第3話 走る

 裏門から学校を飛び出して、真っ青に晴れた通学路を、花井の家を目指して走りだす。


 クラスの高嶺の花と、初めて手を繋いで走る。

 片思いしている幼馴染みと、初めて手を繋いで走る。


 この花井がもしも本物だったら、きっと叶わなかった夢。それが、こんな形で叶うとは。いったい、喜んでいいのやら、そうでないのかわからないまま、全力疾走する。

 併走するように走りだしたアンドロイド、機械の身体のはずなのに、彼女の掌は不思議と暖かい。


「………エラー」

「ホントだよ、まったく!」


 豪邸のチャイムを連打するように鳴らして、驚いて出てきた使用人らしき人物に、

「すいませんが、花井さんいますか。『こっち』じゃないほうの………」

 息せき切って聞くと、青ざめた使用人が慌てて俺とアンドロイド花井をせき立てるように奥へと案内する。


 ドアを開けると、ベッドの上の花井が、ゴーグルを外して微笑んでいた。

「何で笑ってるんだよ! こっちはもう………めちゃくちゃ焦ったんだからな!」

 前に会った時よりもまた細く、そして白くなった気がする花井がくすくすと微笑む。

「………ありがとう。私いちどね、青空の下を、ああやって………走ってみたかったの」

 自分の隣で〈学内清掃用プログラム〉をインストールしなおしているアンドロイド花井もまた、少しだけ寂しげに微笑んだように見えた。見えただけかもしれない。


「学校、卒業できるかな。できないかも」

「出来るって」

「私のアンドロイドは、卒業式に出るの。卒業生代表の言葉も読むの。聞きたいし、見たいな。みんなの顔」

 ゴーグルをなでる花井に、俺は遠慮がちに聞いた。

「………生きろよ、とか、頑張れ、とか簡単に言っていいやつ? それ」

 花井がしばし沈黙する。そして、ゆっくり顔を上げて言った。

「…………うん。ありがとう」

 ゴーグルを脇に置いて、花井が手を差し出した。思わず数秒間手が宙を彷徨うが、俺は思い切ってその手を握り返す。アンドロイドよりもずっと『本物の』花井の掌は、冷たかった。

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