八章 突入③

「いやぁ、百瀬課長だけじゃなく、塩対応どころかごりっごりの粗塩対応だった悠仁さんまで助けに来てくれるなんて、ルカちゃん感無量ですよ」

「お前……こんな時までふざけずにはいられないのか? え?」


 いつもの調子で話し始めたルカに、腹立たしいやら安心したやらで、悠仁は彼の頬を思い切りつねってやった。


「いひゃいれふ。……仕方ないじゃないですか。悠仁さん曰く、私はふざけずにはいられない呪いにかかっているみたいですし?」

「何にしても無事でよかった、ルカ君。助けてくれてありがとう」

「ご迷惑をおかけしまして。咄嗟に突き飛ばすしかなかったので……足とかひねってませんか?」


 百瀬は頷く。


「大丈夫だよ。……しかし自分達の陣地だっていうのに、容赦がないね」


 彼は危うく自分が巻き込まれるところだった、レーザーに焼かれた壁を見て苦笑する。


「たぶんなんですけど……彼らはもうこの人工島を放棄するつもりなんじゃないかと思います。とりあえず帰り道が危ないんで、エネルギーが充填される前にこれは壊しておきますね」


 ルカは一旦自分がやってきた通路に戻り、どこかから失敬してきたらしい巨大な金槌を持ってくると、思いきり振りかぶった。


「よいしょー!!」


 壁の内部の装置ごと破壊する腹積もりだったのだろう。彼は一瞬の躊躇ためらいもなく、特大の金槌をその照射口に力いっぱい叩きつけた。衝撃と共に壁は豪快に崩壊し、ガラガラと崩れて見るも無惨な有様になっている。それを目にした百瀬がぽつりと呟いた。


「……ルカ君って、見た感じはすごく妖精の国ここに合ってるというか、幻想的な雰囲気なのに、どうも時々ゴリラに見えるんだけど」

「……奇遇ですね。俺もそう思ってました」


 力づくの破壊活動を終えた妖精風ゴリラは、妙にすっきりした顔をして二人の方を振り返る。


「さ、これで安全は確保されました」



 *   *   *



 三人は一旦、情報を共有することにした。


「私はバカ兄から隠れつつ内部をずっとうろうろしていたんですけど、こっちの奥の方には第三パビリオンへの連絡通路がありました。ホテルとかお土産屋さんとか、散歩できる庭園とか、そういうのが集まっているところですね。後はそっちの道の先には、VRのアトラクションとかがいくつかありました。バックヤードにはそういう細々したものの制御室はあったんですが、見てきた限り島全体のコントロールルームに繋がるような場所はなかったです。ここでまだ未確認なのはそっちの二本の通路ですね。ちなみに悠仁さんたちが来たこの道……これが妖精王の城の玄関ホールに繋がってるんですね?」

「ああ、そうだ。玄関ホールにもいくつか入り口があった。城から出て森を抜けると大きな門があるんだが、それは三つ並んでて真ん中だけが開いてたんだ。そこから出ると、島全体のエントランスに出る。俺たちはそこから入ってきた」


 悠仁が説明すると、ルカは頷く。


「悠仁さんたちが来たからいくつか入り口を開けた、ってことですね。私が前にその道に行こうとした時は、行き止まりになってたんです。……ところでお二人は、ここまでなにで来ました?」

「ガスタービンのエンジンを使うジェットスーツだ。今、この島の周りには電磁パルスが発生していて、普通の電動式の装備じゃ来られなくなっている。お前が応援に行った、あのイレブンの新型発生器だ。来る時に使ったスーツは燃料的に片道切符だから、もう帰りは使えない」

「ああ……やっぱりそんなことになってるんですね」


 ある程度予測していたらしい彼は、眉をひそめた。


「……ここは本来、大量の客が行き来するんだろ? 普段はどうしてんだろうな」


 悠仁は首を傾げる。


「開園中は夢の橋っていうのが用意されて、地上と繋がる仕様なんです。つたを編んで作ったような見てくれの、大きな橋状の浮遊道ですね。でも今は陸地がかなり遠くなってて、しかも高度が上がってますから、仮にそれを起動できたところでたぶん距離が足りないと思います。電磁パルスが展開されているなら、そもそも使えないでしょうしね」


