第21話 やっぱり君は変わらない
…正直驚いた。いつもお淑やかで、誰に対しても分け隔てなく接している美白さんが、こんなにも怒りの感情を剥き出しにして木本を睨んでいる。
そしてそれを感じたのは俺だけでは無く、先ほどまで俺を殴ろうとしていた木本も目に見えて焦っている。
「…もう一度聞きます。辻凪君に何をなさろうとしているんですか?」
「ご、誤解だ美白!…さん。こ、これはその…」
「誤解?今も尚、人の胸ぐらをつかんで拳を振り上げているのが誤解だと…?貴方はそう私に仰るんですか?」
「…くっ!…でも本当に誤解なんだよ!信じてくれよ美白…さん!」
そう言われ乱暴に俺の胸ぐらから手を離した木本が、美白さんに言い訳をしようとするたびに美白さんの周囲の空気が凍りついていく。それはさながら地獄の罪人を裁く閻魔大王の様な冷徹さを思わせるほどだ。
しかし俺としては木本がどうなろうと知ったことでは無いが、今この状況で木本のヘイトが俺から美白さんに移ってしまってはダメだろう。…あの話を聞いていれば余計に。
「あーえっと美白さんすみません。そこの彼と少し言い合いになってしまって…俺が先に肩を強く叩いてしまったからあぁなってしまったんですよ」
そう俺は美白さんに話す。…本来であれば100%被害者(?)である俺が嘘をつくこの状況は妙だと思いながらも、信ぴょう性を持たせるために嘘と真実を混ぜて事情を説明をした。
すると美白さんの目から怒りの感情が少し薄れ、逆に木本は気味の悪いニタリ顔を浮かべ、早口で捲し立てる。
「ほ、ほらな?アイツもそう言ってるんだから誤解だろ?!そもそも優等生の僕が自分から手を出すなんて事はしないさ!」
「…………なるほど…事情は分かりました。私から見ると理由はどうあれ、貴方が手を出そうとしたのも事実ですが…口論からヒートアップしてしまったのであればそういう事もあるでしょう。お互いに外傷はないようですから、今回だけは見なかったことに致します…ですが今後同じ様なことが起こるのであれば…容赦は致しませんよ?」
「分かってるよ。ねぇそう言えば美白さんさ、俺とこの後カラオケ行かね?さっき俺あいつに肩殴られたからさ〜二人っきりで看病して欲しいな〜」
「すみませんこの後用事があるので行きません」
「そんな固いこと言わずにさ〜取り敢えずこんな奴ほっといて行こうよ!」
「嫌です。こっちに来ないで下さい」
さっきまで美白さんにビビっていたのに、俺の発言で自分の優位を取り戻したと思い込んでいるのか、調子の良いことを言って美白さんに言い寄っている木本。
本当に嫌そうな顔をしている美白さんの腕を木本が無理矢理取ろうとしていたので、俺はその間に割って入る。
「おい君……邪魔しないでくれるかな?今僕は美白さんと話してるんだ」
「いや邪魔するよ。まだ俺たちは委員会の仕事が残ってるんだ。だから俺たちが帰るわけには行かない」
「それは君が一人でやれば良いじゃ無いか?わざわざ美白さんに雑用をやらせると言うのかい?それでも君は男なのかな?僕なら彼女の分まで全部仕事をやるけどねぇ」
「確かにそうするのが普通なのかもしれない。でも俺は分担主義でね。俺にしか出来ない事は俺がやるし、俺に出来ない事は他の人にやって貰うんだ。だからこそ俺には美白さんが横に立って貰う必要があるんだよ。だから君は一人で帰れよ」
「……っ!?」
「何を訳のわかんねーことを……って痛だだだだだ!!!は、離せよ俺の腕!!!」
これではラチがあかないと思った俺は、再び俺の胸ぐらに伸びてきた木本の腕を握り、少しだけ力を込めてやる。
数秒経って腕を離してやると木本は恨みがましそうな顔をしつつも、案外あった俺の握力に劣勢だと思ったのか「クソがッ!」と小さく捨て台詞を吐きつつ大股でこの場を去っていった。
「ふぅ…やっとどっか行ったか…しつこかったな」
俺は面倒な奴に今後も付き纏われそうだなと思いながらも、まぁそんなことはどうでも良いかと俺の背中に隠れるように立っている美白さんに話しかけようとする。
「(………ズルいですよ…君は……いつもそうやってさり気なく……)」
すると俺の背中側で何か小さく呟いている美白さんに振り返る。なんだか顔が赤い気がするけど…怒りすぎて赤くなったのだろうか?
「えっと…美白さん?大丈夫?」
「……へっ!?あっ!はい!大丈夫れす!気にしないでくらさい!!!」
そう言って美白さんは俺に背を向け、スーハースーハーと深呼吸をしながら片腕だけを動かして俺にプリントの束を手渡してくる。
「こ、これ!もう仕事は終わってますから!後は職員室に持って行くだけです!」
「え!もう終わってるの!?…なんかすみません…」
「い、いえ……私はそれ以上に辻凪君に助けて貰いましたから……」
「???」
俺はよくわからなかったが、俺の分まで仕事をやってくれた美白さんに感謝しながら自分の荷物を資料室に取りに行き、落ち着きを取り戻した美白さんと共に職員室にプリントを提出して、昇降口に向かって夕焼けに染まっている廊下を歩いているのだが……
「……」
「……」
…やっぱり近い。教室に居た時よりも近く、もうお互いの肩が触れてしまっている距離だ。
「あ、あの…美白さん?ちょっと近く無いですか…?その嫌とかでは無いんですけど…」
「…はっ!ご、ごめんなさい!私ったら…(横にいて欲しいなんて言われて…無意識に距離感が…〜っ!!!)」
そう言ってほんの少しだけ離れた美白さんは、偶然にも俺たちの靴箱も近いため、さっきと同じ距離感で靴を履き替えながら俺に言ってくる。
「…あの辻凪君。私のこの後の用事なのですが…実は私今日が誕生日で…辻凪君にプレゼントをおねだりしても良いですか?」
「え!?そうだったんですか!?…俺知らなかったとはいえ、何も今財布にお金持ってなくて…すみません!」
「い、いえ!知らなくて当然なので…それにお金のかかるおねだりじゃ無いんですよ」
そう美白さんは俺に【おねだり】とやらを求めてくる。
「そ、その…「誕生日おめでとう」って言葉と…もう少し私に対しての当たりを柔らかくして欲しいなって…ほら!私たち…と、友達…だから…」
そう少し不安が混じった上目遣いでそう言ってくる………正直めちゃくちゃ可愛いが、俺たちは友達だ。変な勘違いはしない範囲で……柔らかく、馴れ馴れしくは無い感じで…
「わかりま…いや、わかったよ美白さん。誕生日おめでとう!…まだ慣れないけど…とりあえずこんな感じで良いかな…?」
「う、うん!嬉しい!誰にも言ってなかったから同級生におめでとうって言われたのは辻凪君が初めて…………ありがとう!じゃあまたね!あ…綾人くん!」
美白さんは俺にそう言うと、足早に校門へと向かって行った。
…最後俺の名前を呼ばれた気がしたけど……流石に気のせいだよな。
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