二章 ネオ・アヴァロン①

 傍迷惑はためいわくなアンドロイドに振り回されるようになって、そろそろ十日ほど経とうとしていた。


 本日二件目の聞き込みを終えてビルから出ると、


「悠仁さん、次はこっちです。行きましょう」


 ルカが真剣な眼差しでそう告げて、バイクを停めた場所とは反対の方向に歩き出す。


「ちょっと待て、どこに行く気だ? おい、勝手な行動をとるな」

「その言葉はのしをつけてお返ししたいところですね」


 彼はそう呟くと、有無を言わさず悠仁を引っ張って横断歩道を渡る。


「次は阿佐ヶ谷だろ?」

「その前にとても大事なことがあるんです」


 身体は悠仁の方が大きくがっしりしているが、さすがは特別なアンドロイドを自称しているだけあって、ルカはかなり力が強かった。抵抗したものの、結局引っ張って連れていかれたのははす向かいのビルだ。


 勝手知ったる顔でエスカレーターを降りてゆくルカについていくと、地下はワンフロアで大きくひらけた空間が広がっていた。


「お前、まさか大事なことって……」


 悠仁は目の前に現れた光景に、心底うんざりした顔になる。


「もちろん、お昼ごはんに決まってるじゃないですか!」


 そこにはずらりと食事が買える店が軒を連ね、大量の椅子とテーブルが所狭しと並べられていた。


「このビルには日本の古式ゆかしいフードコートがあるって聞いて、楽しみにしてたんですよ。ステーキ、ラーメン、ハンバーガー、ピザ、カレー、オムライス、うどんにそば、たこ焼き、クレープ、アイス……あ、お好み焼きもある。本当にバラエティ豊かなんですねぇ。どーれーにーしーよーうーかーなー」


 うきうきと物色し始めたルカを、悠仁は半眼で見やる。


「時間もないんだから、エネルギーバーで充分だろ」


 信じられない、という顔をして彼は悠仁を見返した。


「悠仁さんたら、いっつもそればっかじゃないですか。この食事情が豊か極まりない国で、あえてエネルギーバーを主食にする意味がよくわからないんですけど」

「短時間で完了できて、身体が動きゃそれでいい」

「……可哀想な悠仁さんの身体。なんのために味覚があるのか、わからなくなるんじゃありません?」

「余計なお世話だ」


 どこか呆れたように悠仁を見たルカは、小首を傾げて付け加える。


「まぁ実益的なことで言うなら、私は緊急時に使用できる予備のエネルギータンクが内臓されていますけど、悠仁さんは人間だからそういうのないじゃないですか」

「……脂肪は一応似たようなもんだろ」

「それは本当の緊急時のために残しておいた方がいいですよ。毎日のようにビールと磯辺揚げで備蓄を増やしてる堀内さんならともかく、悠仁さんは身体鍛えてるからあんまり蓄えなさそうですし……ああほら、八パーセントしかないじゃないですか」


 後輩の堀内ほりうち正樹まさきが最近ふっくらしつつある原因が、ビールと磯辺揚げであることを悠仁は初めて知った。


「お前、人の生体情報を勝手に測るな」

「堅いこと言わないでください。人間の良き隣人によるサポートですよ、サポート。ボディビルの大会に出るつもりとかでなければ、もう少し増やした方がいいと思います。せめて十パーセント以上になるよう、こういう余裕のある時にできるだけ食事を摂るようにしてください」


 ルカの言い分に、悠仁は思い切り眉根を寄せる。


「何言ってんだ、お前。今どこにも余裕なんかないだろうが。綾瀬と甘草あまくさと鈴木がインフルでやられて、こちとら調べが詰まってるんだぞ」


 基本的に健康優良児が多い二課だが、珍しく課内で季節遅れのインフルエンザが流行していた。第一波で引っかかった二人が復帰したと思ったら、今度は第二波で三人欠けている。ちなみに悠仁は三十三年生きてきて、いまだインフルエンザというものになったことが一度もない。


「余裕とは、作り出すものです。そして次のアポイントは、ここで食事を摂る時間を加味した上で押さえてあります。こういう忙しい時ほどしっかり栄養を補給し、隙を見て休息をとり、できるだけ睡眠を確保する。健全に働くにはそれが大事です」


 連なる飯屋から目を離さないまま、ルカが言った。


「……そうかよ」


 これはもう悠仁が何を言っても、予定を変える気はないのだろう。というか、そもそも聞き込みの訪問順序が、ここに寄るために仕込まれていた可能性さえあった。


 仕方なく悠仁は手近のカレー屋に並び、一番人気と書かれていたエビフライ&カツカレーと烏龍ウーロン茶を買って適当な席に座る。しばらくして、ルカが満面の笑みで戻ってきた。


「見て見て、悠仁さん! クリームソーダもあったんです! これで午後の仕事も頑張っちゃいますよぉ」


 親子丼がのったトイレを手に嬉しそうにはしゃぐルカに、近隣のテーブルから生暖かい眼差まなざしがそそがれているのは気のせいではないだろう。


「……わかったから、とっとと食え」


 カレーを口に運びつつ見回してみると、フードコートはなかなかに盛況な様子だった。近隣のビルに勤める会社員と思わしき人々や、学生や親子連れもいて、かなりの数があるにも関わらず席は満席に近い。


りくは? 大きくなったら何になりたいの?」


 間隔が近いため、近くの席の親子連れの会話が聞こえてくる。


「ぼくね、どくたー・えいびすみたいな、すごーいはつめいとか、あんどろいどをつくるひとになる」

「ドクター・エイビス? 世紀の大天才だぞ? 数が苦手な陸が、そうなるのは難しいと思うけど」


 小学校中学年くらいの兄が大人ぶった口ぶりで言うと、幼い弟はむっとしたように言い返した。


「かずはこれからだいじょうぶになるの。りくがなにになるかは、りくがきめるんだよ。りくじゃないにいちゃんがきめるんじゃないもん」

「ふぅん?」

「りくはね、あんどろいどのおともだちをいーっぱいつくって、みんなでいっしょにあそぶんだ」

「あら、いいじゃない」


 母親が、彼の口の周りについたケチャップらしきものをぬぐいながら微笑んだ。


「ぴくにっくにいって、おひるねもして、たくさんたくさんあそぶんだ。ママもいっしょにいこうね」

「嬉しい。楽しみだわ」


 ルカはさっきからわざとらしく目をぱちぱちさせて、じぃっと悠仁を見つめていた。


「……なんだよ」

「お友達、ですって」

「……多様性ダイバーシティ推奨派なんだろ?だったら、俺は俺だ。食い終わったならとっとと行くぞ」

「あ、まだ終わってないです。最後に残しておいたチェリーが……」


 当てつけに、悠仁は聞く耳持たずに立ち上がり、トレイを返却しに行った。


「あ、ちょっと! 最後のひと口はゆっくり味わいたいのに……ああんもう、悠仁さんのいけずぅ!」


 もぐもぐ口を動かしながら不満もあらわに追いかけてくるルカの姿に、これが本当に作りものアンドロイドなのだろうかと悠仁は疑念を深めるばかりだった。

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