六章 強奪④

 悠仁が二課に戻って一時間ほど経った頃、緊急会議の知らせが入った。局長以下、司令部の何名かと、各課の課長、それから特務捜査官が会議室に招集されている。部屋の中を見る限りあらかた揃っているようだが、出張中の副局長と、三課と四課の課長、それから滝見たきみ優里亜ゆりあ特務捜査官の姿が見当たらなかった。


 司令部の諸富もろとみ遥香はるかが口火を切り、会議が始まる。


「三課と四課の合同任務で起こったことについての情報共有を行います。本日、イレブンが制作した禁制品を押収予定でしたが、作戦は失敗。押収予定品は別の組織に奪取されました」


 部屋の中がわずかにざわめいた。緊急の招集であれば、良い知らせではなさそうだと誰もが踏んでいただろうが、それが別組織による横槍というのは想定外だ。


「奪取したのは、ネオ・アヴァロンです」


 ざわめきが一時的に大きくなった。とはいえ、この場にいるのは仮にもそれぞれの課のまとめ役たちだ。すぐに静寂は戻る。


「偽装された押収予定品は二番の予想ルートで運ばれ、待ち構えていた局員たちが予定通り移送トラックを止めました。そこに三十名以上のネオ・アヴァロン構成員が急襲し、押収予定品を強奪ごうだつ。現場は乱戦となりました」

「……ネオ・アヴァロンの連中が日本に入り込んでいたのは、イレブンの禁制品が狙いだったのか」


 五課の課長が眉根を寄せて呟き、諸富は頷いた。


「恐らく。それを手に入れるために嗅ぎ回るついでに、日本の優秀な者たちを勧誘して回っていたというところでしょう」


 イレブンというのは違法品の製造を生業とする組織で、特にテクノロジー機器の開発を得意としていた。その品質の高さは裏世界では定評があるらしい。


 彼らは慎重で長年なかなか尻尾を掴ませなかったが、その日本支部がとある企業を隠れ蓑にする形で存在していることが発覚し、捜査官が潜入に成功。摘発するための証拠集めに奔走するうちに、気になる情報を手に入れたのだという。それが今回の禁制品だった。


「しかし奴ら、どこから嗅ぎつけてきたのやら……こっちが散々苦労して捕捉したものを、あっさり持っていきやがって」


 六課の課長がそうぼやく。


「ネオ・アヴァロンの協力者は世界中にいるといいますからね。それこそ、どこからでも、なのかもしれません」


 諸富は淡々と答えた。


 ネオ・アヴァロンはどこからか情報を聞きつけて早々にやって来たが、肝心の禁制品はまだ完成していなかったに違いない。そのため、彼らは地下組織らしく身を潜めながら活動し———約一名そうでもないのもいたが———狙いのものが完成し運び出されたこのタイミングで、一気に表立って動き始めたということだろう。


「二番の予測ルートに配属されていた局員十名のうち、死亡が一名、重傷者が四名、軽傷者が三名。近くの三番の予測ルートから応援に駆けつけた八名は、重傷者が二名、軽傷者が二名です。……現在確認できている限り、ネオ・アヴァロンは押収予定だった禁制品とイレブンの技術者を二名、それから当局所属のアンドロイド一体を強奪しています」

「……滝見のペロか?」


 一課の課長、山吹が呟く。該当する課に所属している特務捜査官は、滝見優里亜一人だけだからだ。


 ———だけど滝見のは高等人工知能AIを犬型ボディに搭載したものだし……何かにつけてきっちりしている諸富さんが、アンドロイドと呼ぶか……?


