五章 ユージーン②

 しん、としばらく沈黙が続いた。

  

「人に寄り添えるよう感情をもたせたものに……人を殺させたの?」

「愛することを知るものに……誰かを踏みにじれと命令したの?」

  

 愕然としたような少女たちの声が、悠仁の頭の中で何度もこだまする。

  

「そうだ。私はさっき彼のことを感情付属人工知能Emotional−AIと言ったが、正確にはオロチはその黎明期れいめいきの個体になる。二十年前の技術だから、現在の私のようなアンドロイドとは多少異なっている部分もあるとは思うが」

「……それでも、心があるという事実は消えないわ」

「そうよね、ミリー。そんなのあんまりじゃない」


 記憶の中から黒い手が伸びてきて、優しく悠仁の頭に触れる感覚が蘇る。


 ———感情付属人工知能E−AIだったのか……


 悠仁は盗み聞いた真実に衝撃を受けてはいたが、疑うよりも圧倒的に腑に落ちていた。


 ずっと不思議に思っていたのだ。人々の言う殺戮兵器と、自分の知るオロチにズレがあったから。確かに淡々としていたし、必要がある時以外は言葉を発しなかったし、合理的で無駄の削ぎ落とされた動きをしていた。


 けれど、二人きりの時はそれだけではないなにかがあった。少なくとも、悠仁はそう感じていたのだ。


 ———だけど、それならどうして、オロチはあんなところに配属されていたんだ……?


 悠仁は内心で首を傾げる。彼が感情付属人工知能E−AIならば、二人が出会ったあの場所は明らかに不適材不適所だった。当時最先端だったはずの個体を、そんなところに送り出したのはなぜなのか。


「一部の人間に言わせれば、私や同胞たちのもつは、作り物でまがい物らしいが……仮にも心ある存在に殺戮を行わせたのだ。オロチに救われた彼がそれを知ったら、どう思うだろうな」


 ため息と共に話を締めくくったテオに、少女の片方が———どうやら双子なのか声もそっくりなため、どちらかはわからない———明るく言った。


「それならやっぱり、私たちの家族になってもらうのが一番いいですね! そうしたら兄弟も姉妹もたくさんできて、寂しくなくなるもの」

「そうよね。それにテオ兄様の弟さんも入ってくれれば、お友達とも一緒にいられてきっとさらに楽しくなるわ!」

「いいわね、それって最高じゃない!」

「でしょう?」

「あの子は入れないよ」


 はしゃぐ少女たちとは対照的に、テオは静かにそう告げた。


「……え?」

「どうしてですか? だって……今、日本に来ているのでしょう?」


 少女たちの声は戸惑ったように尋ねる。


「弟から譲り受けたいのは、そのボディに搭載されている特別な機能だけだ。確保でき次第、コアは廃棄する」


 悠仁は手にしていたカップを危うく落としそうになった。


 ———どういうことだ……!?


 一方の少女たちは一瞬の間の後、


「「ひどい!! テオ兄様!!」」


 と抗議の声を上げている。


「なんでそんなことを言うんですか!」

「実の弟なんでしょう!? そんなのあんまりですよ!」

「兄弟姉妹は末永く仲良く、です! ねぇ、ミラ」

「そうよね、ミリー」


 彼女たちの猛抗議に、微かに苦笑を滲ませた声でテオは答えた。


「君たちほど近い距離感ではないが、それでも我々は曲がりなりにも何年も兄弟として過ごしてきたのでね。あれは味方にはならんだろう。ドクター・エイビスからもらった身体を勝手にされることを、許すとも思えないしな。核を廃棄して完全に消さない限り、何度だって取り返しに来るだろうからね」


 少女は食い下がる。


「でも、ドクター・エイビスは言ったんでしょう? お手伝いが終わった後は、みんな自由に、思うように生きていいんだって。だったら、うちに来てくれる可能性だってあるじゃないですか」

「そうよね。もしそうなったら、うちのドクターも喜びますね」

「エイビスがお二人もいてくれるなんてことになったら、喜びのあまり鼻血吹いちゃうかも」


 テオは二人をなだめるように言葉を重ねた。


「残念だけどね。あの子は私がここにいる理由さえ、おそらく理解できないだろう。まだ私がバベルタワーにいた頃に余生の話をしたら、『目的を持って生み出されたものから目的を取ったら、何か残ると思っているんですかね?』なんて首を傾げていたからね」

「あら、自由を持て余してきるのね」

「自由って言葉にすると簡単なのに、一筋縄ではいかないものだものね」

「でもそれならなおのこと、目的をあげればいいじゃないですか」

「そうよ。私たちの目的を共有すればいいわ」


 少女たちは粘ったが、テオはとりつく島もない。


「駄目だよ、二人とも。ルカを引き入れようとすれば、恐らくタワーを経由して情報が流れてしまう。我々と彼らは相入れない。諦めなさい。……さ、そろそろ行こうか。ニックが着いたみたいだよ」

「「……はぁい、テオ兄様」」


 不満そうな返事と共に、三人の靴音が遠ざかっていく。


 耳にしたことに衝撃を受けていた悠仁は我に返って慌てて後を追ったが、既に彼らの姿はなく、黒い流線形の車が店の前から走り去っていくところだった。

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