一章 ちぐはぐバディ⑤

「……ん?」


 悠仁はバイクの上で目を細めた。八重洲の高速入口の前が、バリケードや〝通行止め〟の大看板で封鎖されているのが見える。どうやら通れなくなっているらしい。


「こんな時に限って、上も下もか……!」


 そううめくと、後ろからルカがなんでもないことのように言った。


「昨日上空から落下物があって、衝撃で道路の一部が壊れちゃったんですよ。それで今、絶賛修理中なんです」

「なに!? 知ってたならなんで」

「大丈夫です、このまま進んでください」


 ルカは何も問題ないという口調で言い切った。仕方なく言われるままに先が通行止めになっている車線を走って行くと、大看板の横にいた警備員が接近してくる悠仁たちに気付いて顔を上げる。彼はバイクについた赤い回転灯を見ると、バリケードのひとつをずらして、通っていいというように身を引いた。


 軽く頭を下げて脇を通り抜けながら、悠仁は顔をしかめる。


「だけど、損壊してるんだろ? 行っても通れないんじゃないのか」

「状況は確認済みです。大丈夫なので進んでください。こういう時のための、頼りになる副官ですからね」


 道路上には、当然のように悠仁たちの姿だけだ。それなりの交通量を誇る首都高で、このように見渡す限りバイク一台きりというのは珍しい。なかなか爽快な眺めではあった。


「……ちょっと待て! 落ちてるらしいぞ!?」


 走りながら、首都高の破損状況を調べていた悠仁は思わず叫んだ。少し落下物が当たって道路の端がえぐれたくらいなのかと思いきや、上空を通過中だった浮遊島から落ちてきたのが重量物だったために、現在道路の一部は完全に分断されてしまっているらしい。その距離、およそ十五メートル。


「大丈夫ですよ、悠仁さん。私が素敵な羽を授けてあげますから」


 ぽんぽん、と肩を叩いてルカが言った。


「羽!? そんなの信用できるか! 戻るぞ!」


 即座に引き返そうとした悠仁だったが、すぐに困惑して手元を見つめる。ブレーキはもちろん、アクセルもきかなかったからだ。それどころかハンドルまで凍りついたように動かず、方向転換さえできない。どうしようもなく、嫌な予感がした。


「お前……ハッキングしやがったな!?」

「人聞きが悪いですねぇ。サポートですよ。サ、ポ、ォ、ト」


 嫌みたらしく言ったルカは、ふいに悠仁の腰に両腕を回す。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。有能な副官たる私が、ちゃーんと悠仁さんのシートベルトになりますから」

「怖いとかそういうことじゃない! 正直聞きたくねぇが、何する気だ!」

「わかってるくせにぃ」


 彼はこれまでの意趣返しと言わんばかりに、実に楽しげな笑い声を立てた。


 悠仁はなすすべなくバイクにまたがったまま、どうして朝倉ルカの正体が判明したあの日のうちに、局長に直談判してバディを解消しておかなかったのかと、かつての己の所業を呪う。同じ課に所属しているのはどうにもならなくても、いつものように我さえ通していれば、少なくともここまで振り回されるような事態にはならなかったはずだ。


 まるで背後霊のように後ろにくっついた諸悪の根源は、悠仁の不満も緊急事態も意に介さず、呑気に鼻歌を歌い出した。


「おいシートベルト! その場違いな鼻歌をやめろ!」

「え? ワルキューレの一体何が場違いだっていうんですか?」


 心底驚いたような声が返ってきて、余計に苛立ちが募った悠仁は全力で怒鳴った。


「お前の全てがだよ!!」


 会話の整合性など、もはや知ったことではない。今の悠仁が求めてやまないのは、キャッチボールではなくドッジボールだった。この辺りで少しでも発散しておかないと、そのうち本当にまずいタイミングで爆発しそうだ。そんなあまりにも人間らしい危惧を抱いた己に、悠仁は強い戸惑いを感じていた。


 ———最近の俺は、本当にどうかしてる……


「私の全てって、そんな理不尽な」


 抗議するように、ルカが回した手で悠仁の腹をぺちぺちと叩いた。


「この際だから言っておくがな! 俺がを不快に思っていることを承知の上で、お前がそういう振る舞いをし続けてくるっていうのが腹立たしいんだよ!」

「なにしろ多様性ダイバーシティの世の中ですからねぇ。誰かの機嫌のために私らしさを抑えたり引っ込めるのは、ちょっと違うかなと思いまして」

「立派な思想は結構だが、俺じゃない奴の側でやれ!」

「そう言われましても、配属先を決めるのは私じゃないですし」


 彼は相変わらず笑いを含んだ声で続ける。


「この国では〝袖振り合うも多生の縁〟って言うんでしょう? 袖どころかこんなにべっとり触れ合っちゃってるんですから、もうそういう運命なんだってそろそろ諦めてくださいよ」

「断固拒否する!!」

「まだ言いますか。困った駄々っ子ですねぇ、本当にもう」


 誰が駄々っ子か!と悠仁が反論しようとした矢先、


「ああ、あそこですね」


 背後でルカが呟き、道路のかなり先の辺りに赤いライトや作業車が確認できた。高速入口のところ同様、事前に何か通達を送っていたのだろう。作業用ロボットや重機は全て道路の両脇に寄っていて、道の真ん中は通れるように開けられている。


「じゃ、しっかりつかまっていてくださいね」


 ルカの声に応えるように、大型バイクのエンジンがえた。いよいよ速度は上がり、全ては後ろへと吹き飛んでいく。


 悠仁はせめてもの抵抗にもう一度ブレーキを回してみたが、やはりなんの手応えもない。こんなことなら、バイクからひっぺがしてでもこのアンドロイドを駐車場に置いてくるんだった、と心底後悔したが後の祭りだ。


「私の統計上、大丈夫だって言ってるのに、こういう局面で人は九十八%くらいブレーキをかけようとするんですよね。ここで速度を落としたら、逆に落っこちちゃうって言わなくてもわかるでしょうに」


 おかしそうに笑って、ルカは付け足した。


「安心してください。私、できる電子回路ですから。搭載されているエンジンの馬力や我々を含めた総重量、タイヤの劣化度合いや道路の状態、諸々の全てを掛け合わせて安全に着地できるという判断を下しています。飛距離の算出ももちろん完璧です。安全な大船に乗ったつもりでいてくださいよ」

「大船じゃなくて泥舟だ! こんな状況で安心できるか! このクソ回路がーーーっ!!」


 勢いよく宙に躍り出て東京の空を大滑空するバイクにしがみつきながら、悠仁は力いっぱい叫んだのだった。

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