二章 ネオ・アヴァロン③

 後をつけ始めて十分ほど経った頃、ブライアン・ブラウンは時間貸しの駐車場へと入っていった。


 そこにはトラックと一人の日本人青年が待っていて、ブライアンがやって来たのを見るなり荷台に乗せたものを降ろし始める。現れたのは、ピカピカに磨き上げられたメタリックシルバーのホバーバイクだ。


「あれはGLANZOグランゾ MOTORSモータースの最新モデルですね。日本ではまだ発売されていない車種です」


 隣のマンションの生垣いけがき越しに駐車場をうかがいながら、声を潜めてルカが言った。


「バイクを持ってきたあの男も、国際手配犯なのか?」

「いえ、彼は違います。私の持っているネオ・アヴァロンのメンバー情報とも合致しませんね。組織の協力者の可能性もなくはないですけど、単に依頼を受けただけの改造屋の線が濃そうです。あの感じだと違法改造も請け負ってそうなので、一緒にしょっぴくという手もありますが……どうします?」


 ホバーバイクを挟んで向き合っている二人をしばらく見つめ、悠仁は首を振る。


「……いや、やめておこう。組織と無関係な一般市民だった場合に、人質にでも取られたら厄介なことになる。離れるのを待つぞ」

「了解です」


 しばらく何やら楽しげに話していた二人だったが、辛抱強く待っているとやがて日本人青年がトラックに戻り、ブライアンに会釈をして駐車場を出ていった。


「行くぞ」

「はい」


 悠仁はホルスターから多目的銃マルチガンを抜き、できるだけ足音を潜ませて駐車場に踏み込んだ。


「……どうやらこの国の忠犬は、ずいぶんと優秀らしいね」


 声をかける前に接近に気づいたらしいブライアンが、悠仁たちに背を向けたままそう呟いた。いつの間に現れたのか、テニスボールより少し大きなにぶい金色の球体が彼の頭の高さに浮遊している。正体はわからないが、誰かが遠隔操作で彼の周辺を警戒していて警告したのかもしれない。


 柔らかな笑みを浮かべて振り返ったブライアンは、悠仁と目が合った瞬間にひどく驚いたような顔になった。


「……君」


 その表情がみるみるうちに喜びへと変わる。


「ユージーンじゃないか! 今日はなんてツイてるんだろう。バイクをいい感じに仕上げてもらえた上に、君が会いに来てくれるなんて」


 まるで知己ちきに会ったかのような反応に、悠仁は困惑して眉根を寄せる。間違っても国際指名手配犯の知人がいた覚えはない。


 ブライアンは悠仁に一歩近づくと、にこりと微笑んだ。


「初めまして、僕はブライアン。ブライアン・ブラウンだ。どうか気軽にライアンと呼んでほしい。僕はね、ずっと君に会いたかったんだ———


 思いもよらない呼び名がその口から飛び出して、悠仁は一瞬固まる。


「……ずいぶんと、懐かしい呼び方だな」


 ルカの問いたげな視線を感じたが、悠長ゆうちょうに答えている暇はなかった。悠仁は警戒を最大限に引き上げて、ブライアンを睨む。


「だが、それがネオ・アヴァロンの構成員殿と何の関係がある?」

「ああ、そう警戒しないでくれ。僕は君に危害を加える気なんか、さらさらないんだ。むしろ、きっといい同志になれるだろうと思って、君に出会える時を楽しみにしていた」

「……同志だと?」


 真っ直ぐに悠仁を見て、ブライアンは頷く。


「この世界のありようはおかしい。オロチの息子である君なら、きっと心のどこかでそう思っているはずだ。違うかい?」

「……」


 悠仁はその問いかけには黙ったまま答えず、多機能銃マルチガンを構え直した。


「俺の主義主張が聞きたいって言うなら、局でゆっくり話してやるよ、ブラウン。お望みなら、茶も出してやる。味の保証はないがな」

「お誘いいただいたところ残念だけど、今回は遠慮しておくよ。この後、人と会う約束があるからね。それに僕はお茶にはちょっとうるさいんだ。今日のところは、これで失礼するよ」


 そう言って彼がハンドルに手をかけた瞬間、ホバーバイクの両サイドに走っている青いライトが、ふいに赤色に変わった。


悪戯いたずらっ子だな、。僕のバイクになにかしたね?」


 あくまでも余裕の表情を崩さないまま、ブライアンはルカに視線を移した。


「私をご存知なんですか」

「少し、ね」


 意味ありげな表情を浮かべた彼は、ふいに傍らを浮遊している球体を見上げ声をかける。


「頼むよ」


 ものの三秒も経たないうちに赤くなっていたライトが青に戻り、ブライアンは向けられた銃口を気にかけることなく颯爽さっそうとバイクにまたがった。


「じゃあまたね、ユージーン、ルカ」


 発進できないよう前に立ちはだかろうとした悠仁だったが、急に体勢を崩して地面に倒れ込む。ルカに力いっぱい引っ張られたのだ。


 ヂュイン!ヂュン!ヂュン!ヂュン!と不穏な音がして、近くのアスファルトが立て続けにえぐれていく。


「どこから撃ってる!?」


 反撃しようと身を起こしかけた悠仁に、ルカが叫んだ。


「動かないで! ここから届く距離じゃないです!」


 どうやら仲間を逃すことだけが目的だったようで、ブライアンがこの場から走り去ると銃撃も止んだ。二人が道路に飛び出した時には、すでに銀のホバーバイクは影も形もない。


「……逃げられちゃいましたね」

「……そうだな」


 悠仁もルカもそれきり口をつぐんで物思いに沈み、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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