七章 兄弟喧嘩②

先端技術犯罪対策局ACBの局員募集のあの画像は、私への伝言だったんだろう? 助かったよ。幸いにもあれで、予定していた以上に急ぐ必要があることに気づいたからね」


 テオドールは、ジャムクッキーが並んだ皿をルカの方に押しやりながら続ける。


「ライアンがバイクの受け取りに行った時も、君が私がいるかどうかを確認しようとしていると気づいたから、ロックを解除して応えた。準備さえ整えば、君とは絶対に会いたかったからね」

「……なぜ、私と会う必要が?」

「ひどいなぁ。可愛い弟に会うのに理由がいるのかい?」


 彼はそう苦笑した。この流れで、兄弟だからなどという理由であるはずがない。ルカは警戒を強めながらテオドールを睨んだ。


「その可愛い弟とやらにすら、今までひと言だって連絡を寄越さなかったのに? 本当に可愛いと思ってます?」

「君も言うようになったね。まぁ今回は確かに、頼みたいことがあったからなんだけど……」

「さぞや兄弟愛に溢れた頼み事なんでしょうね?」


 むっつりと嫌味を返せば、彼はいつも通りの微笑みを浮かべて言った。


「すまないんだが、君がドクターからもらった贈物ギフトを、私に譲ってくれないか? そろそろ余生に入るのだから、その能力はもう手放しても構わないだろう?」

「……予想はしてましたけど、本当にろくでもないお願いでしたね。あなたがネオ・アヴァロンに、自発的に私の極秘情報を流していたということですか。とんだお兄様ですよ」

「もちろん私だって、いくら自由な余生の最中とはいえ、大事な弟をどうこうするのは忍びないさ。だから君のコアは大切に保護して、タワーに送ると約束する。我々に甘いドクターなら、きっとすぐにリタイア後を楽しめる新しい身体をつくってくれるさ」


 橙色の目と、紫の目が交錯する。


「……私がうんと言わなかったら、どうするつもりです?」

「ルカ、残念だけど、今準備しているその武器はここでは使えないよ。色々と制限がかかる場所だからね」


 テオドールはそう言うと、おかしくてたまらないというように笑い出した。


「人もアンドロイドも変わるものだな。役目の先に意味を見出していなかった君も、宗旨替えをしたのだね? しかしどうしようかな。ここで暴れたりしてめちゃくちゃにしたら、庭を気に入っているライアンが怒りそうだ」


 ルカはこっそり準備していた攻撃が確かに起動しないことを確認して、内心舌打ちしながら口を開く。


「そういえば、あのブライアン・ブラウンはなんで悠仁さんに対してあんなに親しげなんですか? 私が教えるまで、悠仁さんは彼のことなんて全然知らなかったみたいですけど」

「うん? ああライアンはね、ユージーンと似たような経歴もあるし歳も近いしで、たぶん親近感を抱いたのだろう。人間がオロチにした仕打ちに、それはもういきどおっていたからな。ただ、ライアンは仲良くしたいようだが、ユージーンの方は傷の舐め合いはあまり趣味ではないようだね」


 テオドールはそう肩をすくめた。


「……人間がオロチにした仕打ち? 停止した後に、装甲を引き剥がして盾にしたってやつですか?」

「いや。それもあるが、もっと酷いことさ。これはごく一部の人間しか知らないことだが、オロチが我々と同じ、感情を持つ人工知能だったということだよ」


一瞬、場が静まり返る。


「……彼は兵器だったのでは?」

「いいや、オロチは今で言う感情付属人工知能E−AIの先駆けだった。秘匿されてはいたけどね。君は知らないだろうが、我々エイビスシリーズも彼から多大な恩恵を受けて誕生したのだよ」


 思わぬ事実に、ルカは戸惑って呟く。


「なぜ、そんな個体を戦場に……?」

「とある計画のためだよ。殺戮兵器オロチとして戦場に投入され、結局破壊された気の毒な我々の先輩は……人間の都合で感情を備えつけたにも関わらずそれは無視され、初めから終わりまでいいように使われて終わったのだ。……彼に救われたユージーンは、果たしてそれをどう思っただろうね?」


 テオドールが淡々と告げたことに、ルカは内心で歯噛みしそうになっていた。悠仁はあの時多くを語らなかったが、もしもその構成員とやらがテオドールであったなら、きっと全てを知っていたのだろう。


「……そんな残酷な事実を……あなたは聞かせに行ったんですね? 悠仁さんに」


 吐き捨てるように呟いて、ルカはテオドールを睨みつけた。

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