ヒロインの心情【卒業式と世界の別れ】side:高峰鈴華

「ほら鈴華!そろそろ出ないと、遅刻するわよ!」


「わかってるよ〜!あ〜髪がまとまんない〜!」


「お姉ちゃん後ろの髪跳ねてるよ〜」


「えっ?!嘘!!!」


 アタシは卒業式の朝、洗面所で髪の毛と悪戦苦闘しながら準備していた。と言うのも昨日の気合いが空回りしてしまったのか、なかなか寝付けずに朝を迎えてしまったからだ。

 本当ならもう少し早く起きて可愛くしていく予定だったけど、気がついたらもう少しで家を出ないとまずい時間になっていた。


「お母さんどう?!アタシかわいい?!」


「うんうん♪うちの娘は世界一可愛いわよ!」


 洗面所から飛び出してきたアタシを見て、お母さんは笑顔でそう言ってくれる。


 今までのアタシは、いつも腰までまっすぐに伸ばしたストレートだったけど、今日は持ち前の長いブロンドの髪にふわっとウェーブを効かせて片耳を出し、普段はしない薄っすらとナチュラルメイクを施して気合いを入れていた。


 ……こんな誰かのためにオシャレをするなんて、二年前の今の時期のアタシは想像もしてなかった光景だなって…


「ほら時間無いんでしょう?早く行きなさいな、後からみんなで行くからね」


「気をつけて行ってきなさい。お父さんも気合い入れて写真撮るからな!」


「また後でね!お姉ちゃん!」


 そう言って送り出してくれる家族に、アタシは出そうになる涙を堪えながら仏壇の前で手を合わせる。


「行ってくるね、…色々心配かけてごめんね…アタシはもう大丈夫だから…」


 そうパパの写真の前で言ってからアタシは「行ってきます!」と家を出た。


 家を出たアタシは電車に乗っている間に、さっきお父さんに撮ってもらった写真をこーすけに送った。写真の中には今日普段よりもオシャレに気を使って、可愛くなった制服姿のアタシの姿があった。


 気まぐれにパジャマ姿とか私服姿の写真を送ったりして、揶揄っていたからか最初の頃はウブな反応が返って来ていたのに、最近は『今日の服はここがこんな感じで高峰に似合ってる』って感じで、どストレートな褒め言葉が送られて来る。


 最初こそ揶揄って赤くなってるこーすけを想像しながら笑って楽しんでたのに、最近は偶にこーすけから送られてくる『可愛い』が見たくて、送った後のコメントを見てアタシが顔を赤くしながら喜ぶと言う風に、最初の頃から趣旨が変わってしまった……ホントにアイツめ…こーすけのクセに生意気なんだから………♪


 そんな風にこーすけから送られて来ていた過去のコメントを思い出し、普段こーすけ以外の男の人がいる前では無表情なアタシだけど、携帯を胸に当ててアタシは無意識に表情を緩ませ「えへへ…」と幸せそうな笑顔を浮かべていた。


『次は〜◯◯駅〜◯◯駅〜右側のドアが開きますのでご注意ください〜』


 高校の最寄り駅に着いたアタシが電車から降りるとき、笑顔を浮かべていたアタシを見てか、周囲の男たちがアタシを見て顔を赤くして見惚れていたが、幸せな気分からか普段の様な気持ち悪さは感じなかった。

 電車を降りる時に携帯をしまおうとすると、こーすけからの返信が目に着いた。


『いいじゃん、鈴華に似合ってる』


(あれ?なんかいつもより素っ気ないな…)


 いつもより返事が素っ気なく感じたけれど、今の時間はこーすけも忙しいよねと思う事にしてアタシは高校へと急いだ。



 いつものように表情を引き締めながら、通学路であった友達と一緒に昇降口に向かって歩いていく。そんな道中に…下心のある視線を隠しもせずに男たちがアタシに声をかけてくる。


「高峰さん!卒業式の後…」「興味ない」

「た…高峰先輩!この後話が…」「ごめんなさい、この後予定があるの」

「高峰、俺と付き合えよ?な?」「無理」


(はぁ…どいつもこいつも……せめて視線をアタシの目にあわせなさいよ…胸とか足とかに目がいってるのバレバレなのよ…これだから男は…)


 勿論さっきの二人目の子みたいに、ちゃんと目を見て話してくれる人もいる。だから最低限そういう人には丁寧にお断りするんだけどね。

 二人目の子には申し訳ないけど、アタシが好きなのは……一人しかいないから。


「はぁ…疲れる……」


「鈴華も相変わらずだね〜流石氷の女!男に興味ない所もキレッキレだね!」


「やめてよ、そう言うのじゃないんだから」


「そうよ〜鈴華には好きな人がちゃんといるんだから」


「え?!それホント???鈴華に?!」


「ちょ、ちょっと!なんで知って…!?」


「そりゃ〜私にはバレるわよ〜鈴華がよくちょっかいかけにいってる男の子がいるじゃん」


 …まさか見られてたなんて…人気のない所でしか今までしてなかったのに…


「誰?!鈴華誰なの?!」


「し、知らない!アタシもう行くから!」


 そういってアタシは友人達を置いて先に教室へと向かった。



 教室について荷物を置いた後、友人にバレてしまったので開き直って、人目を気にせずにこーすけに会いに行く事にしたアタシは、隣の教室にたどり着きこーすけの席に向かって歩き進める。アタシは近くの女子に話しかけているこーすけの後ろから、笑顔で話しかける。


「よっ!こーすけ!おはよっ」


 そう声をかけたアタシは振り返ったこーすけにすぐに違和感を感じた。普段なら絶対にこーすけがしないような、アタシの嫌いな身体を舐め回すようなゲスの目……コイツは一体…?


