三章 ルカの正体④

 仕事を終えたルカと悠仁が家に戻ってくると、ちょうど宅配ロボットが玄関前に荷物を降ろしているところだった。


「あ、来たみたいですね。どうもご苦労様」

『ご利用ありがとうございました』


 女性の音声がそう答え、配達を終えたロボットは滑るように帰っていく。


「なんだそのでかいのは」

「観葉植物という名の生活のうるおいですよ。フィカス・アルテシーマって種類なんですけど、ゴムの木って言った方がわかりやすいですかね」


 ルカは鼻歌混じりで大ぶりの植木鉢を家の中へと運び込んだ。


「お前、自分で世話しろよ。俺は一切関与しないからな」

「存じておりますよ。あなたが世話をするより、圧倒的にされる側に属しているというのはね。……ほら、ヴィンテージなソファともよく合います。鉢の形で迷ったんですが、やっぱりこっちにして正解でしたね」


 ソファの横に並べられた木を見やり、悠仁は眉根を寄せた。


「この部屋に置く気か」

「やっぱりリビングには緑が欲しいですからね。共有部ですからいいでしょう?なんとこの鉢はすくすくモードを搭載していて、植物の種類に合わせた最適給水機能があり、必要な場合には日差しも自動で追ってくれます。そしてタンクが空になって水が必要な時には、鳴ってお知らせしてくれる優れものなんです」

「……そうかよ」


 うんざりした顔で答えた悠仁だったが、その顔は時間が経つにつれてどんどん険しくなっていった。なぜなら観葉植物を皮切りに、次から次に荷物が届き始めたからだ。


「これは敷物です。リビング用と、こっちが私の自室用ですね。それはコーヒーテーブル、そっちのはトースターとオーブンレンジです。そのうちフライヤーも欲しいんですけど、まずは取り急ぎ。……おお、さすがはうるわしの広々キッチン、余裕で置けちゃいますね」

「お前、何を勝手に……! やめろ、余計なことをするんじゃない! 俺の生活には干渉するなと言っただろうが!!」

「家賃を払っている以上、共用部をより過ごしやすくする権利は私にもあるはずです」


 ルカはきっぱりと言い切った。ここで引くくらいなら、初めから注文などしない。


「心臓が脈打つことに支障は出ずとも、あなたの生活は己の扱いが雑すぎます」


 一応自覚はあるのか、悠仁は言葉に詰まってからぼそっと言った。


「……余計な世話だ。お前は俺のコンシェルジュじゃねぇだろうが」

「それはそうですけどね。でもここはもう、私の住む場所でもありますから。好きにさせていただきます」


 ルカは、何か文句が?という挑戦的な眼差しで見上げる。


 しばし睨み合いの後、悠仁が口を開いた。


「植物だ、料理だ、生活だ何だと……お前は一体なんなんだ」


 己の領域を勝手に荒らされる不快感か。それとも変化への抵抗か。歯軋りしそうな顔でうめいた悠仁を、ルカは静かに見返した。


「そうですねぇ……本来私には、その問いに答えるかどうかの選択権があるんですが、あなたは私のですからね。特別にお教えしましょう。私はNeoAndroidネオアンドロイド-Abyss08エイビスゼロエイト、個体名称LUKAルカ……それが正式な識別番号です」


 不意打ちのように答えれば、悠仁はしばし固まった後、ぽつりと呟く。


「……エイビス?……まさかバベルタワーのドクター・エイビスか?」

「ええ。そのエイビスですよ。人工人類が嫌いでも、あの人のことはご存知なんですね」

「知るも何も……名がとどろきすぎて勝手に耳に入ってくるだけだ」


 ルカを生み出したドクター・エイビスは、世界的に名の知れた機械工学と生命工学の権威だ。バベルタワーという最先端をひた走る研究所の筆頭研究員である。


「悠仁さん。私はね、この国に人を探しに来たんです。NeoAndroidネオアンドロイド-Abyss02エイビスゼロツー、個体名称THEODORテオドール。エイビスシリーズの第一世代、私の兄にあたるアンドロイドを探しに」

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