四章 ジョエルの福音③
「まだまだ元気そうだな」
「背はだいぶちびたがね。他はいたって健康さ」
立ち話もなんだから一緒に食事でもということになり、悠仁たちはラーメン屋に来ていた。メレディがいるならもう少し落ち着いて食べられるところにした方がいいだろうかと、ルカは変更を考えていたようだが、当の本人の〝がっつり旨い感じのものがいい〟という要望により、三人は今カウンター席に並んで座っている。
「おまちどうさま! 盛り盛りチャーシュー麺、醤油ラーメンと半
「おお、こりゃ旨そうだ」
「いただきまーす」
ルカは言うまでもないが、メレディまで器用に箸を使い豪快に麺を
「そりゃパスタでこれをやったら
分厚いチャーシューを頬張り満足そうな声をあげるメレディに、大将らしき壮年の男が声をかける。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。ばあちゃん、卵は好きかい?」
「うん? 卵はあたしの大好物さ」
「じゃ、うちの自慢の味玉サービスするぜ!」
彼はカウンターの向こうから、メレディの
「おお、こりゃありがたいね! んん〜! なんって美味しいんだい!」
いい色に染まった半熟卵に舌鼓を打ってから、彼女は悠仁越しにルカに話しかける。
「ありがとね、ルカ。昔から食にそっけないジーンだから、旨いものの情報なんて望めないってはなから諦めてたんだけど、あんたのおかげでいい店を知れたよ」
「気に入ってもらえたならよかったです。……あの、悠仁さんってやっぱり昔から食べ物に興味がなかったんですか?」
「ああ、そうだね。まぁ環境上やむをないところはあったと思うが……この子がまだチビの頃に『なにか甘いものでも
「メレディ」
それ以上は話すなと、悠仁は眼光鋭く彼女を見下ろす。
「おお、怖い怖い。平和な日本に
彼女はちっとも怖くなさそうに軽く笑って、続けた。
「マゴニア島は、相変わらずだよ」
「……そうか。……いいんだか悪いんだか、よくわからんが」
「そうさな」
それからひとしきり、麺を
「でも少し安心したよ。あのジーン坊やに、一緒に食事に行くような友達ができているとは思わなかった。ちょっと危ういところがある子だけど、これからもよろしく頼むよ、ルカ」
「はい、もちろんです。お友達ですから」
「おい、しれっと嘘をつくな。俺とお前の関係は、間違ってもお友達じゃないだろうが。メレディ、こいつとは仕事の関係でやむを得ず一緒にいるだけだ」
「一緒に住んでいて、ご飯も一緒に食べて、その上名前で呼び合う仲なんですから、もうそれでよくないですか?」
「良いわけないだろ!? 大体お前が強情で、名前で呼ばなきゃ返事をしなかったんだろうが!」
「強情? それ悠仁さんにだけは言われたくないですねぇ。私は身内では柔軟性といえばルカと言われるくらい、柔軟さに定評が……」
「嘘つけ!」
そのやりとりを見ていたメレディが、ふいに笑いだす。
「なんだい、仲良しじゃないか」
「でしょう? ですから、悠仁さんはそろそろAI嫌いを返上してもいいんじゃないかな、と私は思うんですけど……」
「なんでお前みたいなぽっと出のために、俺の長年の主義主張を変えなきゃならん!?」
調子に乗るなとルカを睨むと、メレディが笑いを含んだ声で静かに言った。
「いいじゃないか。かつてがどうだったかなんて潔く放り投げて、好きに書き換えていけばいいんだ。他でもない、今のあんたが間違いなく幸せになるためにね」
「……なんだよ」
「変容著しいこんな世の中だからこそ、お前さんの軸にあるものをちゃんと大切におしよってことさ。それを見失うと、人は
「……」
全てを見透かすようなメレディの眼差しから目を逸らし、悠仁はむっつりと黙り込んで炒飯を掻き込むことに専念することにした。
* * *
「旨かったよ、ごちそうさん」
「ありがとうございました! またお待ちしております!」
威勢のいい声に送られて三人が店の外に出た途端、
ピピー! ピピー!
ピピー! ピピー!
二人の緊急呼び出し音が同時に鳴り出す。
「私が出ます」
応答するルカを横目に、メレディが小さく笑う。
「おやおや、今日の仕事はもう終わったんじゃなかったのかい。忙しいことだね。まぁ二人とも無理しない程度に、達者でおやり。ではな」
そう言ってさっさと歩き出した彼女は、曲がり角のところで立ち止まり微かに振り返った。
「ジーン。もし本気で困ることがあったら、オロチの遺言を思い出してやるといい。何かの助けになるかもしれないからね」
それだけ言い残して、ビビッドピンクの後ろ姿は角を曲がり姿を消す。
「……遺言? ちょっと待て、メレディ。それはどういう」
悠仁は慌てて後を追ったが、一体どこに行ったのか、通りのどこにも彼女の姿は見当たらなかった。
「悠仁さん!
言いながら駆け寄ってきたルカが、バストアップ写真を見せてくる。バーガンディー色のフレームの眼鏡をかけた、物静かそうな若い女性が映っていた。
「
「よし、行くぞ」
二人は頷き合うと、一路ショッピングモールへ向かって走り出した。
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