とても長い夢のお話 三人目 桃月茜②
「はい、草薙くんお待たせ。ウチ特製の焼肉定食だよっ」
ニッコリとした可愛らしい笑顔でそう言って、茜ちゃんが作ってくれた焼肉定食が目の前にやって来る。
「おぉ!相変わらず美味しそうだなぁ!さすが茜ちゃん!」
目の前にやって来たお盆の上には大盛りの白米に豆腐とワカメのお味噌汁、数切れのたくあんに中央にはドドン!と千切りキャベツとミニトマト、切ったキュウリが添えられた色鮮やかなミニサラダの上に、脂の乗った大きな焼肉が甘辛いタレとともに良い匂いを漂わせ食欲を大きく刺激して来る。
我慢の限界を迎えた俺は「いただきます!」と手を合わせ急いで食事を始める。
「そんなに急いで食べなくても良いのに…ウチは草薙くんが食べ終わるまでどこにも行かないよ?」
と、当たり前のように茜ちゃんは俺の席の横に座る。
だってほらね?お店の従業員の時間を俺が奪ってるようなもんだし、何より毎回お店に来る度に茜ちゃんが隣に座って、俺が食べ終わるまで待ってくれるもんだから常連さんからの嫉妬の視線が痛いんだよ…
何故か瞳さんが昔に『茜、康介君がいる時は前とか隣に座って過ごす事を何よりも優先してやりなさい。その時間はどんなに忙しくてもお母さんたちがなんとかするから!頑張って!!!』って茜ちゃんに言ってたんだよな…なんでなのか未だに分かんないけど。
なので俺は昔一度だけ早めに完食し、茜ちゃんの拘束時間を短めにしようとした事があるのだが、真冬の吹雪のように冷たい目で睨まれた事があったので普通の速度で食べることにしたんだよね。…あれは怖かったホントに
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした。それでどうだった!?ウチが今回メイン作ったんだけど!」
綺麗な二つに結ばれている髪がぴょこぴょこと跳ねている。…全くもって慎ましく無い胸もプルンプルンと………気にしちゃダメだな、うん。
とにかく感想を伝えようとなんとか口を開く。
「そうなのか?!賢将さんが作ったのと変わらないと思ったぞ?!すごいな!」
「えへへ〜草薙くんに褒められるなんて嬉しいな〜」
でへへ〜と満面の笑みで溶けている可愛い生き物が横にいる…天使かな?
それはそうと、いや本当にびっくりだ…賢将さんが食材の準備をしていたのは知ってるけど、まさか茜ちゃんが全部作ってたとは……これは将来いいお嫁さんになりそうだなぁ…茜ちゃんと結婚出来るなんてどんなイケメンかは分かんないけど。
心なしか賢将さんが嬉しそうな、悲しそうな感じのよくわからない顔をしてるような気がするなあ。
「そりゃ〜いっぱいの愛が詰まってるもんねぇ?茜?」
「お!お母さん!草薙くんに変な事言わないで!!!これは……そう!あの時の事でのウチからのお礼だから!!!ほ、ほんとだよ?草薙くん!お母さんが勝手に言ってるだけだからねっ?!」
そう言って戻って来た瞳さんに真っ赤になりながら早口で捲し立てる茜ちゃん。
…そんな事は分かっちゃいるけど、無意識だとはいえ涙目の上目遣いで見つめて来る美少女の破壊力ときたら……ねぇ?
「わ、わかってるよ茜ちゃん。お礼とはいえ、いっつも俺のためにありがとね」
「〜〜〜っ!?き、気にしないで…ほんとに……(将来は当たり前のことになると思う…し…)」
「(無自覚性格イケメンの女たらし要素あり…か、この手のタイプは手強いわよ?茜…)」
笑顔でお礼を言っただけで何故か真っ赤になってる茜ちゃんと俺を見て、瞳さんが「タイプはちょっと違うけど、昔のお父さんを思い出すわ〜」と言いながら厨房へ戻って言った。
しかも親子揃ってボソボソ言われてるし…俺が知らないだけで桃月家に限らず、女性の間でブーム的な何かがあるんだろうか…謎だ。
「じ、じゃあもうこれ片付けちゃうね!」
そう言って俺が食べた後のお盆を持って厨房に下がって行こうとする茜ちゃんに、常連のお客さんが『茜ちゃん!今日も未来の旦那さんの為に花嫁修行かい?』と言われた瞬間に『ひゃんっ?!』と動揺した茜ちゃんがバランスを崩して倒れかける。
「…っ!!」
咄嗟に体が動き、転ぶ前に茜ちゃんを支える事に成功する。
「あ、危ねぇ…大丈夫?茜ちゃん」
「ひゃ…ひゃい……らいじょーぶでしゅ…」
プシューと頭から湯気が出ている茜ちゃんを駆け寄って来た瞳さんに預け、俺は会計を済ませる事にした。
「この子の危ないところをありがとうね、康介君」
「いえいえ、当然の事ですよ」
「それでもよ。この子の為に動いてくれたのには変わりないんだからっ。じゃあお会計は…助けてくれたお礼に100円割引しとくわね!」
そう言ってくれた瞳さんに対して悪いですと言ったのだが、瞳さんがどうしてもと言うので、ありがたく厚意に甘える事にして『ご馳走様でした』と言って店を出た。
店を出た後にお店の中から瞳さんが常連さんに向かって『もぉ!今はうちの娘がこの子なりのアピールで必死に頑張ってるんだから!冷やかさないでよね!』と常連さんに軽く怒っている声が聞こえる。
一体何の話かわからないまま俺は帰宅する事にした。
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