十章 リ・プロトコル①

 心はどうにもならないが、身体の方を少しばかり休めた後、


「百瀬課長、二手に別れましょう」


 悠仁はそう提案した。


「別に、捨て鉢で言っているんじゃないですよ」


 明らかに顔をしかめた上司に、悠仁は苦笑して続ける。


「電磁パルス発生器は小型トランクくらいのサイズみたいですから、奴らがそれを持って新しい城とやらに向かう可能性は高いんじゃないかと思います。そして島自体は不可侵とは言え、近くに多くの局員が待機しているこの状況なら、俺なら遭遇しないように上から逃げます。あいつらは対電磁パルス用のヘリか小型飛行機かなにかを持っていて、脱出にそれを使うんじゃないかと」

「……確か、第一パビリオンの上にヘリポートがあったね」


 頷く悠仁。


「課長は引き続きコントロールルームを探してください。もし電磁パルス発生器がそこにあればその解除と、島を下ろすのをお願いします。俺は上に行って足止めして、発生器があればそれを奪い取るか、できるだけ奴らを逃さないように時間を稼ぎます」

「……ブライアン・ブラウンの戦力はよくわからないが、テオドールはさっき少し見ただけでも明らかに戦闘に対応できる個体だ。他の戦力がないにしても、二対一だよ。しかもここは彼らの陣地だ。許可はしかねるな」


 百瀬はそう首を振った。


「勝算ならあります。見た限り、奴らは俺を殺すつもりはなさそうです。少なくとも、今すぐには。となると、俺に対して全力は出せません……そして俺には、があります。たぶん、それが使えると思います」


 彼は厳しい眼差しで、悠仁を見据える。そうこうしているうちにも時間は刻一刻と進み、テオドールたちに逃げられる可能性が上がっていくことはわかっているだろう。百瀬はぐっと唇を引き絞ると、


「……仇を取ろうとするあまりに後を追うようなことになったり、連れ去られたりしたら許さないよ」


 そう告げる。


「いきなり二人も欠員が出たら、課の奴らが困るってことくらいはわかってますよ。俺が局に勤めて何年になると思ってるんですか」


 悠仁は苦笑してそう答えると、その場で百瀬と別れ、急ぎエレベーターへと向かった。



 *   *   *



 幸い、エレベーターの箱の中でレーザーに狙撃されるという事態にもならず、悠仁は無事に第一パビリオンの最上階へと辿り着いた。


 並んだ大窓から見える空がまぶしい広大な空間にも、物はほとんどなく妙にガランとしている。端の方に幾らか、電子機器の類が置かれているくらいだ。小箱のような大きさから、冷蔵庫くらいのサイズまで色々あったが、あまりそういった機器に詳しくない悠仁に用途はわからない。どうやらネオ・アヴァロンの連中は、これらの機材を島と共に放棄していくつもりらしかった。


 人の声がしたような気がして、悠仁は顔を上げる。どうやら奥の階段が、ヘリポートへと繋がっているらしい。悠仁は足音を潜めて、急ぎそこを上がっていった。


「やれやれ、これでやっと出発できる。まさかここまで邪魔されるとは思っていなかったよ。そう考えると、あのジョエルとかいうのは早めに潰しておいた方が……」


 聞こえてきたブライアン・ブラウンのぼやきを、ふいにテオドールが遮る。


「その話は後にしよう、ライアン。お客様がおいでだ」

「え?」

「いらっしゃい、ユージーン」


 気づかれているのであれば、奇襲の隙をうかがう意味はなかった。悠仁はリボルバーを手にまなじりを決すと、扉の脇から屋上へと踏み込む。


 風の吹きすさぶヘリポートで、二人と一人は再び向き合った。

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