ヒロインの心情【卒業式と世界の別れ】side:美白璃奈

「いってきまーす!」


「あぁ、気をつけていってきなさい。父さん達も後から行くからな」


「ヘアセットも上手くいってるし、メイクもバッチリだよ姉ちゃん。頑張って!」


「うん♪ありがとう玄也、お父さんも…また後でね!」


 そう言って普段より気合の入れた格好をしている私は、家を出て通学路を歩き始めました。するとやはりいつも以上にお洒落をしているからか、道を行く老若男女問わずいつもより多い視線を感じます…

 悪意のある視線では無いにしても、見られると言う事には全然慣れませんが…この後には康介君を賭けた一世一代の大勝負が待っているんです!こんな事でへこたれてなんていられません!


 「ふんすっ!」と気合を入れつつ、そう思いながら通学路を歩いていると『璃奈〜おはよ〜!』『璃奈ちゃんおはよう!今日卒業だね!』と友人達が声をかけてくれました。

 私も二人に挨拶を返し、『璃奈ちゃん気合い入ってるね!めちゃくちゃ可愛いよ!』『それ思った!普段もカワイイけどなんて言うか…オーラが違うよね!』と友人達が褒めてくれました。「ありがとうございます。二人も似合ってますよ」と笑顔で二人に返しつつ、歩きながらさり気なく周囲を見渡します。


(康介くんは…いないみたいですね…少し残念です)


 通学路に康介君はおらず、私は少し残念に思いながら昇降口に向かう事にしました。昇降口に着くと、いつも通り私を囲む様に人だかりができ、それを友人達が道を作る様に先導してくれています…二人とは進路が違いますから会うことは少なくなるのが残念ですね。


(?)


 ふと人だかりの奥に私は求めていた人の背中を見つけた様な気がした私は、友人達に道を作って貰った後スマートフォンを操作しながら歩いているの背中に声をかけようとしました。

 ですが話しかけようとした瞬間、少し違和感を感じて私は声をかけるのをやめてしまいました。


(なんでしょう…この違和感……この嫌な感じは…?)


 間違いなくその後ろ姿は【草薙康介】君で間違い無いはずなのですが…私の心がまるでだと言っている様で、好感しかなかった彼なのに今は寧ろ嫌悪感を感じる様な気がしました。


 一体どういうことなのかわからなくなった私は、彼と一定以上の距離を取って後から来た友人達と一緒に教室に入る事にしました。



 あれから少し遠くから観察しましたが、やはり彼は別人の様に性格が変わっていました。今までであれば康介君はどこか一歩引いて、有事の時以外は静かにクラスにいる感じの方でしたが、今は周りの女子生徒に手当たり次第声をかけているみたいです…


 先ほども確か……隣のクラスの高峰さんでしたでしょうか、彼女が康介君に話しかけている所を見ていました。…目に見えてお洒落をしている彼女は声をかけるまではとても楽しそうな笑顔でしたのに、彼に話しかけて二言三言言葉を交わした後


『アンタ誰?こーすけは?ってか気持ち悪い視線やめてくんない?不愉快だから』


 と言い残して教室から出て行かれました。……彼女も何故か違和感を感じた様ですね…


 その後、怒った様な顔をした彼が高峰さんを追いかけて廊下に行ったのを、私はそっと追いかけました。彼女を追っていた彼が見つけたのは……あの方は桃月さんでしたね。少し髪型が普段と違う様ですが、高峰さんと一緒で有名な方ですから…


 高峰さんを追っていた彼でしたが、桃月さんを見つけるとその後ろ姿に大声で『よう茜!元気か?』と桃月さんの肩に手を置いて馴れ馴れしくしていました。

 …おかしいですね…桃月さんと特定の男子が仲がいいと言う話は全く効きませんし、そもそも桃月さんが軽度の男性恐怖症というお話は全学年で有名な話。


 それを彼が知っていない筈も無いし、そもそも康介君であれば例えそうで無いにしても、自分から声をかけるときは何か重要な事があるときだけで、あんなに軽薄な態度は取らない筈です…


 桃月さんも最初はただ驚いた様な雰囲気でしたが、彼と顔を合わせた瞬間恐怖で顔を引きつらせ


『あ…あの……だ、誰ですか?ウチが知ってる…く、草薙君じゃ…ないですよね…』


 と声を震わせながら怯えた様に言っています。そんな彼女を見過ごす訳にはいかないと私は助けに入ろうとしましたが、私が入る前に桃月さんのご友人が間に入り何か言い合いをしています…


 話し合いは終始険悪で、怯えた桃月さんに寄り添う様にお二人はその場を去っていこうとした所に彼が近寄った瞬間、桃月さんの友人に鋭い蹴りを入れられその場にうずくまってしまいました。


