夢の終わりは突然に…②

あのあと走り出した俺は急いで校門にたどり着く。

 高峰は嫌でも人の目を惹きつけるからな、俺みたいな日陰者の人種にはたとえ夢であっても注目されるのは辛いものがある。まぁ年単位での経験だし、少しは慣れたけどな…


 そんなことを思いながら校舎に入ろうとすると昇降口の方が騒がしい。…この光景も慣れたものだなと思いながら顔を向ける。


『お、お、!!!おはようございます!美白さん!!!』

『美白先輩!卒業式の後少し宜しいですか?!』

『はぁ〜美白先輩もやっぱり卒業しちゃうんですか〜?』

『美白さん!カバンお持ちしましょうか?!』

『美白さん!おはよう!』

『センパーイ!!』


 おーおーやっぱり卒業式の前日って事もあって、普段の三割り増しくらいの人間に囲まれているのは聖女のような微笑みを浮かべた【三大美女】の美白璃奈だ。


「皆さんおはようございます。すみません、少し時間が押しているので…退いていただけますか?」


 と美白が言えばいつもなら蜘蛛の子を散らすように去って行くのだが普段より人が多く声が通りにくいせいか、はたまた卒業式が近いせいかしつこく話しかける人間が多いようだ。

 現に今も美白が困ったような笑みを浮かべているのだが、誰一人として気がついていないようだ。そう見ていると美白と目がぱちっと合ってしまった。


(仕方ねえな…)


 ここで友人が困っているところを見過ごすのも何だか気分が悪いため、俺はカバンの中に入れっぱなしだったで使用した、改造して少し音を大きくした防犯ブザーの存在を思い出してスイッチを入れた。


 ビィィィィィイィ!!!!!!!!


 けたたましい音と共に入り口にいた奴らが一斉にこちらを向いた。何だ何だとざわつき始めた直後に予鈴が校内に響き渡る。


 俺はそいつらを無視して横を通り抜け、靴を履き替え教室に向かって歩いて行く。…正直こんなことをするタイプじゃないんだけどな、こんな事をして注目されるのが苦手なことに変わりはない。

 が、元から評価がゼロの俺が今更『何だこいつ』みたいな目で見られても何も失うものはない。俺が変な目で見られる位で困っている友人を助けられるなら安いものだ。


 しかもどうせ明日で卒業だ。ここの連中とはもう会う事もない…いや卒業してからも夢が続くのなら分からんが。


「はぁ…はぁ…待ってください!草薙くん!」


 そう思って廊下を歩いていると少し走ってきたのか、軽く息を切らせて後ろから美白が声をかけてきた。


「おう、おはよう。それでどうしたんだ?美白」


「はいおはようございます…あの、また私のこと助けてくれましたよね…?」


「…何の事か分かんないな」


「嘘ばっかり。私と目が合った後に鳴りましたよね?その防犯ブザー」


「あれは美白を助けたんじゃないさ。俺が校舎に入れなかったからだ、俺のために鳴らしたんだよ。だからたまたまだ」


 美白はああ言った悪気が無い連中に強気に出れないところがあるからな。あんな時は俺みたいな空気の読めない人間がやったらいいんだよ。


「もう…君はいつもそうやって……でもそういうことにしておくわ、ありがとう。草薙くんのおかげで助かったのは事実だしね♪」


 そういってサイドに流した、まるで極上の天鵞絨の様に柔らかでツヤのある髪を少し耳にかき上げながら、美白は天女の様な微笑みと共に俺を見ていた。


「た、たまたまだっての…そんで?それだけか?もうそろそろ急がねえと遅刻しちゃうぞ?」


「う、うん…あのね?く、草薙くん……卒業式の後って時間あったりするかな…?」


「?まぁあるけど…なんか用があるのか?」


「う、うん!大事なことで…聞いてくれると嬉しいかなって…だめ…かな?」


 そう言いながら頬を上気させて可愛らしく上目遣いをしながら、とろける様に弱々しくも覚悟の決まった口調でそう尋ねてくる美白。


 告白の前の様な雰囲気に勘違いしそうになるが、あくまで俺たちは友人の関係。それ以上の勘違いはしない。そう絶対に…


 …それにしてもそんな顔されたら断れないじゃ無いか。そりゃ元々断る気は無かったけどさ…まぁ最後に話したい事でもあるんだろう。何となくだが他の二人を含め、このまま卒業してしまうともう会えなくなる様な気がするしな…


「いや全然構わないぞ。卒業式の後でいいんだよな?」


「は、はいっ!(よ、よかったぁ)……こほん…ば、場所は中庭の樹の下で待ってます!それじゃあ……きゃあっ!?」

『わぁっ?!』


「お、おいっ?!」


 そう言って階段を急いで登って行ったせいか、前にいた友人と話しながら歩いていた女子生徒に美白がぶつかってしまい、その拍子に美白が弾かれる形で階段の上から落ちて来た。


「間に合えっ!!!」


 咄嗟に動いたせいで漫画の様に格好良く助けるのではなく、俺の体で美白を受け止めるというダサい下敷きの様な形になってしまったが、俺は何とか美白を助ける事が出来た。その拍子に腰を打ってしまったが、俺の事よりも美白だ。


「大丈夫か?!美白!怪我はないか?!」


「う、うん大丈夫……」


「ホントか?!嘘ついてないか!?ちょっとでもその綺麗な顔とかに傷でもついたら大変だぞ?!」


「き!?っっ〜〜〜!?!?」


 その後ぶつかった女子生徒が『すみませんでした!』と謝りに来て、美白は真っ赤になりながらも「こ、こちらこそ不注意でした…すみません」と本人同士で謝り合って今回の事故は解決した。

 美白も相手の女子生徒も怪我は無いというが、俺は万が一を考慮して二人共保健室に連れていってから教室に向かう事にした。


「あ、あのっ!草薙くん…す……(コホン)いえ…その、本当に……本当にありがとうございましたっ!」


 保健室から出る時に美白にそうお礼を言われたが、俺としては格好がつかない助け方になってしまったし、こんな当たり前のことでお礼を言われても少し気恥ずかしいので、俺は美白と目線は合わせずに「大きい怪我になるかもしれないから、卒業してからも気をつけて階段登れよ」と言い残してその場を後にした。


 保健室を後にした直後、本鈴が鳴り響く。


「結局遅刻確定じゃん…」


 と友人を守れた満足感からか、気分は悪くなく清々しい気持ちで俺は教室へと向かった。






「私は君が好き…君しか見えないの……だから卒業式の後に告白しようと思ってたのに……今すぐ言いそうになるくらいずっとカッコイイなんて…ズルいよ……康介くん………」


 そう誰が見ても恋する乙女の様な、恍惚とした表情を浮かべたもう一人の女の子もそう小さく呟いた。

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