四章 ジョエルの福音④
救助信号が発されたのは、ショッピングモール前にあるちょっとした広場のような場所だった。
遠目にそこが見えてくるや否や、ルカは望遠機能を起動して一足先に状況を確認する。
「川上さんと一緒に誰かいますね! 一課の人じゃないですが!」
対峙しているその人間の顔を捉えた瞬間、ルカの内部モニターで照合合致反応が展開し警告音が鳴る。
「悠仁さん! あの赤いドレスの人、ネオ・アヴァロンの人です……!」
「なに!? あのど派手な奴か!?」
「ピエロ・クイーンって呼ばれてる人です!」
悠仁が困惑するのも無理はない。川上飛鳥たちと相対してるのは、いわゆるドラァグクイーン的な雰囲気をした、かなり派手な格好の長身の男だった。地下組織に属している割に、身を潜める気がまるでなさそうな装いだ。いや、逆にあのピエロの雰囲気に寄せた濃いメイクや派手なドレスをはずせば、至って普通の人として紛れ込むことができることを狙っているのかもしれない。
事前の取り決め通り、悠仁は川上飛鳥の保護に走り、ルカは
ピエロ・クイーンは駆け込んできたルカと悠仁の方をちらりと見て、目を細める。
「あらやぁね。あなたたちが邪魔するから、姫の
走り寄ってきた悠仁に、初老の男はほっとしたような表情を浮かべて口を開く。
「来てくれてよかった。
「いや、あんたたちも」
「我々は彼、いや彼女か……とにかくその人に用がありますので」
彼はそう告げると、真っ直ぐにピエロ・クイーンを見据えた。そう言われても、一般人を三人も危険人物の前に残していくわけにもいかず、悠仁は川上飛鳥と共にじりじり後ろに下がりつつも離脱しかねている。
「あら、姫のお犬様が来たのに
「その通りだ。私と一緒に来てもらいたい」
真っ赤なルージュをひいた唇が吊り上がった。
「あなた達の
「話をするだけでも、『ぜひに』とのことだ」
初老の男が一歩踏み出す。
「多少強引な手を使っても、という目ね。そういうのも嫌いじゃないけれど……まぁ姫の危機とか諸々を嗅ぎつけたことについては、褒めるに値するわ。少なくとも、本職の人たちより早く嗅ぎつけたんだから。でも、本気であたくしを連れていけるつもりなの? あなたたちは
ピエロ・クイーンはそう小首を
「奉納者と呼んでほしいところだな」
「どんな呼び方をしたところで同じよ。あなたたち自身に力がついたわけではないという、その事実は変わらない。色んなところでしゃしゃり出てるみたいだけど、命が惜しいなら相応と不相応の境目を勘違いしない方がいいんじゃないかしら?」
「確かに君の言う通り、我々はただの人に過ぎない。だがそれでも、存在している以上できることはあると思っている」
両者一歩も譲らぬ視線が交錯する。
「……そういう気概がある人間は、好きよ。いいわ。一緒には行かないけど、ひとつだけ答えてあげる」
「……このところ立て続いている、生体干渉アプリの騒動の大元の原因は君たちだろう。一体なにをしようとしている?」
「あら、そんな昔のお話でいいの?」
そうピエロ・クイーンは笑った。
「もう何年か前の話よ、それをしたのはね。そうねぇ、たとえるならあたくしたちのしたことは、正体のわからない種をまいたようなものかしら。種をまいた理由は簡単、花がほしいからよ。あたくしたちの目的のためにね。ただし、なにしろ正体不明の種だから何が芽吹いて育ってくるかは、こちらにもわからない。雑草かもしれないし、綺麗な花かもしれないし、毒性植物かもしれない。だからこそ、面白いのだけどね」
謎かけのようなその答えに、初老の男はわずかに顔を険しくする。
「それを無責任だとは思わないのかね? 現に英雄ゲートは明らかに大きく逸脱して、暴走しているようだが」
「ちゃんと選別しろと言いたいの? でも、この星は区別しないじゃない。たとえば水は、芽吹いた全ての存在に与えられるでしょう? 循環性のものだから地域差はあるでしょうけど、悪だから引っ込められたりとか、善だから多く与えられるとかそういうことではないわよね? 植物でも動物でもなんでもね。だからあたくし、最初から可能性を選り好むことはしないことにしているの。とりあえずまいてみる。水をやってみる。後はなるようになるでしょう」
「……君は神か星でも気取るつもりなのか」
ピエロ・クイーンは笑い出した。
「まさか。あたくしは豊かで大いなるこの星にあこがれる、ただのちっぽけな人間よ。もうひとつ付け加えるなら、この世界この時代の価値観では、悪人と呼ばれる側であるのはちゃんと理解してるの。だからそれらしくすることも
次の瞬間、ふいに腕を
「「
血相を変えた連れの二人が駆け寄っていく。
「あたくしを相手にするには、ちょっと強度が足りなかったわね? 取れちゃったわ」
この怪力からして、ピエロ・クイーン自身も
———あの三人は、ジョエルの福音の人?
「あこがれて、あこがれて、でもとてもじゃないけど大きすぎて、自分の
どこかショーを思わせる
「たとえばそこのあなた。そうよ、特務捜査官の嘉口さん。あなた特別なものをもっているんですってね? 羨ましいわ」
一瞬、エイビスのネオアンドロイドであるルカが相棒になっているからかと思ったが———これを悠仁に知られたら、自意識が過剰すぎると言われそうだ———彼自身から視線を外さないところをみると、そういうわけではなさそうだ。
「……特別なもの、だと?」
「あら、とぼけちゃって。……それとも、本当にわかっていないのかしら?」
悠仁自身にも心当たりはないらしく、当惑した顔をしている。
「最近うちの上の方々は、あなたのことばかりよ。妬けちゃうわぁ」
———語っている今のうちに、悠仁さんにはなんとか川上さんを連れて逃げてもらわないと……
「それでね? 器の小さなあたくしは、
にこりと笑った彼は、ふいに川上飛鳥に向かって何かを軽く投げた。
———
悠仁が
「悠仁さん!!」
パァーーーーーン!!
耳が痛くなるような破裂音が、空気をつん裂いた。
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