「へへ…おはよう俺の鈴華」


「…どうしたのアンタ、頭でも打っておかしくなった?それとも何かの冗談?」


「いつも通りだろ?それよりもよ鈴華、へへ…卒業式の後よ…一緒に繁華街に出掛けないか?お前俺の事好きなんだろ?」


 …目の前にいるコイツは一体何をいってるんだろう?見た目はこーすけなのに、中身がような…

 実際にそんな事は現実的にはありえないんだけど…でも。アタシが好きなこーすけは、コイツみたいな気持ち悪いやつなんかじゃないとアタシの心が強くいっている。そしてアタシもそう思う。

 コイツの見た目は一緒だけど、こーすけじゃない!


「アンタ誰?こーすけは?ってか気持ち悪い視線やめてくんない?不愉快だから」


「はぁ?何いってんだ!俺がお前の好きな草薙康介だろうが!」


「嫌違う、アタシが知ってるこーすけは冗談でもそんな事言わない。アイツは相手のことを一番に考えて言動に人一倍気を遣える、底なしのお人好し。それがこーすけなの。アンタみたいな欲望丸出しのキモい奴じゃないんだよ!」


 目の前の好きな人の皮を被った気持ち悪い奴が、アタシの好きな人を自称しているのが許せなくて、アタシは吐き捨てるようにそう言った。


「アンタさ…双子の弟とかなの?…いやそれにしてもアンタなんかとこーすけは似ても似つかないわよね。アタシはに会いに来たワケ、アンタなんかに用はないの」


 そう言ってアタシはもうコイツを視界に入れたくなくて、教室を後にした。


(何処?何処行ったのよ……こーすけ……あんなヤツじゃない、アタシが好きなこーすけは…?)


 アイツから離れた後、小走りで教室を離れて行くうちにアタシの中に、今までなかった焦燥感や喪失感が強くなっていく。


 まるでこーすけがアタシの前から消えて無くなってしまったかのような…そんな気持ちに支配されて、アタシの呼吸が荒くなって行くのを感じる。


(ヤダ…ヤダよ……こーすけ……アタシのことを置いて何処かに行かないで……!)


 何故だかわからなかったけど、アタシの中にそんな気持ちが積もって行く。

 そんな気持ちのアタシは、向こうの方から聞こえる誰かの悲鳴と、こーすけに似た誰かの怒号だけが頭に虚しく響いていた…



 あの後アタシは気持ちが沈みきったまま卒業式に出た。友人達の前では笑顔で取り繕って写真を撮ったりしていたが、校門で家族と合流した後は何処からともなく涙が溢れ出し、お母さんの胸の中でわんわんと泣いてしまった。


 流華には「…フラれたの?康介兄さんに…」と聞かれてアタシは首を振った。こんな事を行っても信じて貰えないと思ったが、こーすけがいなくなったとアタシは繰り返してそう言った。

 勿論全ての事は分からなかっただろうに、流華は「……なんとなくお姉ちゃんの言いたい事、流華わかるよ。康介お兄さんの暖かい感じがない気がするもん」と背中を撫でてくれた。


 お父さんもお母さんも何が何か分からなかっただろうに、ただ静かにアタシのことを撫でてくれた…

 そこからの記憶はほとんどなくて、夜になっている外を窓から眺め、アタシは家族に「…今日はもう寝るね、心配かけてごめん」と言った後布団の上に静かに横になって、何処からくるのか分からない孤独感と共に目を閉じた…





『目を覚ましてくれ、高峰くん…』


 そんな声が頭に響いて、アタシは引っ張られるように体を起こす。


「え…?何?ココ…」


 アタシが目を覚ますと、辺り一帯が霧に包まれていて目の前には白い球が浮かんでる…


『ここは世界の狭間…君の世界と彼の世界を繋いでいる道のようなところさ』


「彼…?」


『君も今すぐに理解する必要はない。さて時間も限られていることだし本題に入ろう、君は…今日好きな人がおかしいとは思わなかったかい?』


 この球が何を言っているのか分からなかったアタシは、考えるのをやめて球が言っている事に答える事にした。


「こーすけが…今日急におかしくなって……アタシの知ってるこーすけが消えてしまったような…そんな気がしました…」


『うむ、君の思っている通りの事が彼の身には起こっているのだ…そこでひとつ聞きたい。君は…彼の元に行きたいかい?』


「っ!?も、勿論!!こーすけに会えるなら!アタシは何処にだって行きたい!!!」


『彼の元に行ったら、元いた世界での記憶を一部消去され、いま話していることを含めてわからなくなり、元いた世界に二度と戻れなくなってしまうとしてもかな?安心したまえ家族は一緒に連れて行けるとも…亡くなったお父さんのお仏壇も一緒にね』


 それを聞いて行かないという選択肢はアタシの中には無かった。


「行きます!アタシはこのままこーすけが居ない世界なんて嫌だ!諦めたくないんだもん!!」


『…そうかその決意が君からも聞けてよかった、では君は二人目として彼の世界へ送ろう。君がその心を強く持っていれば、再び彼と巡り会えるだろう…』


 球がそういうと、あたりの霧が濃くなって行く。


『では君も行ってきなさい。高峰鈴華君…彼を救ってあげてくれ…』


 そう頭に聞こえた後、アタシは意識を失った。もうアタシの目の前からいなくならないで欲しいと強く思いながら……

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