 そんな彼を周囲は嘲りと侮蔑の表情で見ており、私は彼が誰なのかはわかりませんが【草薙康介】君の見た目である以上、無視も出来ず彼に声をかけてしまいました。


「あの……大丈夫ですか…?」


「クソが!なんなんだよって…あぁん?!なに見てんだおま…なんだ璃奈かよ、驚かせんじゃねえよ」


 そう彼は『ふへへ』と気味の悪い笑いを漏らしながら彼は立ち上がりました。

 …私は彼にずっとそう呼んで欲しかった筈なのですが、目の前の康介君に似た誰かが呼んだ私の名前に、心の底から酷く「気持ち悪い」と言う感情しか浮かびませんでした。


「鈴華も茜もそうだけどよォ…ふへへっ俺のためにいつもしてなかったそんなオシャレしてんだろ?安心しろよ、全員この俺がたっぷり可愛がってやるからよ」


 今も私の顔と胸と腰辺りを舐め回す様に視姦し、気持ちの悪い笑顔を浮かべている彼は、私の知っている康介君と全くの別人であると断定するには十分すぎました。


「なぁ璃奈、卒業式の後だけどよ…」


「すみません、どちら様でしょうか?私はあなたに名前を呼ばれるほど親しくはないと思うのですが。それにその不快な視線やめて頂けますか?気分が悪いので、では失礼いたします」


「なっ?!」


 私も自分で驚くほど冷たく低い声が出たと思いながら、彼に背中を向けてその場を去ろうとすると『キャーッ!!美白さん!』と言う声が聞こえ、振り返ると


「舐めてんじゃねえぞテメェ!!!」


 と憤怒の表情をした彼が、私めがけ拳を振り上げて走ってくるところでした。次の瞬間、担任の元部先生が『何やってんだ!草薙!!!』と一瞬にして押さえ込み、周りにいた先生たちも参加し、辺りは騒然となりました。



 その後私たちの卒業式は滞りなく行われ、彼は卒業式に出る事は出来ずに生徒指導室に連れて行かれました。

 私は卒業式の後お父さんと玄也に合流し、事の顛末を話しました。お父さんと玄也は


「…儂相手にしっかりとした信念を持ち、面と向かって立ち向かってきたあの草薙君がそんな人間だとは思えん。何があったかはわからんが、少なくとも儂が知っている康介君ではないだろう」


「あの康介さんが?!…信じられないけど姉ちゃんがここにいるって事は、事実なんだよね…一体何が…」


 と二人とも驚いている様でした。かく言う私も今だに信じられず、何度か連絡を入れようと思いましたが気味の悪い彼を思い出し、そっと携帯の電源を切りました。




 そんな感じで、卒業したのにも関わらず悲しみや感動といった感情よりも困惑が勝ち、気がつけば夕飯を終えた後の夜でした。


「璃奈、今日は少し色々あったからな…ゆっくり部屋で休んで、明日改めて草薙君に連絡して見なさい。じゃあねお休み」


「うん…おやすみお父さん……」


 そういってお父さんは私の寝室を静かに出て行きました。

 …一体康介君はどうしてしまったんだろう…そんなスッキリしない気持ちの中、私はベッドに入る事にしました。


「とりあえず今日は寝て、明日康介君に連絡して見ましょう…」


 そう言って私は眠りにつきました……





『起きてくれ美白君』


 何処からか声が聞こえる…聞いたこともない様な不思議な声だ…そんな声に導かれる様に私は目を覚ます。


「え?何処?ここ…」


 一面真っ白の煙に包まれた様なところに私と白い球体が浮いており、その不思議な球体が私に話しかけてくる。


『ここは世界の狭間、君の世界と彼の世界を繋ぐ道の様なところさ』


「世界の…狭間…?」


『今すぐに理解する必要はないよ。さて時間も限られていることだし本題に入ろう、君は…今日好きな人がおかしいとは思わなかったかい?』


 驚いた、球体が話すだけでも不思議なのに康介君のことも知っている様だ。


「なんでそれを…と言うか何か知ってるんですか?!知っているなら教えてください!!!」


『落ち着きたまえ、君は…彼の元に行きたいかい?』


「勿論です!彼にあって伝えたいことが沢山あるんです!!!」


『彼の元に行ったら、元いた世界での記憶を一部消去され、いま話していることを含めてわからなくなり、元いた世界に二度と戻れなくなってしまうとしてもかな?…あぁ、安心したまえ家族は一緒に連れて行けるとも』


 そう言われて家族のことで一瞬迷いましたが、それを聞いて私は決断しました。


「勿論です!彼の元に行けるなら…!」


『…そうか、では君を一人目として彼の世界へ送ろう。君がその心を強く持っていれば、再び彼と巡り会えるだろう…』


 そう球体が言うと、周囲が更に煙で包まれる。


『では行ってきなさい。美白璃奈君…どうか彼を見つけてあげてくれ…』


 そう言われた瞬間に私の意識は薄れて行き……心の中には康介君を求める強い意志が残っていた。

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