十章 リ・プロトコル③
「ハハ……いや、なるほど、なるほどね……これは嬉しい誤算だ。ユージーン、君の
笑うテオドールのその声が、妙にゆっくりと聞こえた。声だけではない。ありとあらゆるものが、やけに遅く見える。まるで誰かが世界にスロー再生をかけたかのようだ。
これまでの自分はなんだったんだろう、と悠仁は思った。肉体の重さを感じない。重力を感じない。思考の
「おわっ……!!」
突然ガガッと地面が大きく振動して、ブライアンは盛大に体勢を崩しテオドールとぶつかった。悠仁はふらつくこともなく立ったままだ。
———島が降下する。
どうやら百瀬がコントロールルームを見つけて操作したらしい。高度が下がり始めていた。
「やれやれ、これは
呟いたテオドールは、その無事を確かめるように
———あれだ。二人がぎりぎりまで、ここを離れなかった理由は。
見た瞬間に、なぜかわかった。それがなにかもわからないのに、なぜかそれだけはわかった。
悠仁は二人に駆け寄り、迷いなく手を伸ばす。気づいたテオドールの顔に、初めて余裕以外のものが浮かんだ。彼はそれを悠仁から遠ざけようと掴んだ手をぎりぎりまで伸ばし、悠仁の指先が筒に
「ライアン!」
ヘリポートの床には、有事の時のための武器が仕込んであったらしい。そこから
「……ワォ。さっきの麻酔弾といい、今の散弾といい、偶然じゃなくてやっぱり避けてるよね? どうなっているんだい、君」
———弾がどこを通るのかを知っているのだから、そんなものは当たり前だ。
当然のようにそう思って———
———いや……俺はなぜそんなことを知っている?
そう疑問に思った瞬間に、唐突にその無とも無限とも思える時間が終わった。
何が起こったかわからないまま、身体が突然重力を思い出したように、冷たいヘリポートの地面に倒れ込む。
「……ぐ」
激痛で、身体中が
「テオ、何をしたんだい?」
「なにも」
円筒を拾い上げて懐に入れ直したテオドールは、戻ってくると首を振って悠仁を覗き込む。
「最適化する時間の余裕はなかったのだろうな……恐らくどこかしらの過剰負荷だ。人間の肉体は、非常に繊細なバランスの上に成り立っている。ましてや今までと違う手続きを踏んで急に動かせば、それは言うまでもない」
彼は眉根を寄せて島の外を見つめた。
「本来ならなんとしても連れて行きたいところだが、島が降りきってしまえば我々は袋のねずみだ。余計な荷物を持っていれば、逃げ切れないかもしれない。今回は諦めるしかないな」
テオドールはそうため息をつくと、悠仁を見下ろす。
「君が無事に生き残ることを祈っているよ、ユージーン。それでは、縁があればまた」
身体が全く動かないため、急ぎ足でヘリポートを去っていく二人を追うことはできなかった。
———……寒い……
風になぶられながら、
———遊園地用の機体か……?
家のあるものは青いアイライトをしていたが、この個体の目は柔らかな
———あいつに……似てるな……
霞んだ視界の中、そのハグロビィが心配そうに覗き込んでくるのを不思議に思いながら、悠仁はそのまま意識を手放した。
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