第23話 それで良かったの?
お昼休み、お弁当を食べながら会話に花が咲くいつもの光景だが、今日の僕たちのグループは少し様子が変わっていた。
いつもの配置なら僕の斜め前に座っている紗耶香が、今日は僕の隣に座っている。
友加里と悠ちゃんは興味深そうに僕ら二人を見つめているし、隼人はいつもより明るい笑顔を振りまいている。
「まさか、紗耶香が光貴と付き合うなんて思わなかったよ。クラスでも部活でも一緒だったのに、全然気づかなかった」
「まあ、お似合いだし、おめでとう」
友加里と悠ちゃんが祝福してくれるが、純真無垢に僕らの嘘を信じているだけに心が痛む。
隼人の傷心した自分の心を隠すためのいつもよりテンションが高い姿を見るのも、胸が痛い。
「今日ね、頑張ってお弁当自分で作ってきたんだ」
そう言いながら、紗耶香は色鮮やかな卵焼きを半分に割った。
「光貴、食べてみてよ」
僕は目の間に差し出された卵焼きを口に入れた。芳醇な出汁の味と卵の甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい、紗耶香の家の卵焼きはあまり甘くないんだね」
「そうなのよ。光貴の家は甘いの?」
「甘いよ」
「今度作ってきてよ」
「二人とも、じゃれあうのは見えないところでしてよ」
僕と紗耶香の甘い会話に業を煮やした友加里が突っ込み、悠ちゃんと隼人が笑う。みんなを騙している罪悪感はあるが、紗耶香とは偽装とはいえ交際がはじめられたし、隼人の告白にもやんわりと断ることができて良かったと思っている。
今朝、紗耶香と付き合うことになったと隼人に告げたとき、隼人は一瞬黙った後笑顔で「おめでとう」と祝福の言葉を口にした。
「でも、紗耶香ちゃん、男子とは付き合えないんじゃなかったけ?」
「それが、男子慣れしてみるために一度付き合ってみるって。お試しみたいな感じだけど、まあそれでも良いかなと思って」
本当は紗耶香の虫よけのための当て馬だが、自分でそこまで卑下することもできずに嘘を重ねた。
「ふ~ん、そうなんだ。それで、光貴は良かったの?」
「まあ、紗耶香と付き合えるなら何でもいいよ」
「そう、それならいいけど」
隼人の言葉が胸に突き刺さった。本当にこれで良かったのかと、自分の気持ちと向き合えない僕はこれで良かったと思い込み考えるのを止めた。
◇ ◇ ◇
帰りのホームルームが終わると、部活がある生徒は部活へ行き、帰宅部の生徒は家に帰り、残っているのは数名だけで教室が広く感じる。
同じように残っているクラスメイトに声を掛けられた。
「百田さんも、放課後も残って勉強なんて珍しいね」
「うん、期末テストも近いし、家だと誘惑が多すぎて集中して勉強できないからね」
紗耶香に一緒に帰ろうと誘われ、僕は2週間後に迫った期末テストの勉強をしつつ、紗耶香の部活が終わるのを待っていた。
「今までそんなんじゃなかったのに、急にやる気出したってことは、やっぱり栗山さんと付き合い始めたから?」
「まあ、そんなところ。彼女にカッコ悪いところ見せられないからね」
「やっぱり、彼女ができると変わるのね」
クラスメイトに揶揄われ、僕は照れながら頭をポリポリと掻いた。
クラスで一番かわいいと言っても過言ではない紗耶香と交際を始めたという噂は、普段あまり親交のないクラスメイトにも伝わっているようだった。
完全下校10分前の予鈴が鳴り、勉強を終えて教室を出て昇降口へ向かった。
靴を履き替え校舎を出ると、紗耶香と友加里の話声が聞こえてきた。
「じゃ、お疲れ、バイバイ」
友加里に手を振りながら別れた紗耶香が、僕の方へと近づいてくる。
部活を終わりの少しテンション高めな笑顔が、一段とかわいく感じる。
「お待たせ。こんな時間まで待っていてくれてありがとう」
「勉強してたらすぐだったし、テストも近いしちょうど良かったよ」
「なら、良かった。今度教えてよ」
何気ない会話をしながら、紗耶香と一緒に駅へと向けて歩み始めた。
偽装交際とはいえ、紗耶香と二人きりで帰れるのは楽しい。
紗耶香が「バイバイ」と小さく手を振って電車を降りるの様子を、電車のドアが閉まるまで見送った。
余韻に浸りながら紗耶香との会話を頭の中で繰り返していると、遥斗に声を掛けられた。
「光貴、今の彼女?」
「お姉ちゃん、いつから見てた?」
「いつからって、学校出たところからずっと。仲良く話してたから邪魔にならないようにずっと後ろから見てたよ」
駅から自宅までの帰り道、遥斗と一緒に歩きながら紗耶香との関係について話した。
「ふ~ん、そうなんだ。それで、光貴は良かったの?」
一通り話を聞いた遥斗は、隼人と同じ言葉を口にした。
「良かったよ。今日も一緒に帰れて楽しかったし」
「楽しいなら良かったけど、向こうは彼女のフリをしてるだけだろ。そんな一方通行でいいの?」
「それは……」
僕は口ごもりながら、今日一緒に帰った紗耶香のことを思い出した。あの楽しそうに話したり、僕の冗談に笑ったりしてたのも、彼女を演じているだけだったのかとおもうと、ちょっとむなしく感じる。
いや、彼女も彼女なりに楽しんでいたはず。そしていつか本当に僕と付き合っても良いよと言ってくれる日がやってくると信じてる。
「あ~、お腹すいた。今日の晩御飯何かな?」
僕の返事を待たず、遥斗は玄関のドアを開け家に入っていった。
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