【高峰 鈴華】編

第7話 夜の面倒事

「うわ…そういえば何にも家に残ってなかったんだった…」


 入学式のあった日の昼は勇次の家族と一緒にご飯を食べた為、夜の食事の事など何にも考えていなかった。つまり我が家の冷蔵庫内の食料事情のことを俺はすっかり忘れていた。


「…マジか、まぁ食材があっても料理は出来ないけどさ…?」


 チラリと時計を見る。時刻は20時を回ったくらいで、最近よく行くスーパーの値引きのタイミングは45分くらいから…

 この辺はあまり治安は良くないらしい。だからか俺のよく行くスーパーも早めに閉まってしまう。


「ちょっと時間あるけど…まぁこの辺の散歩がてら、少し走って行くか」


 そう決めた俺は、動きやすいジャージに着替え家を出た。



 「ホントこの辺住宅街なのに閑散としてるし、街灯も少ないなぁ…」


 動きやすいジャージに着替えた俺は、空は完全な夜ではないものの街灯がないと薄気味悪い道を走っていた。この辺りは本当に街灯も少ないし、夜出歩くには間違いなく避けたほうがいい道なのだが、スーパーへの近道ということで俺はよくここを通る。


「〜〜!〜っ?〜〜〜!!!」


「……ん?」


 大きな道の脇の道、つまる所小道から何やら男女が言い争う様な声が聞こえてくる。しかも男の方は何人もいるらしい。


 俺は少し気になったので様子を見に行くと、中心にギャルっぽいブロンドの髪の毛が美しい女性が、見るからに不良の風貌をした男達に取り囲まれている。

 その子の横には同じブロンド髪の小学生ほどの小さな女の子が、今にも泣きそうな顔をしているのが見えた。


 そして次の瞬間、横の小さな女の子が不良の一人に捕まり、リーダー格の男が気色の悪い笑みを浮かべている。そして周りの下っ端の不良たちが中心の女の子を拘束して、リーダーの男がその子へにじり寄っていく。


 ……コイツらが何をしようとしているかなんて火を見るより明らかだし、見捨てるなんて選択肢は俺の中には一切無い。


 俺はそう決意すると普段分けない前髪を分けて、その連中に向かって走り出した。



【???side】


「へっ残念だったなぁ?お前の大事な大事な妹ちゃんがピンチだぜぇ?姉ちゃん?」


「お姉ちゃん!!!」


「うるせえガキ!次騒いだら殺すぞ!!!」


 …最悪だ。こんな時間に近道とはいえ、流華を連れてこんな道に来るんじゃなかった…その結果、アタシだけならまだしも…流華にまで……


「へへへ…お前が悪いんだぜ?大人しくお前だけ俺たちとホテルについてくりゃ妹ちゃんは危なくなかったのになぁ?なんなら妹ちゃんの前で俺ら全員で輪姦まわして、妹ちゃんに性教育してやろうか?ギャハハハッ!」


「クソ野郎…!」


 そう6人程居る周りの奴らと、目の前のクズが下品に笑う。……なんでこんな事に…やっぱり男なんてどいつもコイツもクズばっかりじゃない!お父さん達とアイツ以外は…!


「さてさて?そろそろお楽しみと行きましょうかぁ姉ちゃん?安心しろよ、全員を5回以上相手にできたらちゃんと帰してやっからよぉ?おら!お前ら!!!おこぼれが欲しかったらそいつ抑えとけ!」


「くっ!?」


 囲まれていた為、アタシは一瞬で腕を取られて拘束されてしまう。クソ!コレじゃ動けないっ!


「へへ、顔だけじゃなくて胸もなかなかのもん持ってんじゃねえか…後から何人か攫って撮ったままヤっても面白そうだなぁ…」


 そんな気色悪い事を言いながら、アタシに近づいてくるクズ。…嫌だ!まだアイツにも触られた事ないのにっ!こんなヤツなんて!!!

 アタシはそこで恐怖と嫌悪が限界を迎え、無駄だと思いながらもしなかったアイツの名前を呼んで助けを求めた。


「助けてっ!こーすけぇ!!!」


「ぐあぁぁぁっ!!!」


 そうアタシが叫んだ瞬間、真横の不良が妹を離して吹き飛んで行く。

 …一体何が起こったの?

