十章 リ・プロトコル②

「ルカのことは残念だった」


 顔を合わせるなり、テオドールがそう言った。はらわたが煮えくり返りそうな話題だったが、それでも時間稼ぎのための会話は歓迎するところだ。


「どの口で……アンドロイドにとっては、所詮しょせん兄弟の繋がりなんてものは、人間に合わせた幻想か」

「いいや。確かに我々は人間の兄弟のような肉体的な血の繋がりこそ持たないが、そこはさほど問題ではないと考えている。私としても、彼らに愛着はあるんだ。縁もゆかりも全くない者とは違うさ」


 テオドールはそう微笑んだ。


「だが……兄弟である以前に、我々はそれぞれの個でもある。私とルカの望みはかち合い、彼は断固として自分の身体と相棒を譲り渡すことを拒んだ。ただ、それだけのこと」


 二人のやり取りを聞いていたブライアンが、すまなそうな表情を浮かべて悠仁を見る。


「ルカのことを結果として殺してしまったことについては、本当に申し訳なく思っている。だがそれでも、この世界には希望ある未来が必要だと僕は思うんだ。そもそもが、生まれた命に等しく優しい自由な世界さえあれば、僕も君もあんな思いはしなくて済んだはず。僕はそれを正したい。ネオ・アヴァロンは、そのために生まれたものだから」


 彼が手を差し出した。


「一緒に行こう、ユージーン。似た痛みを知る僕たちなら、きっと分かり合える」

「……」


 悠仁の脳裏に、オロチの黒い装甲やルカの笑顔がちらつく。最後の最後まで人間の都合に左右され続けた、誰よりも悠仁を大切にしてくれた存在たち。


「……なぁ、ブラウン。確かにお前の言うこともわかるんだ。俺はオロチの息子で……ルカの相棒だから」


 ゆっくりと言葉を選びながら、悠仁は告げる。


「だけどそれでも……俺はお前たちのやり方で、そういう世界をつくれるとは……とても思えない」

「……なぜ?」


 ブライアンは心底不思議そうに、そう問い返してきた。


「……俺は何年も、戦争のための場所で生きて、そこでずっと見てきた。戦いは戦いを、争いは争いを呼ぶ。恨みには恨みが、怒りには怒りが、踏みにじる力にはさらに高圧的な力が……見てきた限り、引き合うものはその性質が同じものだった」

「……」

「お前たちネオ・アヴァロンは、力や情報、技術や恐怖……そういうもので何かを踏みつける形で戦って、要求を通そうとしているだろう? かつて自分がされたのと同じように、不条理に。……そんな顔するなよ。わかってんだろ? お前たちの活動に巻き込まれた人間にとっては、それだって不条理そのものだ。悲劇にいきどおり、それを抱えて自分の力を振りかざして戦って……結局また別の悲劇を引き起こしている」


 風に茶色の髪を揺らしている青年を、真っ直ぐに見つめる。見てくれはともかく、彼と悠仁はよく似ていると感覚的に感じていた。似た痛みとトラウマを抱えているらしいこともそうだが———他のことに目をやることで、本当に向き合うべきことから目を逸らしている、その精神的な弱さも含めて、だ。悠仁は先端技術犯罪対策局ACBの仕事やAI嫌いを自称して遠ざけることで逃げ、たぶん彼はネオ・アヴァロンの活動へと逃げたのだろう。


「お前が選んだことを、他人の俺がどうこう言うつもりはない。だが、世界を恨み怒りを原動力に、戦いを手段にするそのやり方で……真の平和と引き合うとは、俺には到底思えないんだ。……お前たちがつくろうとしているそれは……それは本当に、楽園アヴァロンか?」

「……それ、は」


 ブライアンは、咄嗟とっさに答えに詰まったようだった。テオドールはただ静かに、悠仁を見つめている。


「まぁ俺も、こんなことを偉そうに言えた義理じゃなくて、今はまだ物理的に戦う以外の手段をよく知らない」


 そう言いながら、悠仁は彼らにリボルバーの銃口を向けた。


「つまり、答えはノーだ。何度誘われてもノーだ!!」


 これまで抑えていた感情を、一気に爆発させる。


「相棒が死ぬ原因になったお前たちを、俺は絶対に許さん!! 万が一その主張が正しくて、お前たちがテロリストではなく未来の救世主なのだとしても!!」


 まるでその胸中を露わにしたような荒ぶる風の中で、悠仁は叫んだ。


「……なるほど。確かに怒りを源とするものには、怒りが返ってきたようだな。ライアン」


 そう微かな笑みを浮かべたテオドールを睨みつけて、ブライアンは答えた。


「そうか。君はいい仲間になってくれるのではないかと思っていた。残念だが、ここで別れるしかないようだね」


 さっきから、バババババババ……と空気をかき混ぜる回転翼ローターの独特の音が聞こえてきている。迎えのヘリコプターが近づいてきているのだろう。


「言っておくが、お前たちをこのまま行かせる気はないし、イレブンから奪い取った発生器も返してもらうぞ」


 ブライアンが持っている金属製のトランクを指して、悠仁は言い放つ。大きさ的に、恐らくあれで間違いないだろう。


「何か誤解しているようだけど……私は君も置いていく気はないよ? 仲間にはなれなくても、になってもらうことはできるからね」

「……テオ」


 交渉を突っぱねられたとはいえ、ブライアンはそれにはあまり乗り気ではないらしい。どこかとがめるような目で連れを見ている。


「我らがMxミクス.オーのご用命だから仕方ないさ。さぁ、じゃあ出立の準備をさせてもらおうかな、ユージーン」


 そう余裕の笑みを浮かべるテオドールを前に、悠仁は心の中で念じていた。


 ———頼む、オロチ。どうしてもなんだ。


 仮眠室でみた夢の中で、オロチは最後の最後に『……私は、お前がたくさん笑える未来に辿たどり着くことを……いつだって願っている』と囁き、ぎゅっと抱きしめてくれた。


 今となっては叶わないことだが、本当はルカが無事であるために使えればそれが一番よかっただろう。けれど少なくとも、テオドールたちが禁制品を持ち去ってさらに悲劇が増産された世界で、悠仁がたくさん笑えるとは思えなかった。ましてや望みもしない活動を、無理強いさせられるならなおのこと。


 悠仁は大きく息を吸い、指先を胸の真ん中あたりに押しつける。


「しかしこうなると、少しばかり弟が哀れになってくるな。せっかく自分自身と引き換えにしてまで、君を逃したというのに……結局同じことではね」

「同じじゃないさ」


 ババババババ、というブレードスラップ音がいよいよ大きくなっていたから、悠仁の返事が聞こえたかはわからない。


 次の瞬間、ブライアンとテオドールが立て続けに麻酔弾を撃った。だが、それが当たることはない。攻撃をわずかな動きでかわした悠仁は、突風と共に上空に現れた無人ヘリコプターに向かって右手を振りかぶり投擲とうてきする。尋常ではない力で投げられた回転翼ローターのヘッド部分に直撃し、それを破壊した。


「……ええ!?」


 ブライアンの困惑の声と共に、その鋼の巨体は空中でぐらりとかしぐ。そしてそのままなすすべなく、ヘリコプターは東京湾へと落ちていった。

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