二章 ネオ・アヴァロン②


「待って、悠仁さん! 待ってくださいってば!」

「まだなにかあるのかよ」

  

 見た目からはわからないルカの怪力で強制ユーターンさせられた悠仁は、苛立ちながら彼をにらんだ。

  

「今キャンペーン中で、千円以上の利用で福引が引けるらしいんですよ。ほら、あそこです」

「福引ぃ?」

  

 見れば、フードコートの端の方に特設コーナーが設けられていた。山のように並べられた景品に埋もれるようにして、二人のスタッフが福引の案内をしている。

  

「なんだあのクマ、人よりでかいぞ。あれも景品か?」

「〝ギガントベア〟シリーズのハッピーピンクちゃんです。三等みたいですね」

「あんなの貰ったとこでどうするんだよ」

「一応、ソファの代わりになるんですよ。大きなクマに抱っこしてもらえる、がコンセプトの商品なんで。子どもはもちろん、疲れた大人にも人気です。あと、ハッピーピンクちゃんはこういう景品としてしか提供されないレア色で、コレクターには垂涎すいぜんの品なんです。喜んで買い取ってくれると思いますよ」


 福引コーナーには何人か先客がおり、二人は———ルカはうきうきと、悠仁はうんざりと———列に並んだ。なにかジャラジャラ音がすると思ったら、どうやら電子抽選ではなく古風な赤い抽選器を使っているらしい。


「へぇ、ニ等は〝ティル・ナ・ノーグ〟宿泊付きペアチケットですか。一等は高級ガジェット……特等から三等までの景品がかなり豪華ですね」

「ティル……? なんだそりゃ」

「人工浮遊島の空中遊園地ですよ。今、東京湾上空に来てるんです。妖精たちの常若とこわかの国が題材のテーマパークですね」

  

 どこか意味ありげなルカの視線で、悠仁は気づいた。

  

「あ、首都高ぶち抜いた落下物の原因ってそれか! 迷惑な遊園地だな」


 したくもない曲芸アクロバットをする羽目になった原因に、悠仁は渋い顔になる。とはいえ、ルカがいなければあのような流れにはならなかっただろうから、全ての責任を押しつけるのは行き過ぎかもしれない。


 少なくとも、無茶の甲斐あって悠仁たちが迅速に駆けつけ、三課のバディが思いのほか粘って奮闘したおかげで、英雄ゲートの使用者が二人いた割に軽い怪我人が出た程度で済んだのは幸いだった。


「迷惑って……世界中で大人気なんですよ?入場チケットは即座に売り切れるし、唯一中で宿泊できるホテル〝妖精のゆりかご〟はものすごい争奪戦なんですから」

  

 そうこうしているうちに順番がきて、女性スタッフがルカににこりと笑いかける。


「お待たせしました。当フードコートでの購入履歴を拝見致します」

「これですね」

「はい、確かに。千百二十円のお会計ですので、一回回していただけます」


 ジャラジャラジャラジャラ……ぽとん。


「青い玉ですので、六等のお菓子になります。こちらからお好きなものをひとつお選びください」

  

 菓子は下から二番目だったが、スナックからチョコレートまで種類はなかなか豊富だ。

  

「色々ありますね。つくしの里にあけびの山……これは初めて見ました、ナマケモノのマーチ?」

「中にチョコが入っているお菓子ですよ」

「へぇ、じゃあこれにします。面白い名前ですね。ナマケモノがマーチなんかしたら死んじゃいそうですけど」


 ルカがパッケージを見ながらそう笑った。

  

「終わったなら行くぞ」

「何言ってるんですか、悠仁さんもするんですよ」

「俺はいい」

「せっかく並んだんですから。ほら、履歴を出して」

  

 結局押し負けて引くはめになった悠仁は、ため息をついて福引機をジャラジャラと回した。ぽとんと落ちたのは、金色の粒だ。

  

「「おお!」」

  

 と、スタッフたちが感嘆の声を上げ、カランカラァンと鐘を打ち鳴らした。

  

「おめでとうございます! 特賞〝HUG−ROBBYハグロビィご当選で〜す! 今大人気の高機能AI制御子守りロボット! しかも床や地面に気を使わなくていい、最新式の浮遊型です! お客様ツイていらっしゃる!!」

  

 鐘を鳴らした男性スタッフが、満面の笑みでひと抱えもある大きな箱を押しつけてきて———悠仁は押しつけ返した。

  

