八章 突入①
偵察に出したドローンが全て墜落したことでわかったのだが、現在島の周囲には電磁パルスが発生していて、電子機器の類が正常に機能しなくなっている。当然、当初予定されていたホバーバイクや飛行系の機器で乗り込んで一斉突入するという作戦は、変更を余儀なくされた。
電磁パルスは人体にこそ直接の影響はないものの、電子機器を損傷させる。そして電子機器に影響が出るということは、通信や電力、上下水道や交通などのインフラ設備にも被害が出るということに他ならない。その影響力のあまりの大きさに現在は条約で使用を禁じられているものの一つだが、それを秘密裏に作って改良を重ねていたのが
不幸中の幸いで、今のところ湾近郊のインフラに影響は出ていない。しかし安全のため、水上バスやクルーズ船、そして辺り一帯の空域は一時的に侵入禁止になっている。
「……なんであの島は落ちないんだよ」
上空を見上げた悠仁は、思わずぼやいた。科学力をもって空に浮かべた島など、その電磁パルスの食い物になる最たるものではないかと思うのだが、何か対策でもしてあるのか、空中遊園地は腹立たしくなるほど悠然と浮かんだままだ。
「それが
悠仁と同じ黒いジェットスーツに身を包んで歩いてきた百瀬が、目を細めながらそう答えた。
「つまり、今は島の外側だけに展開してるってことですか」
「そのようだね」
高みから悠々と見下ろしてくる人工島を睨んで、悠仁は呟く。
「……なにを考えているんですかね、連中は」
奪い取ったばかりの電磁パルス発生器を起動しているということは、自分達が置かれている状況を理解しているということだろう。一度正体が割れてしまえば、もはやなにをしてもそれこそ時間稼ぎにしかならない。そのことを思うと、隠れ蓑がバレても構わない状態になったからこそ、彼らがあのような強硬手段を取ってきたのだとも考えられた。
「さてね。とりあえずわかるのは……ろくでもないことか、とてもろくでもないことかってことくらいじゃないかな」
百瀬が皮肉げに答えた。
今嘆いてもどうしようもないことだが、条約で禁止されているという背景も相まって、日本は電磁パルス対策はかなり後手に回っている。そのせいで、平素まず使用することのない対電磁パルス用のジェットスーツは用意が難しく、悠仁と百瀬が今着込んでいるのはガスタービンエンジンを使用するタイプのものだ。
そのアナログのジェットスーツも、急ぎ用意できたのは五人分だけ。そのため〝電磁パルス発生器の解除か破壊、もしくは島を降下させる班〟に三人、〝ルカの奪取班〟に二人、という小規模な先遣隊が編成された。悠仁と百瀬は、もちろんルカの奪取班である。
悠仁は両手両足と腰に装着したバンド型デバイスを確かめ、それから画面を投影した。隣では百瀬が同じように最終チェックをしている。今二人が装着しているデバイスは全て、突入部隊に貸与された貴重な対電磁パルス用のものだ。投影されているのは、身につけた全てのデバイスと連動しているAA・
川上飛鳥が開発したこのアプリケーションは、登録されている様々なもの———例えばバイクや車などの一般的なものから、フライボードやパラグライダー、ジェットスーツなどの少々特殊なものまで———の操作が最適化されるというものだ。あまり操作に慣れていないものでもスムーズに動かせたり、最適な動かしかたを体感として覚えられ、操作ミスによる事故を防げるという利点がある。普通に使う分であれば、普段左手に着けているデバイスひとつで大丈夫らしいが、今回のように危険を伴う場合は、両手両足と腰にデバイスをつけることでパフォーマンスの精度がぐっと上がるらしい。
「課長はこれまでジェットスーツを使ったことが?」
「昔、少しだけね。でもこういうレトロなやつじゃなくて、電動式の完全自動制御のものだったから、ちょっと心配だな。……君は? マゴニアにいた時に使ったりしたのかい?」
「まさか。こんなので優雅に上を飛んだりしたら、あっという間に蜂の巣ですよ。俺はさっき初めて飛んだんで、正直なところ川上さんと技術課の連中に期待するしかないですね」
今回は飛行中に浮遊島の迎撃システムから攻撃を受ける可能性もあるため、周囲一帯を高性能AIで監視し、そのデータと即時連動させて回避を試みる、ということになっているらしい。そのため、技術課の局員たちも目の下に隈を作って頑張ってくれているようだった。
「百瀬課長ー! 嘉口さーん!」
対策本部が置かれている建物から小林純が出てきて、こちらに手を振った。
「準備ができたみたいですね」
「よし、では行こうか」
「はい」
被り直したヘルメット越しに浮遊島を睨んでから、悠仁は百瀬の後を追った。
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