 違和感を感じた瞬間、


「……いえ」


 普段は冷徹そのものの彼女の視線が、形容し難いなにかを含んで一瞬こちらを向いた。悠仁の全身を嫌な予感が貫く。


「強奪されたアンドロイドは嘉口特務捜査官の副官、ルカさんです」



 * * *



 諸富の説明によると、たまたま予想ルート近くのカフェにいたルカに通信員が応援を頼み、彼は急ぎ駆けつけたらしい。


「ルカさんは執拗な攻撃を受けていた局員たちを守り、逆に何人か構成員を拘束したそうです。ただ、途中でネオ・アヴァロンが現場に持ち込んでいた小型のコンテナに閉じ込められて、そのまま連れ去られてしまったと。何か特殊なコンテナだったようで、それ以来彼の位置が捕捉できなくなっています」

「……もともとルカ君を捕まえるつもりで、コンテナが持ち込まれていたということか?」


 百瀬が険しい顔で口を挟む。


「現時点では不明です。ただ、目撃した局員によると、ルカさんはコンテナに向かって『テオ?』と呼びかけて自分から中に入り、その直後にコンテナが自動で閉まって何重ものロックがかかってしまったと」


 急に全ての音が遠くなった気がした。まるで血管の中に氷を流されたように、身体中が冷えていく。


「押収予定だった該当のシステム機器には、協力者が万が一の時のために特殊な隠匿GPSを仕込んでいました。先方に気づかれることを極力避けるため、運搬容器から出された後、二十四時間固定状態で経過した際に一度だけ、場所を発信する仕組みになっています。それを待って所在を突き止め……」


 我に返った悠仁は声を上げた。


「固定後に二十四時間もだなんて、そんな悠長に待てません!!」

「落ち着きなさい、嘉口君。気持ちはわかるが」

「そんなにちんたらしてたら、あいつのコアが破棄されて手遅れになる!!」


 焦燥感に駆られた悠仁が叫ぶと、しん、と会議室内が静まり返る。


「……どういうことだい、嘉口君」


 さらに顔を険しくした百瀬に詰め寄られ、悠仁はこれまで情報を上げることを躊躇ためらっていたことを伝えた。ルカが兄のテオドールを探しに日本に来たこと、悠仁が彼と離れていた時に偶然テオドールとその連れに遭遇して話を盗み聞いたこと、ルカの予測とは違いテオドールはどうやら無理矢理ではなく自分の意思でネオ・アヴァロンに属しているらしいこと、そしてルカのコアを廃棄するつもりらしいこと———彼らがドクター・エイビスの手によるものだということと、オロチに関わることだけは伏せて———黙っていたことを全て話した。


「なぜそんな大事なことを、あらかじめ百瀬に伝えておかなかったんだ? 嘉口特務捜査官」


 特務捜査官としても大ベテランである山吹が、鋭い目で悠仁を見据えている。


「……それは」


 言葉に詰まった悠仁に代わり、答えたのは百瀬自身だ。


「言えば、私が容赦なくルカ君に伝えてしまうと思ったからだろう。そしてその推測は正しい。こういう時のために、私は必要な情報を伏せることは極力しない。たとえそれで、誰かが傷つくのだとしても」

「……申し訳ありません」


 百瀬の言う通りだった。あのような遠回りな警告ではなく、はっきりと事実を告げていれば、ルカは兄の声がしたところで近づかないか、もっと警戒してさらわれることは回避できたかもしれない。結局、尻込みしたのはあの場で彼に悲しい顔をさせたくなかった、悠仁の都合だった。


「とにかく、起こってしまったことはもう仕方がない。場所がわかり次第、ルカ君の救助と、禁制品を取り返す二手から……」

「ちょっと待て、百瀬。三課と四課に大きな損害が出ているこの状況下で、アンドロイドの捜索にまで人員を割くことは賢明とは思えない。ましてや、既にコアが廃棄されているかもしれない状況なら、なおのことだ。そもそもの命の優先度の違いは無視できることではない」

「……っ……」


 悠仁が睨んでも、山吹はまったく揺らがなかった。まるで鋼鉄製の仁王像に視線をぶつけているかのようで、なんの手応えもない。


「そのことについて、ひとついいかね?」


 これまで奥の席で黙ってやり取りを聞いていた笹尾局長が、ふいに口を開いた。


「まず、局としてはルカの救助は行う方針で考えている。なぜなら彼は買い上げや提供による局の所有物ではなく、とある筋から借り受けた非常に貴重なアンドロイドだからだ。当然、返却義務があるのだよ」


