三章 ルカの正体⑤
「……その兄貴は日本にいるのか? というか、どういうことだ? なぜ管理者が所在を把握していない?」
悠仁は
「そこについてお話しすると少々長くなるので、ざっくり
その対応は、先進的なバベルタワーの中でも異例中の異例だった。アンドロイドだろうがバイオロイドだろうが、いわゆる人工人類をつくるには事前の研究費用や諸々の維持費も含めると相当な金がかかる。そのため、費用効果を考えると耐用年数ぎりぎりまで使い倒したいというのが正直なところだろう。だが、ドクター・エイビスはそれを良しとしなかった。
「そんなわけで、テオはその奉仕期間を終えてバベルタワーを後にしたんですが、それ以来連絡が途絶えて何年も経っていました。他の兄や姉たちは、割と定期的に連絡を入れてきていたんですけどね。我々は普通のAIアンドロイドと比べると、
「それで放っておいたのか」
やや呆れたような口調で、悠仁は言う。
「余生にドクターやタワーは干渉しない。本人が望まない限りは。それが我々の間の取り決めなので……ところが最近になって、少し気になる情報が出てきたんです。それで動ける兄弟姉妹は世界中に散って、可能性のある場所でテオを探していました。私も最後の仕事として、こうして日本に派遣されてきたんです」
「……それじゃあ、お前が
ルカは頷いた。
「私が一時的に入局して力を貸す代わりに、テオを探すために必要な情報の融通を受けるという取り決めでした。自分で言うのもなんですけど、エイビスのネオアンドロイドは引く手
「……局長も
悠仁がそうぼやく。運が良くない方が良かったと言わんばかりだ。
「笹尾局長はバベルタワーの役員の一人とツテがあるんです。だから依頼もできたし、やってきた私が間違いなく本物だとわかっていたんですよ。私もこれまで色んなところに派遣されてきましたが、あなたみたいに邪険にしてくる人は本当に珍しいので、ちょっと新鮮でした」
ルカはやりとりの数々を思い出して、思わず笑った。このところ悠仁にとって想定外ばかりだったかもしれないが、実はルカにとっても同じことだったのだ。
「世間の大多数の反応なんか知ったことか。……それで、肝心の兄貴はどうなったんだ」
「日本まで来た甲斐があり、先日ようやく見つけました」
そう告げると、彼は一瞬動きを止めてから言い放つ。
「じゃあとっとと連れて、さっさとバベルタワーに帰れ。そうすりゃ俺は晴れてお役御免になれる」
「気が早いですねぇ。まだ居所に
「———なんだと!?」
さすがに予想外だったらしい。悠仁は驚いたような声を上げた。
「先日会った、ブライアン・ブラウンを覚えていますか?」
「忘れるもんか。あいつが諸悪の根源だぞ」
恐らく組みたくもないバディを組む羽目になった原因、という意味だろう。
「実はあの時、私は逃走を防ごうと彼のホバーバイクに非常に特殊なロックをかけました。けれどブライアンが誰かに呼びかけたあと、あっさり解かれて逃げられたでしょう? あれを解けるのは……エイビスのネオアンドロイドだけです。そして今現在、所在がわからなくなっているのはテオだけなんです」
「……お前はわざとそのロックをかけて、兄がいるかどうか試したわけか」
「はい」
ルカが頷くと、悠仁はしばらく黙って何かを考えていた。
「つまり、こういうことか……原因はわからんが、お前の兄テオドールは余生を与えられて自由になった後、管理者権限をあのブラウンかネオ・アヴァロンの誰かに握られて、そこで働かされている」
「推測した限りでは、そういうことではないかと。ただ、いつの時点からそうなっていたのかはまだわかりませんが」
「……なんだってそんな厄介なことになってるんだかなぁ……」
ため息混じりに言った悠仁は、ルカをちらりと横目で見やってからぼそっと尋ねる。
「……お前さっき、最後の仕事って言ったな。どういう意味だ」
———聞いていないようにみせて、ちゃんと聞いてるんですよねぇ、この人は。
「そのままの意味です。この仕事を終えたら、ドクター・エイビスは私の管理者権限を手放すと言いました」
「……それは」
恐らく彼は〝廃棄になるということか〟という問いを飲み込んだのだろう。
「普通のアンドロイドであれば、次の持ち主の元へいくか、リサイクルになるか、それこそ廃棄処分になるんでしょうけど……私はエイビスのネオアンドロイドですから、先ほどお話ししたように、余生に入るという意味ですよ。ですから私としては、最後の仕事はあなたを守ることも含めて、見事に果たして有終の美を飾りたいわけです。だから今後は協力的にお願いできませんか?」
悠仁は一瞬たじろいだ表情を浮かべたが、ややあって唇を引き絞って視線を逸らした。
「……それが俺に何の関係がある。お断りだ」
「もぅ、
———案外泣き落としが効くかもしれないですねぇ、悠仁さんは……
内心でそんなことを思いながら、ルカはオープンキッチンに入る。愛用の笑った顔が描かれたパステルオレンジ色のカップと、情緒もへったくれもない悠仁の記念配布カップを出してお茶の用意をした。
「そういえばコーヒーを
カウンター越しに湯気を立てるカップを差し出すと、
「……ああ」
悠仁は何事かを考えている様子で、ほとんど自動的に受け取る。そのままコーヒーを口に運んだ彼は、数秒の間の後、突然吹き出して
「いかがですか? ルカ印のスペシャルコーヒーのお味は」
にんまりと笑って、ルカは小首を
「お前、なんだこれ!」
「バルサミコーヒーです。コーヒーとバルサミコ酢のハイブリッドですね。私の怒りの具合によって配合量が変わる……ユーモアのある意思表示、あるいは抗議です。あんまりじゃないですか、技術課に、それもよりにもよってミスター・ヒューマンハラスメント坂本に売るなんて」
悠仁は口のまわりを袖で
「普通に怒れよ! まどろっこしい奴だな!」
「私がいつまでも大人しくやられていると思ったら大間違いですからね? そろそろ多少の歩み寄りを要求します」
「……お前が大人しくやられっぱなしになってたことなんて、これまで一度だってないだろうが」
悠仁のぼやきは、雰囲気の明るくなったリビングの空気にゆるりと溶けていった。
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