九章 悪夢の再来②

「あ…あぁ……」

「駄目だ嘉口君! 見るんじゃない!」

「……あ、あ……ルカ、が……」

「走りなさい! とにかく走るんだ! 今は何も考えずに!」


 百瀬は呆然と呟く悠仁を全力で引きずって、通路を駆け戻っていた。


 走って、走って、分岐点でどちらに向かうか迷って一瞬力が緩んだ隙に、悠仁が手を振り払って引き返そうとする。


「嘉口君!!」


 百瀬は飛びついて止めた。体格に恵まれている悠仁の方が力が強いため、全体重をかけて必死でその場に押しとどめる。


「戻るのは駄目だ!!」

「離してください! コアさえ取り返せれば……!!」

「あの状態で核が無事だと思うのかい!?」

「っ……そうだとしてもあいつをこんなとこにおいていけない!!」


 泣きそうな顔で叫んだ悠仁を、次の瞬間百瀬が殴った。


「……っ」


 驚いて固まった悠仁が、百瀬を見つめる。十五年も彼の下で働いてきて、手を上げられたのは初めてだった。


逃したかった相棒が死んだりしたら!! 何よりも彼が浮かばれないだろうが!!」


 怒鳴った百瀬の目が濡れて揺らいでいるのを見た悠仁は、衝撃を受けているのが自分だけではないことにようやく気づく。


「……わかったね? 今はできるだけ距離をとって、できればバックヤードに入れるところを探そう」


 わずかばかりの冷静さが戻った悠仁に百瀬はそう言い聞かせ、二人は歯を食いしばって再び冷たい通路を走り始めた。



 *   *   *



 バックヤードに身を隠した二人は、とにかく一度休憩をとることにした。


 人っ子一人会わないとはいえ、さすがに堂々と椅子に座る気にはなれず、今は棚の物陰に並んで潜んでいる。


 百瀬は時折デバイスを確認していたが、相変わらず別働班からの返信はないようで険しい顔をしていた。テオドールが退場させたと言っていたのは、恐らく事実なのだろう。


「……」


 この先のことを考えなければならないのに、まるで考えることを拒否するように思考は霧散し続け、諦めた悠仁はほうけたまま百瀬の隣に座っていた。


「……約束、したくせに……」


 ぽつりと我知らず口からこぼれ落ちて、悠仁は顔をしかめた。


 わかっていた。あの特別なアンドロイドは、あまりにも特別であるが故に、人間に嘘がつけるのだ。


「……嘘つき野郎が……」


 爪がてのひらを食い破るほどに握りしめて、悠仁は膝に顔をうずめた。

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