 決して大きいわけではないのに、不思議と誰もが静かに耳を傾ける声だ。


「そしてもうひとつ。貴重な個体であるがゆえに、ネオ・アヴァロンは彼のボディに特別な用途を見出していると思われる。彼らにみすみす渡せば、どのような悲劇に繋がるかは説明するまでもないだろう? 我々にはそれを食い止める義務がある」


 彼はそう言うと、悠仁に視線を向けた。


「今、道路の監視カメラや目撃情報からも追わせているが、どうやらネオ・アヴァロンがあらかじめ手を回していたらしく、記録に虚偽の映像が混じっているようだ。その選別にもしばらく時間がかかるだろう。彼らがどこにいるのかわからない状態で闇雲に動いたところで、時間やエネルギーを無駄に消耗するだけというのはわかるね? いざという時のために力は温存し、今は突入の準備を万全にして待っていなさい。救出メンバーについては二課から出すつもりだ。当然、君も含まれている」


 悠仁が勝手に動きかねないことを理解した上での牽制だろう。


「彼を本当に救い出したいのであれば、今できる最上のことをしなさい。嘉口特務捜査官」

「……わかりました」


 それをもって、会議は一旦お開きになった。また追って連絡がくるらしい。


「行くよ、嘉口君」

「……はい」


 百瀬に続いて部屋を出ようとした悠仁の背中に、山吹の低い声がぶつかった。


「少し、に肩入れしすぎなのではないか?」


 振り返った先には、感情の感じられない鋼のような目がある。


「君がイハラを技術課に移譲したときにも思ったのだが……使うべきものを使うことを躊躇ためらっていては、特務捜査官は務まらん。ましてや、人間の視点による必要以上の擬人化や感情移入は、幻影を見せ判断を鈍らせるものだ」


 悠仁が答える前に、百瀬が鋭く返した。


「山吹、今はその話はいい」

「だが百瀬」

「嘉口君にとって彼らの存在が非常に大きいのは事実だ。特務捜査官としては、今回は対応を誤ったということも。だが山吹、君はまだ一度もルカ君と言葉を交わしていないだろう。会えば、今私が止めた理由がわかる」

「……ふむ?」


 山吹は微かに首を傾げて言う。


「では無事に奪還が叶ったなら、そのルカとやらに会いに行くことにしよう」


 その言葉を最後に、悠仁たちは場を後にした。



 * * *



 二課に戻った悠仁は内心じりじりしながら、武器や道具の整備などの今できる突入準備を進めていく。まんじりともしないまま夜は明けて、仮眠を取るよう促されても従わなかった結果、小林や鈴木たちと一緒に強制的に仮眠室に閉じ込められる羽目になった。


 仕方なく横になった悠仁だったが、疲れているはずなのに目は冴えて一向に眠れず、ベッドの上で何度も何度も体勢を変え———……


 —————————……

 ——————……

 ———……


「ジーン」


 オロチが悠仁の目の前に屈み込む。

 伸ばされた手が、優しく頭を撫でた。

 黒い手は下へと移動し、その指先が悠仁の胸の真ん中あたりで何かの模様を描くように動く。触れられたそこがふいに強い熱を帯び、オロチがそっと耳元で囁いた。


「これは、お前ののために使いなさい」


 悠仁がハッと目を覚ますと、仮眠室のブラインドの隙間からわずかに夕日がのぞいている。


 三人がもそもそと起き出して少しした頃、隠匿GPSの発信を受信したという情報が二課にもたらされた。場所は——————東京湾上空。


 それは、世界的な人気を誇る空中遊園地〝ティル・ナ・ノーグ〟が、ネオ・アヴァロンの隠れ蓑のひとつであることを示していた。

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