝いいもん〟じゃありませんよ! もう二度と使わせませんから、あんなの!」


 アイライトを吊り上げて、ルカが迫ってくる。


「そりゃ自分の損壊で、精度を完全にする前に渡すしかなかったんでしょうけど、それにしたってこんな不完全で危険なものを悠仁さんに渡すなんて……! 自殺行為もいいとこですよ!!」

「でもおかげでひとまず事態も解決して、助かったじゃないか」


 悠仁の言い分に、彼は憤慨したように言い返した。


「駆けつけた私がなんとか止められたから、全治三ヶ月で済んだんです!! そうじゃなかったら、身体が内側から崩壊して死ぬところだったんですからね!? 悠仁さん、ちゃんと事態わかってます!? そもそもこの計画プロジェクトが中止になったのだって、結局テストケースが軒並み死亡して高リスクすぎると判断されたからなんですよ!?」

「……まぁ、そんなに怒るなよ」

「怒りますよ! 当然でしょう!? この二ヶ月、あなたがなかなか目を覚さなくて私がどれだけ気を揉んだと思ってるんです!? もし今ここにオロチがいたら、濃度九八%タバスコーヒーの刑に処すところでした! ええ! 処しますとも! たとえ偉大な先輩であっても!!」


 なんとバルサミコーヒーの上位種があったらしい。


「お前それ、もうほとんどタバスコそのものじゃねぇか」


 悠仁は思わず笑った。


 ルカの死亡疑惑について、この後もっとネチネチ責め立ててやろうと思っていたのだが、どうやら肝が冷えたのはお互い様だったらしい。悠仁は今日のところは勘弁してやるか、と考えを改めたのであった。

  

  

 *    *   *

  

  

 翌日、二課の面子メンツが見舞いにやってきた。百瀬と小林と堀口だ。


 現状、悠仁とルカが抜けてしまっているため皆忙しくしているようだが、目を覚ましたことでほっとしたようで総じて空気は明るい。


 捜査状況を軽く聞いた後———結局、悠仁と電磁パルス発生器を置いていったのが功を奏したのか、テオドールとブライアンはあの状況下で逃げ切ったらしい———ルカの遠隔操作の話になった。

  

「私の苦労を聞いてくれます? もうめちゃくちゃ大変だったんですよぅ。もともと全くもって遠隔操作仕様になんかなっていないものを、遜色なく動かせるようしなきゃいけなかったんですから」


 ルカはお友達の研究者がニ人ほど手伝ってくれたと詳細をぼかしたが、つまりはバベルタワーの研究者が無事に移植と遠隔操作ができるように、秘密裏にやってきて手を貸してくれたらしい。

  

「こっちのボディもばっちり対電磁パルス仕様にして、遠隔操作もいい感じに仕上がって、よしこれで完璧だって皆で盛り上がったんですけど……でも、びっくりしました。途中で悠仁さんにだけは気づかれましたから」


 悠仁がテオドールたちに手荒く扱われたせいなのではと疑っていた違和感は、どうやら遠隔操作ゆえのわずかなタイムラグだったらしい。


「それで、じゃあ最終チェックだ! と意気込んで、遠隔クリームソーダをキメようとしたら、いきなりあんなことになっちゃって」


 ルカはやれやれというように、短い両手を上げた。

  

「ネオ・アヴァロンに狙いの物を奪われることだけは絶対に避けなくちゃいけなかったので、もう気も抜けないし手も離せなくて……それこそ少しでも油断したら、テオに捕まりそうでしたからね。それでも、隙を見てなんとかメールを送ったんですよ? 大丈夫だから、救出には来ないでくれって」

「……ああ、あのメールは本当にお前からだったのか。てっきりお前のクソ兄貴からの嘘のメールかと思ったんだよ。俺も課長も」


 悠仁が言うと、百瀬も頷く。

  

 「だけどお前、俺がちゃんと伝えなかったから、テオが向こうに属してるってわかってなかっただろ? なんでここまで対策ができてたんだ?」


 ルカはアイライトをしばたかせて口を開く———まぁハグロビィに口はないのだが。


「もちろん、テオのことは想定外も想定外でした。ただ、当時はいくら彼が私のコアを破壊したくないと思っていたとしても、もし管理者権限を握っている人間がそれを命じれば、抵抗するのは難しいかも知れないと想定していました……仮に彼らが私の核を保管することを選んだとしても、命が繋がっただけで私が動けないのでは意味がありません。最悪の状態を想定した上で手を打つことにしたんです」


