八章 突入②

 ヘリコプターが電磁パルス有効範囲のギリギリまで接近する。その中から飛び出した悠仁と百瀬は、エンジンを最大出力。一気に距離を詰めて浮遊島を目指していた。


 上空の大気は冷たく、その中を突っ切っていく悠仁の耳元ではヒョウヒョウと荒々しく風が叫んでいる。


 ———仕様書では砲台なんかないって話だったが、地下組織の隠れ蓑になっているようなもんに武器がないなんて考えられないしな……


 悠仁は警戒しながら浮遊島を鋭く見据えた。二人はエントランス側から、別働隊の三人は反対側から島に侵入することになっている。もし内部に入った後で相手方の目的と遭遇した場合は、即時に連絡して任務内容が逆になる。


 ———ほらな。やっぱりあるじゃないか……来るぞ。


 視界の端で、島の側面に砲門がいくつか開いていくのが見えた。


 ———一発。


 自分で思ったより下方にカーブを描いて飛行し、その後一気に上昇する。その後を追うように、二発、三発とレーザー砲が空振りする。


 ———四発。五発……六発七発八発。もうちょい……! もうちょいだ……!


 時に不意打ちのような動きを加えながら、迎撃システムを翻弄ほんろうし空を駆け抜けていった悠仁と百瀬は、無事に列柱が並ぶエントランスへと着陸した。


「いやぁ、これはすごいね。前使った自動制御のよりずっと自然で飛びやすかったよ。前のやつはねぇ、避けさせてはくれるんだけど、動きが荒くてむちうちとかになりそうだったんだ」

「本当助かりましたね。これがなかったら撃ち落とされてたかもしれません」


 二人はエントランスの柱の影で急ぎジェットスーツを脱ぎ捨てる。搭載できる燃料が片道分しかない上、腕やら腰やらにいくつもエンジンがくくりつけられたままでは身動きが取りにくいからだ。一足先に脱ぎ終えた百瀬が、デバイスを見て眉根を寄せた。


「あちらはエンジントラブルで一人離脱したらしい」

「急ごしらえでしたからね」


 靴を履き直した悠仁は百瀬に頷く。


「お待たせしました」

「よし、私たちも行こう」


 雄大な自然と荘厳な神殿が融合したような建物の内部へと、二人は踏み込んだ。



 *   *   *



 中に入ると、仰反のけぞるような大きなゲートが三つあり、そのうち真ん中のひとつだけが開いていた。


「……ここしか開いてませんね」


 念のため触ってみたが、シャッターが下りている他の二つは開きそうもない。


「何が待ち構えているかわからない。慎重に行くよ」

「はい」


 二人は拳銃を手に、門の先へと踏み込む。普段使用している多目的銃マルチガンは電子制御であるため、今回は実弾の入ったリボルバーが支給されていた。このずしりとした冷たい感覚は、久しぶりだ。


「……これ、は」

「……すごいですね」


 ふいに眼前に広がった光景に、百瀬も悠仁も絶句する。


「ただ遊びに来たのであれば、感心するだけで終われたんだけどね」


 ここは本当に室内なのかと疑いたくなるような森が、そこには広がっていた。匂いも風も、葉ずれの音も、空中を行き交う小さな羽虫のようなものも、何もかもがここは森の中なのだと語っている。


「あれが妖精王の城とかいうのですかね……?」


 木々などの植物と古い遺跡のような建材が混じり合う、独特な美しさのある大きな建造物が二人の視線の先にはあった。


「そのようだね」


 悠仁と百瀬は頷き合うと、再び進行を開始する。


 中に入ると、外観と似通った印象を受ける玄関ホールがあった。しつらえ自体は西洋の宮殿によくある左右に分岐する階段のそれだが、形作っているのは古びた石や木の根や蔦や草花などを模したもので、本物にしか見えない出来だ。


「……」


 警戒しながら視線を走らせると、上階と一階の壁面にそれぞれの通路に繋がると思われる入り口がいくつかあった。しかし奥がどうなっているのかまでは見通せず、一体どこに誘い込まれるのかはわからない。


 事前に確認した大まかな内部地図によれば、中央パビリオンはこの妖精王の城を中心に、様々な場所へと繋がっているらしい。ただ、見ることができたのはあくまでもテーマパークとしての地図だったため、バックヤードの位置や制御室がどこにあるかという情報は得られていなかった。


「こっちから行こうか」

「はい」


 選んだ入り口をしばらく進むうちに、石造りの通路に出る。ひんやりとした空気が肌をなぞり、靴音の反響が大きくなった。


「……なんか音がしません?」

「うん?……ああ、本当だ」


 二人が一度立ち止まって耳を澄ませると、低いヴィー……という音が微かにしていた。


 科学の賜物たまものでありながら科学のにおいが一切しないこの場所には、似つかわしくない何かの電子音だ。


 ———嫌な感じがする。


 悠仁は一層警戒を強めて、辺りを見回した。うなじがチリチリするような感覚。これには覚えがある。視覚や聴覚などの五感を超越して働く、第六感的な何か。戦場にいた時に時折感じた、あの感覚だ。


「ここも分岐か。しかも多いな」


 先をうかがおうとした百瀬が一歩踏み出した瞬間、嫌な感じが決定的に強くなった。


「っ課長!!」


 咄嗟とっさに手を伸ばしたが間に合わない。蔦植物に隠されていた小型の砲台は既に開ききり、百瀬はその射線上にいた。


「……っぐ……!」


 次の瞬間———重いものがぶつかる音、レーザーが石壁を焼く音、そして百瀬の鈍い呻きが重なる。


「……あ」


 百瀬は無事だった。直前に悠仁の脇にあった通路から飛び出してきた何かが、彼を突き倒して床を転がり、その死神の鎌から逃れさせたからだ。


 レーザーで焼かれた石壁が嫌な煙を上げる中、


「課長、大丈夫ですか?手とか足とか取れてません?」


 緊迫した空気に似つかわしくない、呑気のんきな声が廊下に響き渡った。


「ルカ!!」


 悠仁は思わず声を上げる。応えるように立ち上がったミルクティー色の髪の青年は、振り返るとにっと笑って敬礼した。


「朝倉ルカ、ただ今合流しました」

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