五章 ユージーン⑤


 *   *   *



 あの日の空は曇っていた。


「ジーン」


 振り向いたオロチが悠仁を呼んで、すぐ目の前に屈み込む。


「……嫌だ……行かないで……!」


 伸ばされたその黒い手が、名残惜しそうに優しく頭を撫でた。


「嫌だ……嫌だ! オロチが行くなら俺も一緒に行く……!! 置いていかないで!!」


 渾身の力で叫んでも、オロチは静かに首を振るばかり。


 ああ、まただ。

 このところやけにこの夢を見る。

 夢の中で夢だと気づくほどに、何度も、何度も。


 悠仁の頭から離れた黒い手が、胸の真ん中あたりに移動して再び触れる。普段は冷たいばかりだった夢がふいに強い熱を帯び、オロチが耳元で何かをそっと囁いた。



 *   *   *



「……」


 悠仁がハッと目を覚ますと、布団の中が妙に温かかった。しかも、身体のすぐ横に何か大きな塊がある。


「……なに勝手に人のベッドに入ってんだ、お前」


 引っ張り出してみれば、いつだったかルカに押し付けた子守りロボットのハグロビィだった。青いアイライトがパチパチと瞬きすると、


『だいじょうぶ。あたたかいところにこわいユメはこれないよ。ボクといっしょにぬくぬくしていようね』


 と、幼い子どもをなだめるような柔らかい音声で言われ、その上に頭を撫でられた。


「……俺はお前が面倒を見るような、小さな子どもじゃないだろうが」

『たいしたちがいはないよ。いちねんもののこどもか、さんじゅうねんもののこどもかってことくらいだもの。ちょっとからだのおおきさがおおきいくらいのちがいだね。さ、もうおやすみ。こわいユメはさむいところにくるから、ぬくぬくモードのボクにくっついてねむるといいよ』


 ハグロビィはそう言うと、勝手に動いて掛け布団の中へともぐっていく。


「……」


 悠仁はため息をついて、寝る体勢に戻った。恐らくだが、悠仁がうなされていることに気づいたルカが、ハグロビィをヒートモードかなにかで起動してベッドの中に突っ込んでいったのだろう。


 ———まぁ、湯たんぽ代わりにはなるか……


 悪夢のせいか、身体がすっかり冷えているのは事実だった。


 ———そう言えばずっと忘れてたが、別れ際のあの時に触れたオロチの手は、服越しでもずいぶんと温かかったな……


 普段は見た目通り、いたって金属的なひんやりとした感触だったのだが。


 温もりに絡めとられてうとうとしながら、悠仁はぼんやりとオロチとのことを思い出す。


 ———俺の頭を撫でる時は、指の関節部に髪を巻き込まないように、いつもまっすぐ伸ばしてたっけ……前に一度挟んでひっこ抜いたもんだから……俺はそんなこと気にしてなかったのに、その後全然撫でてくれなくなって……直談判してあの方法を二人で編み出したんだった……ああそうだ……確かに、そうだったな……


 温かい闇に包み込まれた悠仁は、やがて夢も見ない深い眠りへと落ちていった。

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