 そこで彼はチラッと悠仁の方を窺った。


「なにしろ最後のお仕事でしたし……最初の頃はまぁ大量の爆弾でも内部に詰めておいて、強引に連れて行かれたらテオだけ救出して、敵基地のコントロールルームあたりを思いきり爆破してやって任務完了でもいいかな、なんて考えたりもしたんですが……まぁその、色々思うところもあって……もし私がやむを得ず自壊した時に核ごと消えた、なんてことになったら……悠仁さんがね、ほら、泣いちゃうかも知れませんし……? 驚かせてしまったとは思いますが、今回に関しては、核を守れただけで良しとしてもらえないかな……なんて」


 ちらちら、と許しを請うような視線を寄越しているルカを、悠仁は無言でガシッと掴んだ。


「なんでお前は事前にそういう重要な情報を共有をしていない!?」

「最後のチェックが完了したら、言うつもりだったんです! まさかのその最終チェック中にさらわれるなんて、私だって信じられなかったですよ……! まだ微調整を入れるつもりだったので焦りました、本当に」


「情報の共有云々に関しては、嘉口君は絶対に人のこと言えないと思うけどね」「本当ですよねぇ」「右に同じ」という、百瀬たちのぼやきは聞こえなかったことにした。


「焦りました、本当に。じゃねぇよ! 一人で突っ走った挙句にシェイカーの親戚みたいになりやがって! お前みたいな馬鹿はこうだ! こうしてやる!!」


 何か色々と見透かされている気恥ずかしさと、ぶり返してきた怒りに任せて振ってやる。


「いやぁあああ! カンパリオレンジになっちゃうぅう……!!」


 人工循環液の色にかけているのだろうか。相変わらず、どこまでもふざけた奴だった。


 その直後、応援要請を受けた三人が慌ただしく引き上げていくのを見送ってから、


「……まぁ遠隔操作云々についてはもういい。、それくらい生き意地汚くなってもらわないと困るからな」


 悠仁はむっつりとそう付け足した。振り返ったルカが、アイライトをまん丸にして悠仁を見つめている。

  

「……悠仁さん、それって……」

「……もちろんお前に、リタイア後もここにいるつもりがあるならの話だけどな」

「……」


 なにやら小刻みにプルプルしていたハグロビィが、ひしっと悠仁にくっついてきた。


「いますよ! いるに決まってるじゃないですか! 私はもう自由なんですから、自分がいたい場所にいるんです!」


 そう言い切ったルカは、人型時代と違って指のない、つるりとした強化素材性の己の手を見て続ける。

  

「まぁひとつ懸念事項があるとするなら、果たしてこの愛らしい子守りボディで、引き続き雇っていただけるのかが謎だってことですが……積載容量の問題で、色々とできなくなってることも多いですからね」

「問題ないだろ?課長は何も言ってなかったし、先端技術犯罪対策局ACBが人手不足なのは相変わらずなんだ。犬ボディの奴だっているんだから、子守りロボットの手だってありがたがるさ。……ただ、生きていると知られて、また狙われたりしないかは気になるところだが」


 悠仁の呟きに、ルカは首を振った。


「それは大丈夫だと思いますよ。しゃくですけど、私の場合は身体、というか、そこに組み込まれていたものが目的でしたからね。その身体を取り返しにきかねないから、核を壊すという流れだったんでしょうし……全く、このイカした人格を差し置いて身体の方を選ぶなんて、見る目のない人たちですよ。……むしろ不安があるとするなら、あなたの方かと」


 悠仁はごろりとベッドに横になる。


「……リプロトコルキーか」

「ええ。唯一の成功例という意味では、ネオ・アヴァロンの他にも興味を持つやからが出てきてもおかしくないですから」

「まぁお前にロックをかけられているから、使おうにも使えないんだがな」

「当たり前ですよ。あんな自殺システム、ほいほい使われたらたまったもんじゃありません」


 しばらく天井を見つめ、それから悠仁は口を開いた。


「まぁそれについては、今考えても仕方がないさ。そうなったらそうなったで、やれることをやるしかない。……その時はできる電子回路様も助けてくれるんだろ?」


 冗談めかして言えば、ルカはアイライトをどこか得意げに細めて言い切る。


「当然です。私はあなたの副官なんですから」


 小さく笑った悠仁は、小首を傾げて拳を出す。


「じゃあ、まぁ……これからもよろしく、相棒?」

「こちらこそ、相棒」


 形の違う手と手が当たって、コチ、という柔らかな音が立ち、部屋の空気をどこか優しく揺らした。

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