十一章 相棒①
* * *
本当は、ずっとわかっていた。
———
ただ、癒えることを知らない傷が、それらに触れるたびに痛むから。
いや、癒えることを拒否することが、痛みを忘れずにいることが、悠仁にとってはせめてもの彼への
そして何よりも、彼らを縛る
わかっていた。
己の
怯えて殻の内に
それほどまでに、大切なものだったから。
『私は、お前がたくさん笑える未来に
オロチが最後の最後に言い残した、きっと何よりも伝えたかっただろうその言葉を忘れていたのは、当時まだ子どもだったせいもあるだろうが、たぶん都合が悪かったからだ。
———ずるいぞ、オロチ……それはずるいって……
悠仁は
———
何があったって乗り越えて、先に進まないわけにはいかなくなるじゃないか。
ずるい、ずるい、と駄々をこねながら不機嫌に膨れていると、ふっと笑うような気配がして、あの懐かしい伸ばした手の感触が優しく頭を撫でていったような気がした。
* * *
悠仁が目を開けると、見知らぬ白い天井があった。どうやらここは病院の個室らしい。
ぼんやりしているとスライドドアが開き、花が生けられた花瓶を器用に抱えたハグロビィが入ってくる。その卵を思わせるなめらかな白いボディが、ベッドの脇にある棚の上まで浮かび上がり、そっと花瓶を置いた。
見ていると、どうやら何かしらのこだわりがあるらしい。ハグロビィは花瓶の角度を変え、花の並びを何度か直し、ようやく納得したのかどこか満足げに頷いている。
それから振り返ったその
そして次の瞬間、子守りロボットは慌てたようにナースコールを連打し始めた。そのどこか既視感を感じる一連の動き方に、悠仁は思わず呟く。
「お前……もしかしてルカのバックアップか?」
「……」
ハグロビィはしばらく黙った後で首を振り———明確には首が存在しない
「……実は、今はこのボディに
それはいつか聞いたハグロビィの柔らかな音声ではなく、すっかり聞き慣れたルカの声だった。
「……それは、どういう……」
力が入らない身体でなんとか上体を起こした悠仁に、ベッドの上に着地したハグロビィがそっと寄り添う。
「あの、身体に障るといけないので、今は怒らないでくださいね? 治ってからなら、怒ってもいいですから。……実は途中から、あちらの身体はずっと遠隔操作で動かしていました」
「……いつから?」
「
「……じゃあ」
ハグロビィに伸ばした手が震えているのは、怪我のせいなのか、他の何かのせいなのか。
「お前、生きてるのか、ルカ」
いや、もう全部怪我のせいだ。声が震えているのも、視界が滲むのも、慣れないことをしようとしているのも、全部全部怪我のせいにしてしまえばいい。
「はい」
「死んだかと思っただろうが……! もっと早く言えよ、この馬鹿……っ!!」
「……ごめんなさい」
「ナースコールは一回押せば大丈夫よ〜? ルカちゃん。あら?」
スライドドアから看護師が登場した瞬間、悠仁はぎゅっと抱きしめていたルカを反射的に放り投げた。
「ちょっとぉ! なにも投げなくてもいいじゃないですか!! 私仮にも精密機器なんですけど!?」
なんとか壁への激突を回避したルカが抗議してきたが、
「お前のせいだ!」
羞恥心で顔を真っ赤にした悠仁は、そう怒鳴り返すので精一杯だった。
「はぁ!?」
「全部全部お前のせいだ!! このクソ回路が!」
「あらあら大変! 応援願います! 患者が錯乱していて……!!」
インカムで要請し始めた看護師を、ルカが慌てて制止する。
「ああぁ大山さん! 違いますよ! 大丈夫です!! この人恥ずかしがり屋さんでして!! ちょっと感動の抱擁を人に見られたのが恥ずかしかっただけなんです!!」
「やかましいわ! 解説すんな!!」
叫びながらも、本心では失いたくなかった日常がこうして戻ってきたことに、悠仁はそっと感謝していた。
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