とても長い夢のお話 三人目 桃月茜①
あの後走って帰った俺はシャワーを浴びた後、ソファーでゴロゴロしているうちに今日母さん達が出張に行っていて、帰ってこない為うちに晩飯を作ってくれる人がいない事を思い出した。
夢の世界の俺の家族は両親ともに共働きで、仕事柄一週間に半分会えれば良いところと言う感じの生活を送っている。兄弟もいないので現実と比べれば寧ろ心が休まる為さみしいと思う事は少ない。
「俺料理スキルはこっちでも全く高くないんだよなぁ…せめて夢の中くらい料理スキル高くしてくれたって良いと思うんだが?そりゃちょっとは教えてもらったからマシにはなったけど…まぁそんな事はいいとして、母さんなんか作っておいてくれてるかな」
「夢の中でも俺のスペックは上がらねえのかよ!」と、そんな事をグチグチと現実の世界でも全くと言って良いほどできない料理と、自身のスペックへの愚痴を垂れ流す。
キッチンに行って冷蔵庫を開いて見るが、中は非情な氷河期を連想させるかの如く閑散とした、夏にしか需要の無さそうな冷気を吐くだけの空間と、缶に入った酒が数本あるだけだった。
「いや酒しか入ってねえじゃねえか…はぁ…今の時間はっと」
壁にかけてある時計を見ると18時半を回ったところだった。
「ちょうど飯時だし、あそこに食いに行くか〜」
パッと服を着替えて戸締りをしてから家を出る。俺はとある場所を目指して歩いて行く。ものの5分ほど歩いた所で目的地の扉を開けて中に入る。
「いらっしゃい!あらっ!康介君じゃない〜久し振りね〜」
「お久しぶりです、瞳さん。賢将さんも」
ここは【桃月食堂】俺の家の近くにある定食屋さんで、近所の人たちで賑わう人気のお店だ。今日も夕飯時だからか、常連さんが多くいて賑わっているようだ。
そしていま話しかけてきた明るい女性は
長い茶髪を後ろに縛り、エプロンと三角巾を身につけている。とても二児の母とは思えない美貌を保っている。見た目は20代後半と言ってもいいほどに美しい容姿は、まさに美魔女と呼ぶにふさわしい。瞳さんを見るために通っている常連さんもいると聞いた事があるな。
そして奥で調理している割烹着を身につけた切れ長の目と短髪に揃えた黒い髪、多くはないが強面のその顔についているシワがまさに仕事人という雰囲気を醸し出している40代後半ほどの男性が、
この店の料理人さんで、口数は少ないがその分行動で示すような、まさに職人と言った人である。二人は夫婦で、夫婦仲はめちゃくちゃ良いと近所でも評判になるほどお二人は仲が良い。
料理の出来ない俺はたまに行くくらいだったが、あの時は毎日みたいに通ってたっけ。
「ホントよ〜二週間も顔出さないんだもの〜お父さんと心配してたのよ〜?ねぇお父さん?」
「………あぁ」
「もー!相変わらず口数が少ないんだから〜!ごめんねぇ?康介くん。」
「いえいえ、賢将さんがいい人なのは知ってますから」
「ホントいい男の子!(うちの娘も中々見る目あるじゃない…)」
「え?何か言いました?」
「ううん、気にしないで!さっ席に座って頂戴!いつもの焼肉定食でいいかしら?」
「はい!お願いします」
そう言って瞳さんに席に案内され、瞳さんからのアイコンタクトで賢将さんが料理を作り始めてくれる。これが通じ合うって事なのか…
「康介君ちょっと待っててね。あかね〜?あかね〜!康介君がきたわよ〜!」
そう瞳さんが上の部屋に声をかけてから、何かを倒す様な物音がして、少し経ってから階段を降りて一人の美少女が現れた。
「く、草薙くんっ…いらっしゃい、ごめんね?ウチ今日は休みだったからお出迎えできなくて」
「いやいや、最近来てなかったからさ。急に来た俺が悪いよ」
そういって焦ったように二階から降りて来たこの女の子は
長いまつげに目は大きくクリッとしており、シミ一つ無いあどけなさが残った小さな顔にすらっと通った鼻筋。
高いとは言えない身長に瞳さん譲りの綺麗に澄んだ茶髪の前髪を右に流し、クリップで止めて絹のようにツヤのあるサラッとした髪をツーサイドアップで纏めている。
見ているだけで心が洗われるような容姿だがしかし、とても大きな主張をしている胸部が小動物のような容姿にも関わらず、大人である事を訴えかけてくるかのようだ。
「じゃあウチは料理作ってくるから!草薙くんはゆっくり待ってて」
そう言ってエプロンをつけた茜ちゃんは厨房に入って行く。何故か茜ちゃんは俺の料理は絶対に作ってくれる。本当にありがたい限りだ。
「(そうよ茜!男は胃袋から掴んで行くのよ!離しちゃダメだからねっ!!!)」
なにか瞳さんもボソボソ言いながら去って行った。一体何なんだ?
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