 そんな事を思っているとアタシの妹を庇うように抱き寄せ、周囲の不良を蹴り飛ばしていく男が見えた。



「なんだてめ…グハッ!」


「この野郎っ!!!ぐっ…痛ぇ…ガッ…」


 俺はまず小さな子を捕まえてる男を勢いで蹴り飛ばし、気を失ったのを見てからその子を片手で抱き寄せ、近くの不良どもの足を払いながら的確に急所に蹴りを入れて二人処理していく。


「な、何だテメェ!おいお前らやっちまえ!!!」


 そうリーダーの男が言い放つと、残りの3人が一斉にかかってくる。…流石にこの程度なら大丈夫かな。


「お、お兄さん…?」


「シッ…口は閉じててね。舌噛むからね」


 そう優しく言うと、その子は目を見開いて怖がるそぶりを見せて黙ってしまった。

 …しまった今は髪を分けてるんだったな…そりゃ怖いか…


「テメェ舐めてんじゃねえ!殺すぞ!!!」


「ふんっ!はぁっ!」


「ぐっ…がはっ…」


 そういって向かって来た一人目の足を下段蹴りで勢いを止めて転ばせ、転んだところの側頭部に蹴りを入れて黙らせる。


「死ねコラァ!!!オラオラッ!!!…痛っ?!…がっ……」


 どこから持って来たのか、鉄パイプを振り回して来た不良の攻撃をかわしていく。

 そして出て来た足を思いっきり踏みつけ、下がった顎めがけて上段蹴りを決めて気絶させて二人目。


「クソがっ!邪魔すんじゃ…痛えぇぇぇっ!!!ぐはっ……」


 そう蹴りを露骨に警戒しながらやって来た三人目を引きつけつつ、空いている右手でジャブを鼻に打ち込み、鼻の軟骨が折れて怯んだところに中段蹴りを入れて沈める。これで残りは一人だけだ。そのタイミングでちょうど月に雲がかかる。


「テメェ…ナニモンだ!」


「『クズに名乗る名前は無いな。』」


「…っ!?嘘……そのセリフ……あの時の……」


 そう言いながらも俺は立ち回りを意識していたので、俺の背中にさっきの女性がいる形になっている。…なんか俺の事を見て驚いてるみたいだけど、流石に放心状態で人質に取られるとマズイしな。


「そうかよ…じゃあ死ねや!!!」


「っ?!」


 俺は咄嗟に受けずにかわした。奴の右手には月光で鈍く光る物が握られている。…まさかナイフまで出して来るなんてな…


「くっ!?」


「ほらほらどうしたぁ!!!反撃してみろ!!!」


 そう言いながら俺に向かってナイフを振り回しながら迫って来るリーダーの男。…小脇に少女を抱えたままだから、変に受けると俺はどうでもいいがこの子が危ない!

 …賭けるしかない!コイツのクズさに!


 そう思った俺は、少女を地面に優しく置く。そして置く時にワザと背中を見せ、奴に狙わせる様に誘導する。

 すると奴は気色の悪い笑みを浮かべながら俺の背中を狙って来た。


「へっ!見えたぜぇ!テメェの弱点をよぉ!!!」


「それは読めてんだよっ!……つっ…!おらあ!!!」


「ぎゃあああああっ!!!」


 奴が俺の背中を狙って突き出して来たナイフを、俺はすぐに振り返ってから左手で掴み、ナイフを強引に奪い取る。

 そして奴が向かってきた速度と振り返る勢いを利用して、顔面に全力の右ストレートをカウンターでブチ込む。


 するとヤツの歯の折れる気持ちの悪い感触と、爽快感が同時に湧いて来る。


 俺の左手には猛烈な痛みと熱さが、血とともに体から出て来ているが…こりゃ暫く治らなそうだな…


 そんなことは気にせずに俺は吹き飛んでいったヤツの髪を掴み、しゃがんで顔を突き合わせる。


「おい」


「ひぃっ…!」


「その制服…◇◯高校の制服だな?もう顔も覚えた、次こんなことしてるの見かけたら…今度はその性根ごと殺してやるからな?わかったな?」


「は、はひっ!ずびまぜんでじだ!!!」


「おら、仲間連れてとっとと行け」


「は、はいぃ!行きます!今すぐにぃ!!!」


 そう月明かりに照らされた俺の顔を初めて見たリーダーの男は、痛みと恐怖で涙を流しながら仲間と共に体を引きずって何処かへ消えていった。

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