「ああ、いいわ。はずれってことにしてくれ。うちは赤ん坊なんていないし」

「いやいやいやお客様、特賞ですよ!? そんなもったいない! ここだけの話……未使用のままネットフリマに出せば、大変いいお値段で売れますよぉ……?」

  

 やや下世話な顔をして、彼はこそこそと囁いてくる。

  

「これからまた仕事だからな。こんなでかい荷物持って行けないし、なんならあんたがもらってくれていい」

「貰えたら嬉しいんですが、さすがにちょっと職務規定に抵触しそうなので……」


 スタッフはにこやかにそう言って、さらに押しつけ返し返しをしてきた。そのやりとりを見ていたルカがぽつりと呟く。

  

「送ればいいじゃないですか」

「ナイスアイディア。この通路の奥のところに、イダテン運輸が入ってますよ」


 景品を受け取ってくれない厄介な客に代わって手を差し出したルカに、スタッフはほっとした表情になってハグロビィを渡した。


「お前はまた余計なことを……使いもしねぇもんをもらってどうすんだ」

「ぴったりじゃないですか」

「あ?」

「悠仁さんは、ハグロビィにちょっと情操教育あたりからやり直してもらった方がいいと思うんですよね」

 「ダヨネ、ダヨネ! ハグロビィニオ任セアレ!」

  

 抱えた箱をガタガタと揺らし、裏声でわけのわからない茶番を始めたルカを冷たく見下ろすと、悠仁はさっさと歩き出した。

  

「あ、待って! 一分! 一分だけですから!」

  

 叫びながらルカは悠仁の脇を通り過ぎ、通路の奥に走り込んでいく。本気で荷物としてハグロビィを送り出すつもりらしい。

  

 ———本当に余計なことばっかりする奴だ。

  

 悠仁は大きくため息をついて、上階へのエスカレーターに向かった。

  

  

 *    *   *

  

  

 また置いていかれてはたまらないと思ったのだろう。猛烈な勢いで駆け戻ってきたルカは、人が行き交う通りに出た途端、何かに目を止めて囁いた。

  

「悠仁さん、国際指名手配犯逮捕のお手柄にご興味は?」

「なに?」

「ネオ・アヴァロンってご存知ですか?」

  

 ルカが口にしたのは、世界的に有名な地下組織のひとつだ。〝あやまちの世界を上書きする〟を名目に、かなり過激なことも行うことで知られている。ただ、日本に活動拠点はなく、悠仁は今まで関わったことはなかった。


「あんまり見ないように見てください。あの英会話教室の青い看板の下です」


 ルカの無理難題に眉根を寄せつつ、一瞬だけそちらを見やると、明るい茶色の髪をした穏やかそうな風貌の白人男性が立っていた。


「彼はブライアン・ブラウン。ネオ・アヴァロンの実働部隊の中では結構地位の高い人です。名前については十中八九、偽名でしょうけどね。その筋ではそれなりに有名な方ですよ」


 疑問が一挙に押し寄せてきて、悠仁は思わず顔をしかめた。なによりも気になるのは、なぜこのアンドロイドは即座に彼に気づき、すらすらとこのような情報が出てくるのかということだ。識別照会に答えず自分の情報を黙秘していることと、何か関係があるのだろうか。


「悠仁さん、どうします? もし捕縛できればかなりのお手柄ですよ」

「だから、俺は手柄だのなんだのには興味がないって言ってんだろ」

「……じゃあ花巻警部補に連絡を入れて、警察の上に情報を上げてもらいます? 確かにどちらかというと、管轄はACBうちより警察あちらかもしれませんけど」


 聞き慣れない名前に、悠仁は一瞬考えた。


「花巻……ああ、あの時の警部補か。なんで連絡先を知ってるんだ」

「もちろん交換したからです。悠仁さんがごねて課長になだめられている間にね。警察の方と繋がりがあれば、いざという時に助かるかもしれないでしょう? お互いにとって悪くない話ですから」


 ルカは微かに笑みを浮かべて、さぁどうするんですか、という顔で悠仁を見ている。目の前にいる犯罪組織の人間を放置する、もしくは誰かに任せるという選択肢が悠仁の中にないことを、わかっているのだろう。


「……連絡するにしても後にしろ。今教えたところで、駆けつけてくる前にどこかへ行っちまう可能性が高い……ああほら、動き出したぞ」

  

 二人は少し距離をおいてから、通行人を装って男の後を追い始めた。

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