 ルカは微かにため息をついて続けた。


「脱出しようにもホバーバイクもフライボードも、足になりそうなものは何も見当たらなくて……それに、ずっとこの中をうろうろしているのに、人もテーマパーク用のアンドロイドとかも全然見当たらないんです。私が直接会ったのはバカ兄だけで、どうもブライアン・ブラウンはいるようなんですが……他は警備用の機体さえ数えるくらいしか見ていません。……恐らくバックヤードにあっただろう機材の類も、大半が運び出されているみたいで空っぽの部屋も多かったです」


 百瀬が顎を撫でながら頷く。


「なるほどね。彼らが元々この島を捨てるつもりだったなら、あの正体がバレることさえいとわない急襲も納得だな」


 ルカも頷き返しながら口を開いた。


「となると、我々が地上に戻るためにも、待機組に中に入ってきてもらうためにも、とにかく電磁パルス発生器を停止させるか、もしくは島を海の上に下ろす必要があるってことですね」

「そうなるね。その任務を担当している別働班がいて、私たちとは反対側から島に入っているはずなんだが……突入して以来、連絡が途絶えているんだ。少し前に君と合流できたことを送ったが、返信が来ない」


 デバイスを見つめながら、百瀬が呟く。


「とりあえず、メインコントロールルームと別働隊の皆さんを探しながら、そちらの道を行ってみますか。足がない状態でエントランスに戻ってもしょうがないですしね」


 三人は頷き合うと、警戒しながら再び通路を歩き始めた。先頭がルカ、二番手が悠仁、殿しんがりが百瀬の順だ。


 しばらく黙って歩き続けた後、悠仁は迷った末に口を開く。


「……おい、ルカ」

「はい?」


 実は再会して以来、悠仁はルカへの言いようのない違和感を感じていた。どこがどうというはっきりしたものではないのだが、〝なにかがいつもと違う〟というひどく感覚的なものだ。


「お前、兄貴に何かされたんじゃないだろうな」

「……え? いえ、話はしましたけど、特に何もされてないですよ? とりあえず、今はまだ」

「本当か?」

「ええ」

「……ならいいが、念のため戻ったらすぐに自分で整備するか、技術課で見てもらうようにしろよ」


 拳銃を握り直しながら、悠仁は言った。振り返ったルカは黙って悠仁を見つめ、それから頷く。


「そうします」


 石造りの通路をさらに進むと、また外としか思えない場所に出た。奥に大きな泉のようなものがあり、見たこともない色の蝶がひらひらと舞って、花が咲き乱れている。


「うわっ!?」


 警戒しながら横を見た瞬間に、思いきり目が合った悠仁はぎょっとして声を上げた。そこにいたのは、てのひら大の小さな生き物だ。ぱっと見は人間のようにも見えたが、背中に透明な羽が生えている。悠仁を見つめていたそれは小首を傾げると、すぃ、とどこかへと飛んでいった。


「ああ、妖精ですよ。ここは妖精の国のテーマパークですから」

「……よくできてんな」


 三人がその空間の中ほどまで入ったところで、突然、背後の通路との間に透明なシャッターのようなものがシュッと下りた。


 ———閉じ込められたか……


 三人は視線を交わしながら、警戒を強める。


 下草を踏む音が近づいてきて、泉の奥の木々の間から人影が現れた。


「ようやく見つけたよ、ルカ。やはり君相手にかくれんぼなどするものではないな」


 ルカとよく似た容貌をした男———ただしその目は紫色だ———が、そう微笑んだ。その後ろには付き従うようにブライアン・ブラウンが立っていて、悠仁に向かって軽く片手を上げる。


「初めまして、私はテオドール。弟が世話になっているね、ユージーン、それからミスター百瀬。何しろスタッフたちは既に地上に下ろしてしまっているから、出迎えが我々だけで申し訳ないのだけど……ようこそ、我らが楽園へ」

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